4話:迫りくる影
偵察部隊からの報告を受けた緋色郁姫は、素早く指揮本部に戻ると、地図を広げて戦況の確認に取りかかった。彼女の周囲には副官や各部隊の指揮官たちが集まり、緊張感に包まれた空気が漂っている。
「敵軍の偵察部隊はどのルートを通ってこちらに接近している?」
彼女の問いに、副官が地図を指差しながら答える。
「南東の森を抜けて、我々の後方に回り込もうとしています。まだ距離はありますが、動きを封じるには早急な対応が必要です」
郁姫は地図上の位置を確認し、すぐに行動を決めた。偵察部隊が後方を脅かす前に、彼らの動きを封じる必要がある。彼女は冷静な表情で指揮官たちに命令を下した。
「後方部隊を強化し、偵察部隊を撃退する準備を整えろ。私も一緒に行く。敵を油断させるな」
彼女の決意に満ちた声に、指揮官たちは力強く頷き、それぞれの持ち場へと散っていった。郁姫は剣を手に取り、戦場へ向かう準備を整えた。彼女の心には、誰も失わせたくないという強い思いが渦巻いている。
「少佐、どうしてそこまで……」
副官が不安そうに問いかける。郁姫は彼に向き直り、静かに言葉を紡いだ。
「私は、過去に家族を失った。その時、私は彼らを守れなかった。だから、今度は誰も失わせたくないんだ」
彼女の言葉には、揺るぎない決意が込められていた。副官はその言葉に納得し、深く頷いた。
「わかりました。少佐のお考えに従います」
郁姫は微笑み、彼の肩に軽く手を置いた。
「ありがとう。君たちの助けがあってこそ、私は戦える」
そう言い残し、郁姫は副官と共に馬に乗り、後方部隊へと向かった。道中、彼女の脳裏には、かつての家族の面影が浮かんでは消える。彼らの笑顔、温かい日々。それを失ったあの日から、彼女は戦い続けることを決意した。
森の中に到着すると、郁姫は周囲の状況を慎重に観察した。偵察部隊の動きはまだ見えないが、油断は禁物だ。彼女は部隊に指示を出し、静かに敵の接近を待った。
「全員、音を立てるな。敵が近づいたら、一気に包囲する」
兵士たちは緊張した面持ちで頷き、それぞれの持ち場で待機した。森の中は薄暗く、風が木々を揺らし、葉のざわめきが耳に響く。郁姫は、剣の柄を握りしめながら、目を閉じて集中した。
「来る……」
かすかな足音が、徐々に近づいてくる。敵の偵察部隊がこちらに接近している。郁姫は息を潜め、静かに剣を抜いた。彼女の目は、敵の動きを逃すまいと鋭く光っている。
突然、茂みの向こうから数人の敵兵が姿を現した。彼らは周囲を警戒しながら進んでいるが、こちらの存在には気づいていない。郁姫は兵士たちに静かに合図を送り、動きを封じるように命令した。
「今だ……!」
彼女の合図と共に、兵士たちは一斉に動き出した。敵の偵察部隊は驚きの声を上げる間もなく包囲され、あっという間に取り囲まれてしまった。彼らは抵抗しようとするが、郁姫の部隊は圧倒的な連携力で敵を制圧する。
郁姫は剣を構えたまま、敵の指揮官と思われる男に向かって歩み寄った。彼は彼女の姿を見て怯えたように後ずさりする。
「降伏するなら命は取らない。情報を話してもらう」
彼女の言葉に、男は一瞬ためらったが、やがて観念したように頷いた。
「わかった……話すよ。だが、俺たちはただの囮だ。本隊は別の場所からお前たちを包囲するつもりなんだ」
その言葉に、郁姫は眉をひそめた。偵察部隊が囮だとすれば、本隊は別の方向から接近しているはずだ。彼女はすぐに地図を取り出し、現在の部隊配置を確認した。
「本隊はどこだ?」
彼女の問いに、男は唾を飲み込みながら答えた。
「北東の丘だ……そこに大部隊が集結している。お前たちを油断させるために、俺たちをここに送り込んだんだ」
郁姫はその情報を聞くと、すぐに思案した。もし北東の丘から本隊が攻めてくるなら、こちらの守備は危うい状況に陥る。彼女は素早く判断を下し、副官に向かって命令を出した。
「全軍に通達しろ。北東の丘に向けて即時移動、迎撃態勢を取れ。敵の動きを封じるんだ」
副官は頷き、急いで伝令を飛ばした。郁姫は敵の指揮官に視線を戻し、冷静な表情で彼を見つめた。
「命を取らないと言った通り、君たちは捕虜として保護する。後は我々に任せろ」
男は驚いた表情で郁姫を見つめたが、やがて頷いて武器を置いた。郁姫はその様子を確認し、剣を収めると、再び前を向いた。
「全員、行くぞ!」
彼女の声に、兵士たちは力強く応え、一斉に北東の丘へと向かって行進を始めた。郁姫もまた、その先頭に立ち、敵の本隊との決戦に向けて歩を進める。
彼女の心には、一つの思いがあった。過去に囚われることなく、今の仲間を守るために全力を尽くす。茜色の戦姫として、彼女は誰にも負けるわけにはいかない。
「私は、この戦いに勝つ」
彼女の決意は揺るぎない。彼女の目指す未来のために、そして守るべきもののために、彼女は戦い続ける。
茜色の空の下、緋色郁姫の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。