王城の天使さま、提案する
ウィリアムを伴って王宮入口まで歩いてきた俺を出迎えたのは、第二皇女殿下付きの執事だった。
彼は驚いたように目を見開いたが、すぐに柔和な笑みを浮かべ声をかけてきた。
「本日は研修で同伴とうかがっております。国王陛下の許可もいただいておりますので、どうぞ、こちらへ」
あえて衛兵の前で対応することで、ウィリアムの同伴を研修と印象付けたいのだろう。
既成事実は重要だ。
誰に引き留められることもなく、ひどくあっさりと第二皇女殿下の部屋まで案内された。
「おお、来たか」
第二皇女殿下のベッド脇の椅子に、国王ただ一人が座っていたのには驚いた。
「人払いはしておいた。もう少し遅ければ、公務へ向かうところだったが」
「陛下、お心遣い感謝いたします」
執事が頭を下げ、国王がそれを片手で止める。
国王のそつの無さに驚く。
確かに短時間ならば、朝食に出てこなかった皇女を部屋まで見に来ること自体は問題にならないだろう。また、国王自身が皇女と二人で話したいとでも言えば、お付きのメイド含めての人払いも造作はない。
「ウィリアム・アレクセイ、久しいの」
「国王陛下におかれましては、ご健勝で何よりでございます」
すっと臣下の礼をとるウィリアムに俺も即座にならう。
「まぁ、ここに健勝ではないものがいるわけだが」
「第二皇女殿下ですか・・・」
「こちらの魔法痕に心当たりはないでしょうか?」
執事がさっと、皇女殿下の首の後ろをウィリアムに見せた。
「魔法痕が消えかかっているので、特定は難しいですが、場所と大きさ、症状から考えると精神へ影響を与えるものと考えられます」
ウィリアムは臆することなく、触れても?と国王に許可をとり、手早く皇女殿下の脈をとる。
「医師はなんと?」
「特に身体的異常は見られないと」
ウィリアムは魔法痕の位置とベッドを見比べて、執事に問いかけた。
「枕の下などは確認しましたか?」
「いえ、特には」
「確認いただいてもよろしいでしょうか?」
執事が枕を上に持ち上げると、誰ともなく声があがった。
「これは・・・」
枕の下には、通常存在しないであろう、10cm四方の正方形の白く薄い石板のようなものが敷かれていた。
「王宮でこのようなものを使用されているのでしょうか」
「いえ、こんなものは初めてみます。・・・気づかず申し訳ありません」
「むやみに触らない方がいいかもしれません。魔法の残滓は感じ取れませんが、念のため。魔法省の魔法具科が専門になります」
そして、ウィリアムは国王に向き合った。
「陛下、お時間がないとのことですので、恐れながら端的に申し上げても」
「許そう」
ウィリアムは一礼して続ける。
「私には、この件の犯人を特定したり、魔法痕の解析をすることはできません」
「ふむ」
「ただ、第二皇女殿下をこのままの状態で維持していただけましたら、お目覚めのお手伝いは可能だと存じ上げます」
「ほお!」
国王の顔が僅かにほころぶ。
「ニコラを目覚めさせることはできると」
「はい。恐らく、アースレム事務官もそのために私を連れてきたのかと」
え?そうだったのか?俺?
ウィリアムの言葉に俺は動揺したが、3人は納得の表情をみせる。
「よかろう。貴殿の提案を許可する」
「かしこまりました、陛下。つきまして、私はアースレム事務官と寮へ一旦帰還いたします。第二皇女殿下には執事殿がついていただけますと助かります」
「分かりました。外に衛兵を立たせ、私が傍でお見守りいたします」
「私は、寮の自室から魔法を行使させていただきます。犯人が寮にまで警戒を巡らせているとは考えにくいですから、その方が気取られないかと。いかがでしょうか、陛下」
「ふむ・・・。私も公務へ向かうとしようか。許可しよう」
「ご理解いただき痛み入ります」
事の成り行きを静かに見守っていた俺の左手を、ウィリアムがさっと握った。
「では、国王陛下、失礼いたします」
「うむ、よろしく頼む」
次の瞬間、俺の目の前には見慣れた寮の部屋が広がっていた。