平凡な事務員、決断する
俺は辞令を受けることにした。
本当に俺が望む未来がなんなのか。きちんと向き合ってみた上での選択だ。
向き合ったというと大袈裟だが、客観的に自身のことを見直してみたのだ。
そもそも、これまで事務員の仕事しかしていない。
学生時代に何らかの特技があったわけではない。
現状、切望する何かがあるわけでもない。
こんな俺にとって、王族付き事務官の道は、恐らくこれまでの道のりの延長線上では最良といっても過言ではない。
俺が何故転職をしたかったのか。
これについても、今の職場の何が嫌なのかを洗い出した。
上司なのか。同僚なのか。仕事のシステムなのか、環境なのか。
今のところ、給料面や休日に対する不満はなかった。
俺が感じている様々な不満はこれまで会社や本人に対して訴えたことはなかった。
要するに、察してくれ、の状態だった。
客観的に考えると、これは良くない。
そもそも他人の考えを察することなんて出来ないし、組織においてはなおさらだ。
つまり、俺は自分が働きやすい環境を整える努力を怠っていたことに気づいた。
自分なんかが話が出来る立場ではない、と勝手に思い込んでいたのだ。
立場がどうのとか、決めるのは相手であり俺が判断することではないにも関わらず。
俺が働きやすい環境。
それは人材が適材適所に配置され、各々が将来に希望を持って働くことができる環境をさす。
その方が組織運営として無駄がないように感じるからだ。
そのためには上司から仕事内容について詳細や、何故自分が選ばれたのかの説明が欲しい。
だが、詳細な内容は、俺が聞かないと、俺の知りたいことにコミットされた回答は出てこないのだ。
これは当たり前のことである。
考える上で、思い起こしたのはウィリアムだった。
転移魔法一本で仕事の成果をあげていることも見事だが、それ以上に、きちんと組織に対し進言し、組織もそれに応えている。
俺が怖がっていることは、恐らく、組織に対するコミュニケーションの取り方が分からない点にあるのであろう。
そこまで思考した結果を俺は何故かウィリアムに報告してしまった。
辞令を受ける前日の夜だった。
相変わらずの柔らかい笑顔で俺の話を最後まで聞いてくれたが、
「所詮俺は事務仕事しかできないからな」
自嘲気味に言う俺を見て、天使は困った顔をした。
「グレンの良さはそれだけじゃないと思うけどね」
とても小さくかすれた声が、俺の心に引っかかったが、このときの俺は何故か、気づかないふりをした。