スキルを盗む怪盗紳士は師匠を探している その1
【サングリエ】付近のフィールド。
《モイスチャー・ライオン》が討伐された。5メートル超え、体毛は灰みの深く渋い青色、鬣は緑色のライオン型モンスター。レベルも80。夜しか出現しない。攻撃モーションは四足歩行の突進、牙。背中に生えている2つの水槽から発射される水塊。水塊の攻撃を受けると衰弱の状態異常が付与される。水塊が地面に触れると一定範囲で水たまりが発生。水たまりに足が触れると行動に制限が掛かる。咆吼による行動に怯み、硬直時間が長いデバフ。
《モイスチャー・ライオン》を討伐したプレイヤーは3人。カスラ、メイク院、ネスレのパーティー。男性プレイヤーで構成されている。今回は低確率でドロップする【モイスチャー・ライオンの心臓】。身体能力を向上させるポーション製作に必要なアイテム。3人は生産職ではない。ドロップ品は【ムートン】に永住してるフレンドに渡すために《モイスチャー・ライオン》を乱獲していた。
月が輝く夜。
歩いている3人。
「3時間やって心臓が3つはおいしくないな」
赤モヒカンのカスラが言う。
「だから幸運値アップのアクセサリーを買ってからヤろうって言っただろうがぁ!!
ガタイのいいメイク院が呟く。
「仕方がねぇじゃん。心臓だけのために1億ルターはないわ」
紫のモヒカンのネスレがため息を吐いた。
「ま、あと一個だけだし、頑張るか」
カスラは肩に槍を置き、二人を鼓舞させる。
「やりますか」
「もう一踏ん張りと行きますか」
メイク院、ネスレも身体を伸ばし、頑張りを見せる。
「うん?」
ネスレが地面に注目した。
「なんでトランプ?」
拾ったのはトランプ。絵柄はスペードの3。二人もネスレに近づき覗き込んだ。
「ただのトランプだ」
ネスレがテキストを確認した。結果特になんの変哲もない一般的なトランプ。
「何が起きるか分からないのがゲーム。念の為に貰っておくか」
レアなクエスト発生条件に明確はない。拾ったトランプもいつか条件達成でユニーククエストが受注可能になるかもしれない。
ネスレがメニュー画面を開く。同時にただのトランプだった事に一気に興味が無くなったメイク院とカスラは再び歩き出した。
「早くしろよ」
「なんでトランプが落ちていたんだろうな」
手を頭の後ろに置きながらぼやくメイク院。
「NPCの落とし物じゃね?」
「じゃあ、いつかクエストが発生するかもな」
二人で話し込むとカスラは訝しんだ。いつまで経ってもネスレが追いつかない点に。
「おい、ネスレ......??」
カスラが振り向くと、ネスレは何処にもいない。忽然と姿が消えたのだ。
カスラとメイク院は武器を構える。遮蔽物がないフォールド。隠れる場所はない。ネスレは魔術師。隠密魔法やスキル系統は獲得していない。にも関わらずフレンドは音もなく消え去った。
明らかに異常事態だ。
「レッドか」
メイク院が言ったのはレッドプレイヤー、つまりPK。プレイヤー・NPCを殺害し続けるとプレイヤーネームが赤く染まり、髑髏マークが追加される。PKに倒されたプレイヤーはストレージのアイテムが死んだ場所に置かれる。拾えばアイテムは新しい者となる。なので、プレイヤーからアイテムを狙う狡猾なプレイヤーも存在する。
二人が警戒する。メイク院が地面を注意深く見詰めた。
「あ゛んっ?」
片膝をつき、拾う。
「トランプ......スペードの2!?!?!」
メイク院は怖くなった。振り向きカスラと情報共有した瞬間に視界が暗闇に包まれた。
「メイク院、そっちはどうだ......!?」
気配がなくなった。メイク院が消えていた。争った跡もない。ネスレ同様、忽然と消えていた。
後ずさるカスラ。全力で走る。スタミナが切れるまで走り続けた。
「ハァ、ハァ......ここまで来れば......うん?」
肩で息をしていたカスラは目の前に落ちていたカードに目が入った。
恐る恐るカードを拾った。
「ス、スペードの............1!?!?!?!?」
初めにネスレが拾ったのはスペードの3。カスラが入手したのはスペードの1。普通に考えれば居なくなったメイク院はスペードの2になる。だが問題は拾った後に跡形もなく消えたこと。激しく身体を揺らす。周囲を確認した。
「何処の誰か知らないが、来るなら来い!!!!!!!!」
カスラの声が荒げた。激昂に近いのかもしれない。
叫んでから時間にして5分が経過していた。臨戦態勢を取っていたカスラの表情は徐々に余裕を見せ始めた。
いくら待っても誰も来ない。襲撃はない。
「フハハァアアア!!!! 俺に恐れを成したか!!!」
高笑いが響く。
持っていたトランプがひらりっと落ちた。地面に落ちる筈のトランプは途中で掴まった。
『落ちましたよ』
中性的な声が教えてくれた。顔横にトランプが出ていた。
カスラは感謝の言葉を述べる。
「あっ、これはどうも............はぁ!?」
自分の視界が反転したの分かった。
カスラの首と胴体が分離していた。頭は宙を浮き、胴体は前から地面へ倒れ込んだ。
『さてと、何が手に入るかな〜』
楽しげな声。人を殺害したばかりとは思えない軽やかな動きを見せた。
浮いていた頭は地面に着地。
異常者は切断した頭に興味がなかった。異常者にとって頭は地面に落ちている石ころ程度の価値だった。
異常者は懐からトランプを取り出し、動かなくなった胴体に刺した。
その光景を目撃した瞬間に、カスラのHPがゼロになった。カスラの視界が暗闇に包まれていった。
異常者だけの場。手から急に現れたトランプ。数は3枚。
トランプを扇状に開く。マークも数字もない。代わりに文字が刻んでいた。
【ツイン・ブレイカー】
【レッドスピア】
【ハードスピーダー】
1枚ずつに記載されている名称。異常者が3人から奪ったスキルだ。
愉快な表情の異常者はポツリと呟いた。
「......これじゃない」
空を見上げた異常者。異常者は思い出す。今日と同じ満月に自分を助けた彼女と出会った。
「何処にいるのですか......師匠」
そう言い残し、黒い怪盗服を着ていた異常者はその場から消え去った。残ったのは誰もいない静寂なフィールドだけだった。
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今、ユミナは【サングリエ】にいる。絶賛デートの真っ最中♡。今日のお相手はレオ・ピスケス・アクエリアス・サジタリウスだ。
デートは順調だったのだが............
ふむふむ、身体にトランプを刺す。刺した者のスキルを奪いトランプに封印ですか......
盗む上限は52個ではありません。52個以上です。




