平凡な事務員、大胆な行動に出る
王族付け事務官になり、1カ月ほど経ったころ。
俺は王宮内での王族を交えた会談の書記を担当していた。
他国との会談は別途、上級事務官が対応することになっていたが、
国内の些末な会議、会談などには同行し、記録を残していく。
異動の際に、直属の上司となったアレクシス・ガードナー総務課長は、黒い細淵の眼鏡に男にしては高い声と神経質を絵に描いたように見えたが、配属初日に、仕事内容の詳細と方向性、適切な連絡手段、報告ルートなど、俺が日々の業務で悩む細かな部分の認識のずれがないか、上司の希望がないか、徹底的に確認を行ったことが功を奏し、日々のコミュニケーションは円滑だ。
以前は、上司に報告していいのか、連絡すると迷惑ではないか、など、業務内での躊躇が俺自身にあったが、そういった滞りがなくなった分、神経をすり減らすことが減り、出来た心の余裕がさらに日々の仕事を楽にしていった。
そんな折に、事件は起こった。
「第二皇女殿下がお目覚めになられません」
出勤後、王族の朝食に立ち会っていたときのことだった。
「ニコラが起きないと?」
「まぁまぁ、寝坊だなんて。皇女教育は一体どうなっているのかしら?」
「大変申し訳ありません」
第二皇女ニコラ・リース・トートリア殿下は側室を母に持つ。
大変ありきたりな話だが、正妃が窘め、教育係である第二皇女殿下付きの執事が頭を下げる。
側室は会食以外は別室での食事が通例であった。
ニコラと呼ぶのは国王ハイネス・リース・トートリア殿下だ。
正妃とは違い、声の温度が娘を案じる父親のそれだったが、朝食の場で、それ以上の発言はなされなかった。
定刻通り朝食を終えられ、王族はそれぞれの公務に赴く。
俺の担当は不在の第二皇女殿下その人だった。
上司に連絡をするため、第二皇女殿下付きの執事に確認しようと廊下で待つ。
「それで、ニコラの様子は?」
「昨晩、急に意識がなくなられました。診察した医師からは原因は不明と・・・」
国王と執事が小声で話をしながら部屋から出てきた。
「毒の可能性は?」
「検査結果からは考えにくいと・・・。ただ、魔法痕が首の後ろにあったようです」
魔法痕とは、魔法がかけられたときに残る痕のことである。
模様から魔法の系統が推測できるが、時間経過とともに消失する。
「魔法省には連絡したのか」
「はい、昨晩、魔法科長のリリアスが飛んできましたが、見たことのない魔法痕とのことで」
「ふむぅ、リリアスかぁ・・・。」
国王が眉をひそめ、顎を撫でる。
「もはや公に他の魔法科の人間を呼ぶことは叶わんな。例えば、例の天使など」
天使、もとい、ウィリアムの名前が国王から飛び出して、俺は目を見開く。
執事は大変残念そうに首を横にふる。
「はい、省長含め、黙っていないかと」
「魔法痕の消失具合はどれほどか?」
「もって、あと半日かと」
国王が嘆息する。ここで執事と目があった。
「ああ、すまない。待たせてしまったね。ガードナーさんには、私の方から話を通しておくから、君は総務課に戻ってくれて構わないよ」
柔らかい口調で執事は俺に指示を出した。
しかし、俺は一体どうしたというのだろうか。
いや、この異動に際し、もやもやしながら仕事をしないと覚悟を決めていたことが俺をそうさせたのだろう。
俺はその場で片膝をつき、陛下に頭をたれて、臣下の礼をとっていた。
「恐れながら陛下、私に発言の機会をお与えいただけないでしょうか」