二人だけの楽園の為に
儀式場での戦闘は激化していた。
ただじっと戦闘を見守る陰が二つ。
「お前が人間の従者になるとはな」
グラシャラボラスは自分の肩に立っている女性に声を掛けた。
「悪魔時代と違う容姿なのに分かるのですね」
ため息を吐くグラシャラボラス。
「幾ら見た目が変わっていても、お前から漂う凶悪なオーラを見間違える程腑抜けてねぇよ」
「そうですか......時に、私を攻撃しないのですか?」
ヴァルゴが下を向く。グラシャラボラスの足元には眠っている7人の女子生徒。悪魔召喚の生贄になり、悪魔が顕現して用済みとは言え敵からして見れば、人質としての価値は少なからずある。
「ハァ〜 何千回、お前に殺されたと思うんだぁ。それに、眠っている人間はオレの好みじゃねぇ。だから殺す必要もない」
「そうでしたね。貴方の性癖は......」
「オイィ。それ以上、口を出すなよ」
「言いませんよ、微塵も興味もありません。仮に言っても私に徳がありませんので。にしても、貴方も人が悪いですね」
「悪くない提案だと思うが?」
「オリバー・リーディエントに提示した契約の条件。”敵対してる6人を倒す”。私とカプリコーンも含まれています。どう考えても人間の身で倒すのは困難ですよ」
不敵な笑みを溢すグラシャラボラス。
「さぁ〜な。敵の力量を瞬時に見抜けない人間なんて、後が大変だぁ。悪魔と契約することがどれだけの責任や重みがあるのか、理解してねぇ。言わば洗礼だよ。もしも洗礼を生き抜き、それでも悪魔と契約を望むなら王候補としてキープしてやるよぉ」
「大変そうですね......この時代の人間は」
「オレからも質問していいかぁ」
「......答えれる範囲でしたら」
「ほぉんとうに変わったな。昔は視界に入った者を皆殺ししていた奴とは別人だ。お前の主は大物すぎるぜぇ」
「ふふん! 貴方にも教えてあげましょう、私とお嬢様の軌跡を」
「いや、やめておくわぁ」
「誰もが私の容姿、力にしか興味がなかった。でもたった1人......私をちゃんと見てくれた者はお嬢様だけ。だから私はお嬢様以外に従うつもりはない。永遠に———」
「勝手に語っているよ。まぁ、お前が良いならオレたちが口出す権利はないからなぁ。だが、契約はどうすんだぁ。まさか今の主だけじゃねぇよな」
「ハァ〜 ですから、私が契約するのはお嬢様のみ。他者と結ぶ気は毛頭ありません」
「......お前の方が、人が悪いな」
「リリス様も了承済です」
「......マジかよ。そうだよね、お前くらいだからなぁ。リリス様と平然と話せれるのは」
「加えてお嬢様はリリス様のお気に入り、と言えば貴方は信じますか」
「ヘェ〜 おもしれぇなぁ!! ますます興味が湧いてきたぁ!! じゃあ見届けないとなぁ」
二体の悪魔は祭壇に視線を向ける。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうもオリバー先生。分からない箇所があるので教えてください」
祭壇の中央に立っているオリバーに話しかけた。
「生憎、不出来な生徒に教える事はないわ」
「生徒を導くのが教師の役割じゃないのですか」
「教師ね......そうよ、私は教師なのよ......」
含みのある言い方だな。
「生徒会長ですが、未だ眠ったままです」
少し眉を動かすオリバー。
「一番強力な催眠魔法を施したからね。目的が達成したら、起こすつもりだった」
「生徒を誘拐することが貴女の目的」
ハッキリとオリバーに告げた。
「アグネス女学園に存在する全ての人間が邪魔だったのでしょう———シフォン・ニア・ウィステリア生徒会長以外が」
笑顔で拍手するオリバー。
「正解! よく分かったわね。悪魔召喚に必要な誘拐とは考えなかった?」
「悪魔召喚のためだけに人攫いを実行するのなら、街に出て大量に攫えばいい。学園と違ってよりどりみどりですから」
「あら、悪魔だって召喚に必要な人柱の選定するわ。それこそ、若い女達とか」
私は後ろでヴァルゴと喋っている悪魔———グラシャラボラスに目を向ける。
「だったらとっくに倒れている女子生徒を襲っている事でしょう? 襲うどころか興味がない素振り。つまりあの悪魔さんは若い女性に惹かれていない。悪魔が少女達に見向きもしない、なら、女子生徒を誘拐したのはオリバーさんの個人的な目的に絞られる」
「それで私がアグネス女学園の人間が邪魔だと」
「学園に来て数日、私は貴女が放った刺客たちと戦いました。【花嫁】に捕まった生徒は無惨にもブーケにされたり、【願き者の源水】を植え付けられた生徒は身体を乗っ取られた。あまりに扱いが酷すぎる行為です」
「要らないからね」
「自白ありがとうございます。でも、貴女の目的は別にある。ヴァルゴとリーナが教えてくれました」
「ヘェ〜」
「異空間で発見されたシフォン生徒会長だけただ眠っていた。それだけじゃなく、存外に扱っている様子はなかった。随分高待遇だったようですね。眠らされていましたが......」
「何が言いたいのかしら?」
「オリバーさん。貴女はシフォン生徒会長を......」
オリバー・リーディエントが今回の騒動を起こした動機は。
「愛してしまったのね」
オリバーは目を閉じる。再び目を開け私を見る。その瞳は哀しくも事実を物語っていた。




