知ってしまった甘味
黒い霧が晴れる。
倒れていた体はゆっくり起き上がる。
受けたダメージもなくなる。
耐久力も回復した防具。
職業、『屍術師』の効果は”不死”。
何度、倒しても起き上がる。敵にとってこれほど面倒な相手はいない。
対処方法はある。
一つ目。圧倒的に武力で永遠の攻撃を与える。
二つ目。”不死”の任意発動をやめされる。
口に出す行為はしない。
敵に見えないウィンドウが表示される。
『屍術師』は『はい』・『いいえ』を押せばいい。
相手からすれば、”不死”は強制発動したと思い込む。
欠点がある。
”不死”が適応されるのは、プレイヤーのアバターのみ。
攻撃で失った武具の耐久は回復しない。
だが、バシャには耐久値も回復する手段がある。
バシャが入手したオンリーワンの武器。『征服者の錫杖』。
NPCを奴隷にできる”支配”。
モンスターを駒にできる”冷酷”。
駒にしたモンスターを無限増殖される”冷徹”。
MPを”1”、消費することで武具の耐久値を完全回復できる”妨害”。
モンスターを取り込み、力を倍増させる”禍化”。
付属効果で『状態異常』攻撃の付与率増加。闇魔法攻撃の威力上昇。消費MP減少。
手に入れたのだ。死を超越した存在に。
純粋なプレイヤーはしない。
モンスターもNPCも征服できる能力はプレイヤーキラーが持つべき。
相手を圧倒的な力で制圧。
謝罪は受け取らない。
残虐な攻撃で敵に恐怖を与える。
運営が出したんだ。『征服者の錫杖』を。
だから、利用した。
自分の好きな方法で。
ゲームを愉しんでいた。
バシャに恐慌が走る。
吹き飛んだ煙の奥。
対戦相手の姿。
いつの間にかピンク髪から銀髪へ。
体も変化していた。
直感した。
銀髪の形態での恐怖。濃密な殺気。一発、一発の攻撃が重い。
加えて、プレイヤー一人が所持してはいけない武器。
”不死”の能力が無ければ、蒸発していた。
逃げるしかない。
体勢を整えて、相手が技を出す前に倒す。
足を一歩分、動かした。
一瞬、足が向かう方向を見ていただけ。
決して、注意を怠ったわけではない。
距離があった。自分の位置までは時間がかかる。
相手の姿が消えた。
相手が自分の視界に映った時には、自分は地面に伏していた。
腹部に強烈な痛み。
敵が装着している黒い籠手で殴られただろう。
いつ、どうやってかはわからない。
相手が自分の腹を殴り、吹っ飛ぶ前の体を地面に叩きつけた。
地面も急激に変化する。
亀裂は深く伸びていく。広がる波紋のように。
漆黒の籠手は黄色に輝く。
相手は一言、発した。
「【硬朱の甲】」と————————
◆
タウロスの肩にレオの腕が置かれた。
「さぁ、吐け!」
取調べされるタウロス。
原因は、目線の先。
闘技場、二度目の崩壊。一度目と同じ真紅の大爆発攻撃。
スクリーンが復活した直後、ユミナの籠手の一撃で発生した現象。
流石のユミナの従者も唖然とした。
ユミナの説明では裁紅の短剣の魔魂封醒は、連発ができない。撃朱の剣再使用は、次の日。一日限定技。
ましてや、同じ攻撃に威力を出すには同じ距離が必要。スクリーンに映ったユミナとバシャとの間合いはほぼゼロ距離。
超至近距離の間合い。
この条件では撃朱の剣の威力はゼロ。不発攻撃となる。
「アタイは無実だ」
「それでは、この状況はどう説明しますか」
アリエスは促す。
闘技場の中央には巨大な穴。スクリーンからの映像で更に深くなっていた。
星霊以外の従者は慌てつつも、仲裁しようとする。
星霊の威圧に気圧され、誰もタウロスを救うことができずにいた。
「タウロス」
ヴァルゴの鬼気。全員が引きつる。
数多の敵を葬ってきた冷酷な女騎士。
ヴァルゴが動けば、処刑は免れない。
味方であっても、だ。
「お嬢様は何をしたのですか」
息を深く吐いたタウロス。
「前にも言ったけど、お嬢の発案だからな」
ユミナが持つ漆黒の籠手。捕食者の影爪にも裁紅の短剣同様、魔魂封醒が搭載されている。
