幸せの笑顔
彼岸の星剣の切先が上から下へ降ろされる。
右手に持つ婥約水月剣で弾く。
後ろに一歩下がったヴァルゴは即座に迫る。左手の赫岸の星劍が下方から切り上がる。
右手の婥約水月剣は振り払っている。戻るのに時間かかる。左手に持つ婥約水月剣も間に合わない。
「ギリギリ...ッ!」
「黒い刃?」
ヴァルゴの攻撃を止めたのは私の足。しかしただの脚ではない。星王の創造で覆われている足。
闇魔法を注ぐことで脚は白のロングブーツに黒のラインが入っている。液体金属を足に回し、刃を生やした。
ヴァルゴの技を完璧に防ぐにはスキルが欠かせない。足スキル【夜世界】。強化された足でヴァルゴの攻撃を防いだ。
「足クセ、悪いですね」
「四肢全てが私の武器よっ!」
正直、スキル運用しないとヴァルゴの剣戟に立ち向かうことができない。
右の婥約水月剣には【殺戮刀】、左は【血海】。武器の威力を上げるスキル。私のスキルはレベル解放した瞬間に女神の名に因んだスキル名称に進化した。
反応速度に追えず、ダメージを受ける。敵からのダメージ量を減らすスキル【戦守護】。加速スキル【勝利翔】、【宵明星】、【天空】
幸運値を上昇する【理媛】、【天探】も発動した。
出し惜しみしない、大盤振る舞いよ!!!
【運命断】、【命定】、【命紡】、【運栄】。幸運スキルを掛けまくる。
回避できるかと思ったが、相手の方が剛運だった。発生した余波がダメージとして受けた。
どんだけ、運がいいのよ!?
ヴァルゴと対峙している時、気づけば私が不運になるからモリモリにスキル掛けたのに......
双剣でガードしてもヴァルゴの方が威力が上。大きい威力に当てられ、体が宙に浮く。
私の体は身動きが取れない。上から逆手持ちで落ちてくる。
「こっちに運を使っても意味ないんだけど」
ヴァルゴの武器を弾いたのは、私の背中から生やした腕。淡い水色の二本の拳は冷気を漏らしている。
私たちは着地した。
「周りが水ばっかりだからあまり消費せずに済んだ」
背中に生やす腕には水魔法と氷魔法を注いだ液体金属でできている。雨を吸収し、巨人の拳に氷で纏わせ耐久力も威力も上げた。
氷腕をしまう私を見せ苦笑するヴァルゴ。
「全身武器のモンスターと相手している気分です」
「酷い例え、ありがとう。『魔法融合』......??」
ヴァルゴは私に迫り、驚くほどの速さで私が手に持つ星刻の錫杖を足で蹴り上げる。
婥約水月剣で攻撃した。彼岸の星剣と赫岸の星劍で攻撃を受ける。振り荒れる雨で視界が悪いし、時間経過しているから足場がぬかるんでいる。舗装されていない森林の道。
「貴女に魔法は使わせません」
「本当に私の行動分かっているね」
遠距離武器の利点。読んで字の如くではあるが離れて戦える。私の場合は魔法使い。杖から放出できる魔法攻撃。
MPを消費してしまうが有効な攻撃手段の一つ。私の攻撃パターンのうち。近接武器で敵に攻撃、鍔迫り合いになれば、即座に後退。下がった瞬間に魔法攻撃を発射。
大抵の敵はこれで完封できる。なのだが、ヴァルゴは私の動きを全て読んでいる。私に攻撃指南したのは他ならない目の前のヴァルゴ。星王の創造で造った足刃も背中に生やした剛腕を使っても、今までの戦闘訓練で見せた攻撃パターンから予想され、有効的な攻撃も全て決定打にならない。多少、私の攻撃を受けているので完全無効ではないのがせめてもの救い。いくら弱体化していたとしても、過去に戦って得た戦闘経験は活きる。予想外の攻撃も過去の攻撃と照らし合わせて対処される。
タウロスが新たに生産武器の魔法杖も出せない。隙がないからだ。武器の切り替えもできない。でもこれでいいと思う。私が持つ婥約水月剣は刀身が水を吸収することで攻撃力が増す。今いるのは雨が降り注ぐ場所。雨が止むまでは無尽蔵に供給されるエネルギー源。
婥約水月剣を持っている時は拮抗した戦闘ができる。”激しい”が必須表現だけど。
左手に持つ赫岸の星劍の剣先が私の肩に届く。星王の創造に注入した属性魔法は解除してない。私の体に危機が迫れば自動的に発動できる。
「くっ」
剣先が肩へ突く。拳ではなく氷盾を出ていたが破壊されそのまま攻撃を受けた。
ヴァルゴの胴体を足蹴りしてあとずさった。
「私との戦闘。ダメージ減少にはユミナ様の防御スキルは勿論、その不思議なドレスが影響してますね」
ブレスレットを確認。雨の雫を吸収しても、エネルギーに使うと速攻削られる。私の肩にヴァルゴの剣先が当たり、ダメージを与えれたのは盾を生成できる量が間に合わなかったからだ。
「面白いドレスですが、私には効きませんね」
「星王の創造の弱点、早くない」
『リリクロス』のモンスターたちに星王の創造は有効だった。敵の攻撃が当たっても星王の創造ドレスを装備している時にはダメージはさほど入らない。私の体にダメージが入るには液体金属を全て払う必要がある。ヴァルゴとの戦闘では防具に全てリソースを送るわけにはいかない。足や盾にも運用に気を配らないと致命傷を与えられる。
突進してくるヴァルゴ。足を払われ、体勢を崩す。
ヴァルゴが横一線に剣を振るう。手を地面につける。逆立ちの体勢から回し蹴りするような形で振り上げる。
回避スキル【優雅司】。からの足スキル【狩猟時間】。振り上げた足で攻撃をガード。足スキル【狩猟時間】は攻撃した相手を吹っ飛ばせるスキル。難点は脚に攻撃が当たらないと発動できない。
空中で足を入れ替え、着地する。吹っ飛んだヴァルゴも着地した。
息があがる私とは対照的にまだまだ行ける表情を出すヴァルゴ。
「容赦ない......こと」
「闘いに遠慮するのは御法度です」
毎度のことながらヴァルゴと戦闘すると先に疲れるのはこちらだ。速すぎる動き、一発一発が重い剣撃。全てに迎え撃つにはより一層、集中するしかなかった。ターゲットを自動的に追尾できる視界スキル、【叡智】と【記憶】。捕捉できる手段があっても捕まえることは至難の業。おまけに雨。最悪すぎる展開。
獣が唸る声。森を踏み倒すモンスター。ティラノサウルスを模したモンスターは私たちに敵意を向ける。
私たちの戦いを感知したのか。こんな時に......ッ!
