平凡な事務員、天使さまに疲れる
「私は総務省総務課のグレル・アースレムだ。よろしく」
少しの間はあったが、俺は何事もなかったかのように雑巾を拾い上げ、棚におき、ハンカチで手を拭ってから右手を差し出した。
そう、冷静になれば大したことではない。ただ、同居人が、新規入居者が、挨拶をしてきただけなのだ。天使から天使呼ばわりなんて空耳に違いない。
「やっぱり君は天使だね。これからよろしくね」
ぶんぶんと握手をしながら、天使は、いやウィリアムはにっこり微笑んだ。
俺は突っ込まないぞ。この見た目がいかつい大の男に天使だなんて、目がおかしいに違いない。
「・・・ああ、ベッドはこっち側を使ってくれ。棚と机はこっちだ」
俺は出来るだけ早めに会話を終わらせるために、部屋の説明を淡々とすすめた。
ウィリアムは相変わらずにこにこしながら大人しく最後まできいていた。
「やっぱり君はとってもいい人だね。グレルさんと呼んでもいいかい?」
「いや、グレルで頼む。それから俺は別にいい人ではない」
寮の割り振りにおいて王宮内の立場は大体同じとされている。
上下が離れすぎていると私生活に支障が出る為だそうだ。
わざわざ有名人のお近づきになろうとは思わない俺は、目の前の天使の階級を知らないし、気をつかう気も毛頭ないので名前呼びを所望した。
「それじゃあグレル、僕のこともウィリアムで頼むよ。いやぁ、でも君は稀に見るいい人だよ?」
荷解きをしながら、ウィリアムは話を続けた。
「頼まれてもいないのに、部屋の掃除をしてくれていたり、部屋の説明をしてくれたり。別に寝巻のまま迎えたって良かったし、外出していたって良かったのに、君はそれをしなかった」
「そんなことは当然のことだろうに」
もう、出て行ってやろうかと思う。こっちだって好きで貴重な休日を費やしてやっているわけではない。
「当然だって。そう言えるところが、グレルのすごいところだよ」
だからさ、とウィリアムは続ける。
「せっかく同じ部屋になったんだから、すぐに辞めちゃわないでよね?」
悪気なく、にっこりと言ってくる。なんだろうか。俺がおかしいのか?この煽られている感覚はなんだ?なんでこいつが万人に好かれているか分からない。
これ以上言葉を交わすことに疲れを感じ、俺は無言で部屋を出た。
同居人が天使さまだと?全くもって勘弁してほしい。