プロローグ
薄明かりが差し込む戦場。どこからともなく風が吹き抜け、周囲の静寂をさらに際立たせている。緋色郁姫は、その静けさの中で静かに立っていた。彼女の目は、遠くに広がる戦場を見つめている。
彼女の背負った過去――それは一夜にして家族を失い、そしてすべてを失った瞬間だった。かつて彼女は、力を求めるあまり他者に操られ、家族を守ることができなかった。その時のことを思い出すたび、胸の奥に冷たい痛みが走る。
「……私の罪は消えない」
彼女は心の中で呟く。かつての彼女は、家族の期待を一身に背負う優秀な娘だった。妹にとっても憧れの存在であり、家族にとっても大切な存在だった。しかし、ある夜、彼女の人生は大きく変わってしまった。
あの夜、郁姫は、己の中に眠る「力」を目覚めさせたいという欲望に駆られた。だが、その欲望を利用され、彼女は操られてしまう。気がつけば、大切な家族を守れず、彼女は家を去ることを選んだ。
「力が欲しいか?」
あの時の囁くような声が、今でも彼女の耳に残っている。その声に導かれるまま、彼女は罪を背負い、家族を傷つけた。そして、彼女はすべてを失った。心の中に残ったのは、ただ深い後悔と罪悪感。
今、郁姫は別の国の軍隊で少佐の地位に就いている。彼女は、自らの過去を隠し、新たな役割を果たそうとしていた。戦姫としての姿を隠し、指揮官として冷静な判断を下す日々。彼女は、戦場で自らの罪を償うかのように戦い続けてきた。
「少佐、命令をお願いします」
部下の声が彼女を現実に引き戻す。彼女は冷静に状況を確認し、次の一手を考える。戦場の冷徹な指揮官として、彼女は部下たちの命を預かっている。彼女の中で戦うのは、過去の弱さに対する怒りと、今の自分を支える強さだ。
「全員、慎重に進め。敵を侮るな」
短く指示を出す彼女の声には、決意と冷静さが滲んでいる。戦場での一瞬の判断が、彼女自身の運命をも左右する。郁姫は、再び心を奮い立たせ、前方を見据えた。
彼女はもう、過去に縛られてはいない。戦場で彼女が目指すものは、自分自身の贖罪と、未来への希望だ。郁姫は知っている。戦い続けることが、彼女の唯一の選択肢であることを。
「私は、もう誰にも操られない」
自分自身にそう言い聞かせながら、彼女は剣を握りしめる。遠くに見える敵陣の姿が、彼女の心に新たな決意を与える。罪を背負い、過去を抱えながらも、彼女は戦い続ける。
茜色に染まる空の下、緋色郁姫の戦いは、今始まったばかりだ。戦姫としての彼女の物語は、ここから幕を開ける。