平凡な事務員、辞令に取り乱す
「はぁ~、くっそ、先手を打たれたぁ」
天使が同居人になってから、3か月が経った。
大変な毎日だった。どう大変なのか。
入居後すぐの休み明け。王宮内の数多の人間から質問攻めにあった。勿論、天使さまの件についてだ。
有名人と同室とか。耐えられると思っていた俺が馬鹿だった。
3か月経ち、天使さまのおかげで一変してしまった日々に音をあげ、転職活動に励みだした俺の元に、本日付けで辞令が下ってしまった。
「王族付けの事務官なんて、グレル、かなりの出世じゃないか?」
机で頭を抱える俺の横で、ベッドに転がりながら同居人がケラケラと笑う。癪に障る。
王族付けと聞けば聞こえはいいが、その分、国の機密情報に嫌でも近づいてしまう。
終身雇用になるのと引き換えに、転職することはかなりのリスクだ。
すぐに辞めてしまえばいいのだが、断れば推薦した人間に迷惑がかかる。業を背負ってまで断るべきことなのか。
傍から見れば良い話で、それを断ることはただただ俺自身が傲慢なだけなように感じてしまうのだ。
「そんなに苦しいのなら断ればいいのに」
俺の気持ちを知ってか知らずか、起き上がりながらウィリアムは言ってのけた。
「グレルは一体どうしたいんだい?」
お前と同じ部屋じゃなければなんだっていいんだよ!と、口から出るはずもなく。
外に引っ越せばいいのだが、市街地から王宮まで通うのも面倒で。
部屋を変えてもらうのも、同室が誰になるか分からないから、はたまたリスクであり。
引っ越しすら決意できない出口のない迷路のような思考で、ただただ気持ち悪くなる。
この追いつめられる感覚はなんだ。助けを求めるにも他人に決して理解はされないだろう。
客観的にいい話をもらっている人間が相談したところで、それはただの自慢話なのだ。分かっている。
「もうさぁ、一旦寝ちゃう?」
3か月の間に妙になれなれしくなった、同居人。俺の苦悩とはかけ離れたその声に、怒りを覚える。
いつも通り、勝手に近づき耳元で話しかけるそいつを、言い返す代わりに睨みつけた。
目が合い、そして。俺の意識は突然暗転した。