プロローグ-二羽の小鳥-
昔々在る家に、一羽の小鳥が飼われていました。
風切り羽の切られた小鳥が入った鳥籠は、窓辺の近くに置かれて居ました。
生まれた時か其処に飼われていた小鳥は、駕籠の中に居る事にも、求められるままに歌う事にも何の疑問も懐きません。
昔々在る家に、一羽の小鳥が飼われていました。
風切り羽の切られた小鳥が入った鳥籠は、窓辺の近くに置かれて居ました。
生まれた時から其処に飼われていた小鳥は、駕籠の中に居る事にも、求められるままに歌う事にも何の疑問も懐きません。
「可愛い可愛い私だけの雫。今日もその歌声を聞かせておくれ」
飼い主の目は薄暗く、光がありません。
(主は何時も真っ暗だな。窓の外見たいに光りを灯せば良いのに)
そんな想いを懐きながらも、小鳥は日々変わらない歌を歌います。
小さな嘴で飼い主の好きな歌だけを、繰り返し繰り返し歌うのです。
暫くして飼い主は満足そうに頷くと、鳥籠の手入れをして部屋を出て行きました。
それが日々の常であり、小鳥の役目はそれだけです。
駕籠の中は安全で、餌もお水もたくさんあります。
ですが、一羽で過ごす時はとても退屈でした。
そんなある日、窓辺に一羽の小鳥がやって来ました。
「やあやあ、そこの御嬢さん。ずいぶん退屈そうだね」
薄い窓硝子の向こうで、薄いクリーム色の小鳥が雫に声を掛けてきました。
「暇なら僕が話相手になってやろう。人間に飼育されている滑稽で無知な君に、外の世界の話を聞かせてあげるよ」
そう告げるクリーム色の小鳥は、嘲るような物言いのわりに、何処か憐れんでいる様でした。
「別に滑稽とは思わないけれど、退屈だったのは確かね。良いわ、貴方のお話を聞かせてちょうだい」
雫がそう返すと、外の鳥は空の青さと緑の香り。風の優しさと厳しさ、我々鳥はそもそも飛ぶものである。その為の翼であり、翼は飾りではない等と多くの事を教えてくれました。
最初の一日二日は興味も薄い話でしたが、一週間も過ぎた頃には、クリーム色の小鳥との一時を待ち遠しくなるほどに雫の心は惹かれていました。
駕籠から出たいとは言わない。飼い主から逃れる気も有りはしない。
ただ、日々の僅かな一時に、この窓の外の世界に住む小鳥から、外の世界の話を聞ければそれだけで駕籠の鳥は幸せだったのです。
※※※
ですが、そんな穏やかな日々にも僅かずつ変化が訪れていったのです。
ある日の昼下がり。何時ものように雫は飼い主に、歌を歌っていました。
「ねえ、雫。最近、窓辺にお友達が来ているみたいね」
歌も一休みとなったその時、飼い主がそんな言葉を吐いたのです。
穏やかで優しい声音には、感情の色が見えません。
雫も意図が分からず小首を傾げるだけです。
「良いのよ。貴女はそれで良いの。ただお友達が来ているならば、歓迎してあげなくてはならないわ」
そう告げると飼い主は窓を少し開けて、雫の鳥籠の前に小さなスグリの実を数個置きました。
「可愛い可愛い雫。お友達によろしくね」
そう告げると、飼い主は何時ものように駕籠の手入れをして部屋を出て行きました。
それから少しの時間が流れた後、クリーム色の小鳥が窓辺に現れました。
「おや、今日は窓が開いているんだね。閉め忘れたのかな?」
不思議そうに問う小鳥に、雫は飼い主の言っていた話を伝えます。
すると小鳥は疑問を懐いた表情を浮かべました。
「君の飼い主を疑うわけじゃないけど、そんなに僕も愚かじゃない」
そう告げると、小鳥は何時ものように窓辺にて、外の世界の話を語り去っていきました。
※※※
外の小鳥がやって来て、一ヶ月近くが過ぎていました。
小鳥も最初こそ警戒していましたが、今では二羽だけの一時ならば部屋に入り、駕籠の前のスグリの実を啄むようになっていました。
その日の午後も、二羽の時間は過ぎていくのだと小鳥も雫も信じていました。
ですが、その日の小鳥は様子が可笑しかったのです。
何時ものようにスグリを啄んで数分が過ぎると、倒れるように意識を失ってしまったのです。
「外の小鳥さん!外の小鳥さん!どうしたの?起きて!」
訳も分からず雫が駕籠越しに騒いでいると、部屋の中に飼い主が入ってきました。
飼い主の瞳は暗く輝き、口元は何故か笑みを浮かべています。
手には果物ナイフが一本。
「あら、雫のお友達。眠ってしまったのね」
そう呟く飼い主の声に、雫は恐怖と焦りに駈られます。
初めてのお友達。初めて世界を教えてくれた存在なのに、何故こんなにも私は無力なのか。
風切り羽の無い私では、空を飛べない。駕籠の中では、外の彼を揺すり起こす事も出来ない。
無力な駕籠の鳥が騒ぐ目の前で、クリーム色の小鳥は真紅の小鳥へと染まっていきました。