王城の天使さま、平凡な事務員についていく
「なんで、グレルがここに居るの?」
俺は魔法省の中を迷走していた。
そもそも、魔法省がこんな入り組んだ作りになっていることを知らなかったのだ。
魔法科にはなんとかたどり着いたが、ウィリアムの姿はなく、誰も彼の居場所を知らないとのことだった。
一体どんな勤務状態なのだ、と闇雲に中庭を突っ切っていたときだった。
頭上から唐突に声がかけられた。
目線をあげると、何もない虚空に立つ天使は、俺のことを見下ろしていた。
「ウィリアム、お前、転移魔法しか使えないんじゃ」
「うん、これ、転移魔法」
俺の目前に着地してから、事も無げに天使は言った。
転移魔法の定義を問い正したくなったが、今はそれどころではない。
「本当に悪いんだが、何も聞かずに俺についてきてくれないか?」
「うん、いいよ」
驚愕して俺はもう一度聞く。
「業務外になるが、本当にいいのか?即答すぎるだろ」
「うん、大丈夫」
天使はにっこり微笑んだ。
「グレルがこんなところまで来るなんて。よっぽどだろうからね」
俺の何がウィリアムの信頼につながっているか全く分からない。
そもそも人を疑うことを知らないのか。だが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
「じゃあ、俺について・・」
「んー、とりあえず、総務課に向かおっか」
後ろから左手を掴まれ、後方へ引き寄せられた。
「話はそれからということで」
と耳元でささやかれた直後、俺たちは、総務課の上司、ガードナーさんの仕事机の前に転移していた。
「・・・ウィリアム君。心臓に悪いので急に私の前に現れないでくれませんか?」
眼鏡の橋を右手で上げながら、まるで生徒をしかる先生のように、俺の上司はウィリアムを窘めた。
「それから、グレル君。いくら出務先が連絡をしてくださるとしても、君から私へ直接連絡が欲しかったものです」
「た、大変申し訳ありません!」
「・・・まぁ、緊急事態なので考慮はしますが」
ガードナーさんは書類を一枚差し出した。
「ウィリアム君。研修の申請用紙です。鉛筆で丸を付けた箇所に記載を。いいですか?誤字脱字なく、判読しやすい字で記入してください」
「はーい」
上司は再度ため息をつく。
「グレル君。全てが終わったら、そのまま直帰しなさい。本日のみ、これ以降のことは報告不要とします。明日は勤務開始時間にここに出務してください」
「ガードナーさん、じゃあ、僕も直帰で!」
「ウィリアム君はきちんと、研修の、報告書を記載し、私、に後日必ず提出するように。貴方の出務に関しては私の管轄外です!」
ガードナーさんがぴしゃりとウィリアムに言いはなった。
二人は知り合いなのだろうか。神経質なガードナーさんのガードが緩いように見える。
ウィリアムが書類を書き終えると、ガードナーさんは誤字脱字を本気で確認した後、俺の目を見た。
「グレル・アースレム事務官。本日の出務先である、ニコラ・リース・トートリア殿下の元へ魔法科所属ウィリアム・アレクセイを省間研修のため同伴することを指示します。不備がないよう、細心の注意を払うように」
「承知いたしました」
「転移魔法で行くのは・・」
「ウィリアム君、私は一切の責任を負いませんよ?」
ガードナーさんの鋭い眼光にウィリアムがひっと息をのみ、改めて俺を見た。
「・・・グレル事務官、歩いていこう!」
こうして、俺はウィリアムを公然と伴って、再度王宮へ戻っていったのだった。