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6話:揺らぐ覚悟

敵軍の撤退を見届けた後、緋色郁姫は兵士たちと共に丘の上に陣を張り、一時的な休息を取ることにした。彼女は敵将との激戦で受けた小さな傷を確認しながら、心の中でさまざまな感情が渦巻いているのを感じていた。


「少佐、お怪我はありませんか?」


副官が心配そうに駆け寄ってきた。郁姫は軽く笑って首を振り、わずかに血が滲む手のひらを見せた。


「これくらい、大したことないさ。それより、兵士たちの被害状況はどうだ?」


副官はすぐに報告を始めた。


「負傷者は数名ですが、命に別状はありません。士気も保たれています。先ほどの戦いで、少佐が敵将を追い詰めたことが大きな励みになっているようです」


郁姫はその報告に頷きながら、ほっと安堵の息をついた。彼女が戦う理由は、過去の罪を償うためだけではない。今、彼女が守るべきものがここにある。仲間たちの信頼、そして未来への希望。それらを胸に抱き、彼女は戦い続けているのだ。


「ありがとう。兵士たちに感謝を伝えておいてくれ」


副官は敬礼をして去っていった。郁姫はしばらくの間、静かな風に身を委ねながら、今までの戦いを振り返っていた。戦場に立つたびに、彼女の中には二つの感情が芽生えていた。戦うことでしか生きられない自分と、誰かを守ることで救われる自分。その狭間で彼女は揺れ続けていた。


ふと、彼女の視界に一人の兵士が入ってきた。新兵の少年だった。彼は一人で剣を握りしめ、訓練をしている。汗を流しながら、必死に剣を振るその姿に、郁姫は自分の若い頃を重ねて見た。


「……そんなに必死に訓練をして、何を守りたいと思っているんだ?」


彼女は静かに呟き、少年のもとへと歩み寄った。少年は郁姫に気づくと、驚いた様子で剣を構えたまま、ぎこちなく敬礼した。


「少佐!自分は、もっと強くなりたいんです!誰かを守れるような、立派な兵士になりたいんです!」


彼の真っ直ぐな言葉に、郁姫は微笑んだ。その情熱には嘘偽りがなく、純粋な思いが感じられた。彼女は剣を腰から抜き、軽く構えた。


「そうか。なら、私と少し手合わせをしてみるか?」


少年は驚いた表情で郁姫を見つめ、次第に笑顔を浮かべて頷いた。


「はい!よろしくお願いします!」


二人は剣を構え、対峙した。郁姫は彼の動きを見ながら、わざと隙を作り出し、彼に攻撃を仕掛けさせた。少年の剣は真っ直ぐで、無駄のない動きだったが、経験の差は歴然としていた。


「その動きでは、相手の隙を見逃してしまう。もっと自分の力を信じ、相手を見極めることだ」


郁姫は軽く少年の剣をいなし、彼に指導をしながら軽く打ち合いを続けた。少年は彼女の言葉を噛み締めながら、必死に動きを修正しようと努力している。


「すごい……少佐は本当に強いんですね。どうしたら、そんな風に戦えるようになるんですか?」


少年の問いかけに、郁姫は剣を下ろし、静かに彼を見つめた。


「私は……強さを求めたばかりに、大切なものを失ったんだ。だから、強さがすべてではないと知った。大切なのは、誰かを守りたいと思う気持ちだ。君が本当に守りたいものがあるなら、それを心に刻み、決して忘れないことだ」


少年はその言葉を真剣な表情で受け止め、深く頷いた。


「わかりました……自分も、守りたい人を、ずっと忘れません」


郁姫は彼の言葉に微笑み、彼の肩を軽く叩いた。


「その気持ちを忘れなければ、君はきっと強くなれる。焦らず、自分のペースで進むんだ」


少年は感激した様子で敬礼をし、郁姫に感謝を伝えて立ち去った。彼の姿を見送りながら、郁姫はふと、自分の中にある感情が少しずつ変わりつつあることに気づいた。


「私は、過去を背負い続けるだけでなく、今のこの瞬間を生きているんだ……」


彼女は剣を収め、周囲を見渡した。彼女が今ここにいる理由は、かつての自分が求めた強さとは違う。誰かを守りたいという思い、そのために戦うことが、今の彼女にとっての強さだった。


その時、遠くから伝令が駆け寄ってきた。彼は息を切らしながら、郁姫のもとにたどり着き、敬礼した。


「少佐、大変です!南東の前線で敵軍が再編成を行い、こちらに向けて新たな攻撃を準備しているとの報告がありました!」


郁姫はその報告に表情を引き締めた。彼女はすぐに決断し、全軍に指示を出した。


「全員、警戒態勢を取れ!敵の動きを封じるために、南東の前線に向けて即時移動だ!」


彼女の声に、兵士たちは一斉に動き出した。郁姫もまた、馬に乗り、南東の前線へと向かった。彼女の心には、戦う覚悟と守るべきものへの強い思いが渦巻いている。


「私は、必ずこの戦いに勝つ。そして、彼らを守り抜く」


郁姫は自分にそう誓い、再び戦場へと駆け出した。茜色に染まる空の下、彼女の決意は揺らぐことなく、未来へと続いていた。戦姫として、そして一人の人間として、彼女は前進し続ける。

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