勇気を言葉に変えた山羊座
寮への帰り道。
「はい、クイーン。カステラ」
二人は首を傾げる。私が出したのは羊皮紙の巻物。
中を確認した二人。驚いていた。まぁ、当然だ。
「クイーンの依頼はこれにて完了しました」
「私も貰っていい?」
「勿論。邪龍は独占はできないからね〜」
羊皮紙の中身。討伐未達成の邪龍に関する内容。姿だけ確認した闇と混沌の邪悪龍と全悪の邪悪龍は覚えている範囲だけ記載した。残りの邪龍は能力込みで情報を書いた。対策もなるべくギルド総出で集めれるように書き記した。
「じゃあ、私用事ができたから!」
先に退出したカステラ。
「ユミナ! 今回はありがとう! お礼はいずれ!」
「じゃあね〜!」
手を振り、カステラが見えなくなると手を下ろした。
「クイーンはギルドに戻らなくていいの?」
「そうだね......ここに来た目的の半分は完了した」
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「そうだよ。クエストを受けないと言ったのに、悪魔と契約交渉中まで漕ぎ着けるとは思わなかった」
「アハハ......成り行きってことで。てか、もう半分は?」
「ユミナに会いたかった」
そう言って私を抱きしめるクイーン。
周りにいる人たちに聞こえないボリュームで喋った。
「いつも家や学校であってるじゃん」
「現実でもゲームでも会いたい。それにあの教師NPCに感化されたからかな......」
「どういう意味?」
「私もユミナに勇気を出していなかったら......暴走していた、と思う」
「あークイーンよりも私が押し潰されていたと思うけど。実際メンタルがズタボロだったし〜」
「あの時はすまない......ズルかった」
「ちっとも気にしていない。あの時クイーンが一歩を歩んでくれたおかげで私も勇気を貰った。そして、今がある。私はクイーンと恋人に慣れて良かった!!」
「ありがとう......嬉しいよ!」
「そうだ! 『現実でもゲームでも会いたい』ならデートしよう!」
「今から?」
「後日。日程は調整するので」
「はいはい。了解したよ、私の恋人さん」
お互いの身体が離れていく。名残惜しそうにクイーンは学園を去っていった。
きっと持ち帰った邪龍の情報と入手したてホヤホヤの悪魔関連の情報をギルドのメンバーと共有するのだろう。
残った私たちは学園寮へ歩き出した。
「お嬢様」
「なあに?」
「私とリーナは少し用事があります。先にカプリコーンと帰ってください」
「えっ。そうなんだ......分かったよ」
ヴァルゴとリーナが後ろを振り向く。ヴァルゴがカプリコーンを横をすり抜けた。
一瞥し、口を開く。
「カプリコーン」
ヴァルゴはカプリコーンにだけ聞こえる声量を発した。
「頑張りなさい」
それだけを言い残し、ヴァルゴは去った。
学園中庭。噴水前。カプリコーンが噴水を観たいということで寄り道をした。
「カプリコーン、今日はお疲れ様」
「勿体ないお言葉......」
「どうしたの? 深刻そうだけど......」
「ご主人様は......見たくないモノはありますか?」
「?? ”見たくないモノ”か〜 あるよ、いっぱい」
「そう、ですか......」
カプリコーンは自然と下を見ていた。
「だけど、見たいモノはその数百倍あるよ」
「えっ!?」
顔を上げ、主を見た。
「カプリコーンは見たいモノない?」
「わ、わたしは......」
「実はね、今一番見たいモノがあるんだ〜 はい、なんでしょうか!」
突然の質問。答えが分からないカプリコーン。焦る気持ちが膨らんでいく。
「はい〜 時間切れ!! 正解は......」
私はカプリコーンの手を握った。
「カプリコーンの笑顔!!」
目を見開くカプリコーン。込み上がるモノがあった。
「私の......笑顔ですか」
「YES!! その後は〜」
カプリコーンの前にいる主はずっと早口で喋っていた。カプリコーンが会話に参加していないにも関わらず、絶えず自分が今、”見たいモノ”が何かを語っていた。候補を言っている主の顔が頭から離れない。幸せな表情。ずっと見ていない欲求がカプリコーンにあった。
カプリコーンは今回アグネス女学園で起こった事件を思い返す。今の自分はオリバー・リーディエントと類似している点が多い、と。
オリバー・リーディエントはシフォン・ニア・ウィステリアに恋をしてしまった。生徒と教師。禁断の関係。オリバー・リーディエントは分かっていた。それでもシフォン・ニア・ウィステリアを愛してしまったのだから。例え拒絶されても仕方がない。自分の今の感情を相手に伝えるべきだった。言葉を発し、一歩を踏み出す勇気がオリバー・リーディエントに不足していた。募る感情を必死に押し殺していたオリバー・リーディエント。愛するシフォン・ニア・ウィステリアに群がる女子生徒達が疎ましく思い、感情が爆発。憎悪が膨らみ今回の騒動が発生した。
カプリコーンは理解している。自分に足りないのは......一歩を踏み出す勇気だけ。
拳に力が入る。
「ご主人様。覚えていますか?」
カプリコーンは懐からお金を取り出す。
私は首を傾げた。カプリコーンの行動の真意がわからない。
噴水目掛けてカプリコーンはお金を投げた。綺麗な放物線。ポチャン、と水音が鳴る。水面の波紋は広がりを見せ、やがて消滅した。
「ちょ、なにやっているのよ!?!?」
「噴水に対価を入れると願いを叶えてくれる悪魔が召喚される。勿論噂話ですので悪魔は召喚されません。そして願いも叶えてくれません。なので......自ら叶えます」
カプリコーンは自分の気持ちを目の前の愛する人に伝えた。
「ユ、ユミナ......」
突然の名前呼び。私は驚いた。気づけばカプリコーンの頬がほんのり赤く染まっているのがわかった。
「私............私は!!」
感情がこもる。真っ直ぐ見詰めた。勇気を言葉に変えて。
「私はヴァレンティーアです」
私は息を呑んだ。
噴水から流れる水。風の音がなくなった感覚に陥る。私とカプリコーンだけゆっくりと時間が進んでいる、そんな気がした。
「これが、私の気持ち」
震えるカプリコーン。立っているのが精一杯だった。今のカプリコーンは恐怖と絶望の一歩手前。
愛する人からの第一声で全てが決まる。目が霞んでいた。視界が狭まっていく。震えが止まらない。呼吸が出来ない。永遠に続く悪夢。
「カプリコーン......違うよね」
私は抱きしめた。
「ッ!?」
「ヴァレンティーア。ありがとう」
涙が溢れるヴァレンティーア。
「私が見せてあげる、楽しい世界を。これからも私について来てくれますか」
ご主人様に向けた最上級の笑顔。決意の一言。
「はい!」
私からのキスをヴァレンティーアは幸せな表情で受け入れた。
「末永くよろしくお願い致します、ユミナ」
「こちらこそ、よろしくね。ヴァレンティーア」
私たちは笑った。これからもずっと一緒だと。
噴水が躍動する。私たちを祝福するかのように。
お幸せに〜!!
次回で1章終わります!!
残り10体
また一つ軛が解き放たれた




