平凡な事務員、少尉にからかわれる
ガードナーさんが部屋から出て、入れ替わりのように医師と看護師が現れた。
脳震盪を起こしていたそうだが、検査の結果と記憶障害がないことから、定期検査で問題ないだろうとのことだった。
全身打撲についても、幸い大事に至るものはなかったとのことで、日にち薬とリハビリで対応することとなった。
打ち所が良かったとはこの事だと医師は笑っていた。
その日の内に、第四騎士団のレイモンド・クラッカン少尉と名乗る青年が事情聴取に現れた。
当たり前だが、何故あの夜、あの場所にいたのかについての聴取である。
俺はあまりに恥ずかしい理由だったため、本当は言いたくはなかったが、妙な嫌疑をかけられたくはないので、正直に話をした。
「えーっと、つまり、アースレム事務官は同室のアレクセイ魔法師と口喧嘩をして、寮室から、街外れの丘に向かって逃げ出した、と」
最初こそ、真面目な表情で聴取をしていたこのクラッカン少尉という男は、俺の話の中盤から徐々に笑いをこらえる表情へ変化していっていた。
「ええ、そうですが?何か?」
「いやぁ、青春っすね」
「・・・もう、放っておいてください」
ああ、恥ずかしくて、死にたい。少尉はにやにやしながら聴取を続ける。
「そこで、一人寂しく泣き明かしていたところを暴漢達に襲われ、意識を失い、連れ去られた先がその暴漢達の雇い主である隣国の大使の隠れ家だったわけですね。なんという巻き込まれ体質」
「馬鹿にしていますよねっ??」
「そして、その隣国の大使から第二皇女殿下の件について関与している可能性がある発言を聞いたと。あ、こう見えて、我々第四騎士団は王族直轄騎士団ですんで、第二皇女殿下の事件は把握済みっす」
無駄にびしっと手だけで敬礼をして見せる。絶対に真面目に聴取されていない。
「でも危なかったー。もう少しでただの泥酔おじさんの溺死体として処理されちゃうところだったんですから。生きてお会いできて光栄であります。まじで天使と同室でよかったっすね!」
酷い言われようすぎて、突っ込む気すら起きなかったが、一点が気になった。
天使と同室でよかったとは?俺は疑問に思い問いかけた。
「あれ、知らなかったんですか?アースレム事務官の制服をアレクセイ魔法師が転移先に指定していたんすよ。業務の都合上、必要と判断したそうで。それで、アースレム事務官の座標を特定し、明らかに場所がおかしかったんで通報したそうです。第二皇女殿下の事件直後でしたからね。うちとしても動くしかないわけですよ。そしたら、これが大当たりで」
男の一人泣き現場に走らされるか、紙一重でしたけどね!と、今度は隠そうともせずにゲラゲラと笑いだす始末だ。
一応、俺は聴取される側で、こいつの判断次第では立場が悪くなる可能性があるため大人しくしているが、それにしても失礼すぎやしないだろうか。
ウィリアムもウィリアムだ。
制服への転移先指定も、確かに第二皇女殿下の件で必要ではあったと納得はいくが、一言ぐらい俺の許可をとって欲しかった。
まるで俺を監視しているみたいじゃないか。
「まぁ、結果オーライじゃないですかねぇ。実際、この件がなければアースレム事務官は第二皇女殿下の事件の犯人候補だったわけですし。行動が怪しすぎるというか、規格外すぎて、正直こっちもどう対応したらいいか判断がつきかねていましたから。いやぁ、暴漢に殴られたかいがあってよかったっすね」
確かに、傍から見れば俺の行動は怪しさしかなかっただろう。
周囲に理解されることよりも、自身の信念を優先したのだから仕方がない。
ガードナーさんが、この件は俺の選択だと突っぱねたのも理解できる。
「あまり詳しいことはお知らせできませんが、とりあえず、アースレム事務官の第二皇女殿下事件への関与は否定されているので安心してください。あと、こっちは管轄外なんですが、制服のまま城外へ外出した件については、始末書1枚で済みそうでした。あんた、見た目と行動より気が小さいみたいなんで、教えておいてあげます」
いらぬ気遣いと言いたいところではあったが、図星だったため頭を下げるしかなかった。
「俺からは以上っす。病み上がりにすみませんっした!ご協力感謝いたします!」
かけていた椅子から立ち上がり、びしっと敬礼を決め、彼は踵を返した。
「ああ、それから!」
彼は病室から出る直前、思い出したかのように振り返った。
「ウィリアム君とはちゃんと仲直りしてくださいね!あの人、ああ見えてとっても繊細なんですから!」
頼んますよ~と手をひらひらさせ、少尉の姿は病室から消えていった。