背中に生えている無数の黒いケーブルがヴァルゴの襲いかかる。
ヴァルゴはモンスターを見ない。
「邪魔だ」
言葉と同時に剣を鞘にしまう。鞘に収め、私の方へ歩いてくる。
血飛沫が舞う。
先ほどまでヴァルゴがいた場所にはブロック状に斬られたモンスターだった肉塊だけが残った。
肉塊は爆ぜ、光輝く。光を背にヴァルゴはゆっくり歩く。
「いいの。切り札を使って」
「問題ありません」
ヴァルゴが使ったのは恐らく【絶劍】。だけど、スキル発動が見えなかった。私にはただ剣を鞘にしまっただけに視えた。【叡智】と【記憶】はフル稼働しているのみ関わらずだ。
「技は精度上がっているね。いや、戻っていると表現した方がいい?」
「これでも......まだまだ、です。10%程度ですね」
「みんなが脳筋ゴリラって言ったの、なんとなく分かった気がするよ」
「それは、褒められているのですか?」
「褒めているんだよ。みんな、ヴァルゴのことを。私も同じだよ!」
「あのアホどもはいつものことですが、ユミナ様はやっぱり不思議なお方ですね」
「どういう意味よ?」
「ユミナ様......。貴女によって私は『何』ですか?」
私も歩き出す。一人分の間の距離で私たちは見つめ合う。
「ユミナ様が隠し事をしているのは......私たちのためですか」
「そうだよ。みんなを護るために隠し事をしている」
「貴女様を護るのは私の役目です。私たちでは不十分ですか」
「......違うよ。みんな、私のために十分すぎるくらい、私を支えてくれた。それは本当にありがたい。感謝しかない。でも、」
「”でも”、何ですか」
「失いたくない」
ヴァルゴに抱きついた。溜まっていた気持ちを嗚咽として漏らす。
「悲しんでほしくないッ!!」
「......ユミナ様」
「私は、私の大切な人たちにこれ以上......涙を流せたくない。みんなに幸せでいて欲しいの!!」
私の頭を撫でるヴァルゴ。
「すみません。私たちのために......ユミナ様は苦しんでいた。それなのに......」
「私もヴァルゴの気持ちを蔑ろにした。”待つ”と言ったことをそのままにして。でも、本当は今までの関係を壊したくなかった。だから、今......答えを出すよ」
かかとを上げる。私の唇に、ヴァルゴの唇を重ねる。
「愛しています。これが私の答え、です」
突然のことで、挙動不審になるヴァルゴ。
「震えてる?」
「あ、あ、当たり前です」
「......良かった。私と同じで」
「不思議ですね。雨の中にいるのに......温かい」
微笑むヴァルゴは美しかった。
「バカみたいですね、私は。勝手に一人で抱え込んで。愛するお方に迷惑をかけて......」
「どんな迷惑も私が解決する。ドンッと来いってね!」
湧き上がる想いをぶつけた。
「もう、離さない。主と従者の関係なんて知らない。私の隣は貴女だけなんだから!」
「卑怯ですよ。先に全部言われてしまいました」
「まだ、あるじゃない。返事の答えが......」
「——————ッ!」
手を胸にそえる。笑顔のヴァルゴは、かわいくかしげて言った。
「はい。私もユミナを愛しています」
曇天は晴れた。
雨雲で邪魔されていた空からの眩しい光が差し込み、太陽の光が照らされ煌びやかを見せた。
「うん?」
「どうかしましたか?」
「え、いや。今って夜だったようね」
「ここは『リリクロス』です。奇妙な現象が起きても普通の出来事。これもまた、日常です」
「フッ。......そういうことにしておきますか!」
地面に落ちていた星刻の錫杖を回収。
「ところでさぁ」
振り向く。
「罰は、必要だと思うのよね!」
ビクつくヴァルゴ。
「”いい終わり”で終わりませんか」
「ヴァルゴの捜索に全従者、使い魔も出動しているからね。示しが付かない」
星刻の錫杖を構える。
「再戦しよっか!」
二振りの剣を拾うヴァルゴ。
「どのみち、私が勝つ未来しかありませんが」
お互いの武器が重なり合った。激しい力と愛がