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ある疑惑

作者: 雉白書屋

 とある映画の撮影現場にて……。


「滝波さん、クランクアップでーす! ありがとうございました!」


 快活な声と共に拍手が現場に響き渡る。監督は満面の笑みで滝波に花束を手渡し、二人は並んで歩き出す。滝波は少し照れたように笑いながら、監督に話しかけた。


「ありがとね、監督。いやあ、気づけばこの業界も長くて、ベテランなんて呼ばれるようになったけど、この瞬間は涙もろくなっちゃうね。『俳優やっててよかった!』って思えてさ。あ、そうだ、この話したっけ? 子供時代、俺すっごく貧乏でさあ。周りもみんな似たようなもんで、遊びといったら鬼ごっことか缶蹴りくらいでさ。まあ、時代だから当たり前っちゃあ、そうなんだけど、ははは、他にはスカート捲りとか、ブランコをこいでいる女の子のスカートの中を覗いたりとか、ほら、ブランコをこいでいるときって急には止まれないじゃん? だから見られてるって気づいた女の子たちが慌てるのが面白かったんだよね」


「ははは……あの、滝波さん」


「まあ、それはいいんだけど、ある日、地元で映画の撮影があって、俺見に行ったんだよ。なんかもう、すごかったねえ……。カメラを向けているその空間だけ、まるで別の世界みたいなんだよ。痺れたね、あれは。まあ、監督に『邪魔だガキ!』って頭を殴られてジンジン痺れたのもあったけどさ、ははは! そんなことしたら今だったら大問題だよね。まあ、昔の話にしたって、うちの監督とは大違いだよね! はははははは!」


「いや、あの」


「監督は子供に優しいよねえ。ほら、前に公園で撮影したとき、子供たちが集まって来たの覚えてる? 監督、どうするのかなあと思いながら見ていたら、スタッフにコンビニまでお菓子を買いに行かせたよね。で、そのお菓子を自分で配って『映画が公開されたら観に来てね!』なんて言ってさ、あれは感動したよ。ジーンときたね……」


「ちょっと」


「ははは、監督は本当にいい人だよ。まだ若いから、この先どうなるかは分からないけど、変わらないでいてほしいねえ。いや、この業界は傲慢な監督が多いからさ。周りに気遣いができる監督って珍しいんだよ。スタッフも役者もみんな嬉しいと思うよ。監督にねぎらいの言葉をかけてもらったりしてさ。ほら、特にあの子役の子によく話しかけてたよね。二人で何話してたのかなあ」


「あの、滝波さん」


「ん?」


「麻薬、やってませんよね?」


「は?」


「いや、急にこんな話をしてすみません……でも、来週発売の週刊誌の予告に『今、ある意味話題の漫画原作映画撮影中の大物俳優Tが麻薬使用の疑い!』って書いてあって、しかも証拠写真まで出るらしくて……。これって、滝波さんじゃないですよね……? 滝波さんが逮捕間近だって噂が流れてるんですけど……」


「ははは! いやあ、監督! 週刊誌なんか真に受けちゃダメダメ! そもそも『人気芸能人Aが!』とか『人気ロックバンドXが!』とかに使われるあのAって、町民A、B、CとかのAで、イニシャルじゃないんだよ。いやあ、俺、ああいうのを見ると毎回笑っちゃうんだよね。イニシャルがAの人はネットで勝手な噂をされて、かわいそうだなって」


「いや、今回はたぶんイニシャルだと思いますけど。Tだし……。あの、それでやってませんよね? 大麻、それにコカインもt」


「俺が麻薬をやっているかどうか、俺の目を見て訊ける?」


「いや、怖! それ、こっちのセリフでしょ! 『僕の目を見て、麻薬をやってないとはっきり言えますか』って!」


「ははは! はははははは! はははははははははっ!」


「もう、その笑顔も怖いんですよ……。ねえ、お願いしますよ。このTさんって、滝波さんじゃないんですよね? もし滝波さんだったら、この映画がお蔵入りになっちゃうんですよ。みんなで作ったこの映画が……。スタッフも寒い日なんかは、みそ汁を作ったりして頑張って」


「あのさ、おかしくない?」


「はい?」


「仮に俺が麻薬をやって、それが週刊誌にバラされたとしてさ」


「そんな仮定の話をするところが、もう怪しいんですけど」


「この前、この映画の主役の相棒役の子が当て逃げしたよね」


「ああ、はい。結構大きめのニュースになってしまいましたね……」


「じゃあ、俺だけが責められるのはおかしくない?」


「おかしくないですよ! だから今、ギリギリの状態なんですよ! 滝波さんの件で、とどめになろうとしてるんですよ!」


「だから、俺が麻薬をやってると決めつけないでくれよ」


「ああ、それはすみません……。じゃあ、やってないんですよね? 信じていいんですよね?」


「俺は麻薬をやってますぅぅぅぅぅー?」


「いや、止めるところがおかしいでしょ! 『麻薬をやってまぁぁぁぁー? ……せん!』でしょ! もう漏れちゃってんじゃないですか! てか、やってんのかい!」


「ははは! 冗談! 冗談だよぉ! ところで、大麻ってなんで禁止されているんだろうね。酒やタバコのほうがよっぽど体に悪いのに」


「いや、やってる人の論理!」


「みんな大麻に過剰反応しすぎなんだよね。解禁されてる国も多いし、ゲートウェイドラッグだっていう意見もあるけど、全然、スンッ、そんなこと、スンッ、ないし」


「いや、鼻をすすりすぎですよ! やってるでしょ、コカインも! 思い出しちゃってんじゃないですか! どうしてくれるんですかもう、あああ、この映画、呪われてるのかなぁ……」


「コメディー映画なのにね。でも、それが逆に怖さを増すよね」


「タロタロソース三太郎……」


「変な作品タイトルだよね。売れないよ」


「そんなことないですよ! 結構人気なんですから!」


「一部の小学生にでしょ」


「いいじゃないですか別に……。それに、ポテンシャルはあるんです。見てもらえさえすれば、きっと幅広い層から支持されますよ。ストーリーが結構いいんですからね。三太郎が伝説のソースを求めてソース大会に出場し、ライバルたちと繰り広げるバトルシーンなんてもう熱くて、それに生き別れの兄弟との再会もあって……」


「でも結局、伝説のソースなんてなかったんでしょ? まあ、こっちのソースはあったけどね」


「こっちのソースって……まさか、情報ソース!? ああ、もうやってんじゃないっすか! あああぁぁ……」


「……でもさ、人間、誰だって秘密の一つや二つは持っているもんだよ」


「言い訳なんて聞きたくないですよ……」


「ところでさ、監督って現場に集まった小学生たちにお菓子を配るとき、やたらと女の子に触ってたよね。あの子役の女の子にもさ。業界では噂になっているよ。実は監督がさ……」


「……昔の女の人は十四歳くらいで結婚してたんですってね。海外では今でも――」


 その後、関係者の不祥事が次々と発覚したため、映画『タロタロソース三太郎』は公開中止となった。しかし、そのことが話題となり、カルト映画として一部から絶大な人気を得たのであった。

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