技の名前は【硬朱の甲】。
発動条件は、受けた攻撃を籠手が吸収こと。
硬朱の甲は、吸収した攻撃を敵に放つことができる。
反射攻撃と考えればいい。
「硬朱の甲で発射された攻撃は、敵がいくら強固な結界や防御力を有しても必ずダメージを与えるんだ」
タウロスの言葉に周りは静寂する。
硬朱の甲の攻撃は必中となる。
言い換えれば、防御無効攻撃。結界は張っても壁を透過する攻撃。
追尾弾の役割も持つ。逃げる手段をとっても敵に当たるまでどこまでも追いかけてくる。
「吸収と言いましたが、お嬢様が発動した攻撃。相手は出していませんよね」
頬をかくタウロス。
「吸収する対象は、敵からの攻撃だけじゃねえんだ」
ハッとなるユミナの従者。
「自分の攻撃も吸収できる」
カプリコーンの言葉にうなづくタウロス。
装備者の自傷行為も適用される。これが硬朱の甲の隠された能力。
硬朱の甲を連発すれば、敵も理解する。攻撃せず、逃亡する手段を。
それを回避するために、自分で自分を攻撃する。自分を自分で攻撃し、吸収することもできるのが硬朱の甲の隠された能力。
「お嬢が撃朱の剣発動後、薔薇襲の荊乙姫の花の盾を出す。今までの戦法。でも、今回は出してない。自分が受ける筈の攻撃を捕食者の影爪に吸収させたんだ」
撃朱の剣の欠点は、自身も突っ込んでしまう点。突っ込む影響で、撃朱の剣の攻撃は、自分も受けることになる。
ユミナはこれまで撃朱の剣使用中は、ダメージ軽減する対策をとっていた。
今回はしなかった。もっと良い方法を思いついたからだ。
アリエスは痙攣が終わったフェーネに視線を送る。
「フェーネ。貴女と出会ったことでユミナ様がおかしくなったんですが」
「ちょっと!? 私、関係ないじゃん。『蠱惑の天性』の効果は教えたよね。なのに、ユミナは果敢にモンスターと戦闘したじゃん。自業自得だよ!」
アリエスがフェーネに敢えて言ったのは、硬朱の甲の運用方法があまりに酷いから。
自傷行為も適用される。知っていてもやらない。いや、できない。
自分を自分の攻撃で痛めつけるのは流石に抵抗がある。
しかし、抵抗感がない。むしろウェルカムな存在は一部いる。
痛みが快感と思える存在。つまり、ドM。
『蠱惑の天性』の影響で、ダメージが自身のステータス上昇に変換できることを知っているユミナ。
当然、硬朱の甲の能力にも注目した。
「あんだけの大量破壊攻撃。お嬢曰く、『軽減よりも吸収して、運良く生き残った敵に二度目の攻撃を与えた方が効率的じゃん!!』ってね」
阿鼻叫喚。ユミナの従者は勿論、周りにいた観客も同じく動揺した。
「............敵が可哀想になってきました」
長距離ほど、絶大な威力を放つ殲滅攻撃。
自他のあらゆる攻撃を吸収し、防御・回避不可能な無法反射攻撃。
そして、
「残っている魔魂封醒は後、一つ......」
アリエスの言葉に全員が苦笑い。
「その前に、お嬢様のお顔......。解決しませんか?」
ヴァルゴが言い終わった後。
頭を抱えるユミナの従者一同。
「無理、です」
アクエリアスは諦めた。
「あの顔が消失できるのは、敵を完全に倒し、奴隷にされている人々を向かい入れるしかないです」
「向こう、見ろよ」
レオが示したのは反対側の客席。
バシャの奴隷にされている人々がいる。
この世の終わりな表情。
バシャの支配から逃れても、待っているのは圧倒的”力”を保有している女王。
些細なミスでも自分の”生”が”死”に直結する。
そんな絶望の中に一部、おかしい挙動を取る者たち。
バシャ側の星霊は嗤っていた。
目が合う両陣営の星霊。
ユミナ側の星霊は全員サムズアップした。
作り笑いをしながら。
決して『解放、おめでとう』の合図ではない。
『ようこそ、こちら側へ』
『私たちの主、ヤバいでしょう!』
『真凪さん、ここに変態がいますよ!!!』
アリエスとフェーネは知っているからね。孤島でのユミナの挙動に......




