平凡な事務員、異動理由を知る
「アレクセイ魔法師がここで出てくるのですね」
「ええ、彼はこの件で君にとても感謝しているのです」
「私は彼に何もしていません」
「・・・そう思うのは、君が今から私が話すことを知らないからです」
ガードナーさんは、また、視線を窓の外に向けた。
「当時の支援部隊の送り込みは全て転移魔法によって行われていました。数名の転移魔法師が、物資や人員を小分けにして送り込むのです。転移先が安全であることが必須条件になりますが、こちらも帝室との取り決めがあったこと、また、3か月に渡って規定通りに物事が進んでいたため、誰も危険性など感じていませんでした。しかし、おとり作戦に参加した部隊が転移先で目にしたのは、内乱勢力の拠点であり、指定された座標は魔法を行使できない牢獄の中でした」
ああ、俺が考えていた最悪の事態だ。
俺が内乱勢力であれば、確実に打つ手だと思っていた。
「アレクセイ魔法師は、複数転移において随一の魔法師です。数名の軍人の送り込みなど造作もなかったでしょう。また、拘束される可能性も考えた装備、準備で部隊は構成されていましたから、内乱勢力の牢獄など全く問題にはならなかったそうです」
俺は正直安堵した。
当時は書類の処理のみで、支援の結果がどうなったか知る由もなかったからだ。
「その後、帝室と王国は協力し、偽の支援先を逆手にとり内乱勢力の拠点攻略をすすめ、内乱は一気に収束しました。ただ、王国の軍事協力は他国に悪い印象を与える可能性がありましたから、この件は秘匿されることとなりました」
それはそうだろう、と俺も思う。
多方面で問題がおきそうだと思ったから、俺も当時の上司以外の誰にも言わなかったのだ。
「アレクセイ魔法師は、私に言いました。もし、支援部隊が何も知らずに、内乱勢力拠点へ転移していれば、間違いなく何名もの魔法師が成すすべなく消息を絶っただろうと。そうなってからでは何もかも遅かったのだと、彼はそう言いました」
確かにその通りではあるが。
「ですが、今のお話はガードナーさんの功績と存じ上げます」
俺だけではいずれ瓦解していた。当時も焼け石に水だと感じていた。
彼が、上層部が、優秀だったからこそ事なきを得たのだ。
俺の言葉を受けて、ガードナーさんの顔に、彼にしては珍しく感情が見て取れた。
困ったような、悲しいような、そんな感情だった。
「君の言う通り、この件は私の功績となりましたが、何分秘匿案件でしたので、評価は内々に行われました。私はその機会にいくつかの組織変更の提案と、人材の引き抜きを希望しました。その人材の引き抜きがアースレム事務官の異動理由です」
君を引き抜くのに随分時間がかかってしまいましたが、と彼は続けた。
「これが君の質問に対する答えですが、何か他にはありますか?」
俺は、視線を手元に落としたまま、首を横に振った。
言葉が出てこない。
それぐらい、ガードナーさんの言葉が、思いが、俺に後悔を抱かせた。
何故もっと早く聞かなかったのか。
少なくとも彼は決して、俺のことを捨て駒などとは思っていなかっただろうに。
「申し訳、ありませんでした・・・」
何とか口から言葉が出たころには、ガードナーさんは椅子から立ち上がり、上着を着ようとしていた。俺が首を横に振ったことから、もう面談は終了したと判断したのだろう。
「謝る必要はないと、私は思いますが。ただし、今回の第二皇女殿下の件については、重ねて言いますが、一切関わる気はありません。この件はアースレム事務官の選択ですからね。私には関係ない」
上着を整えながら、彼は俺の方を見た。
「まぁ、そんな青ざめた顔をしなくても、悪いようにはならないと、私は思いますがね」
「・・・あのぉ、俺ってそんなに顔に出ますか?」
「ええ。面白いぐらい顔に出てますよ?」
お大事に、とだけ言い残し、俺の上司は病室から出ていった。
その背中を見送りながら、ただただ、大事にならないことだけを祈るしかなかった。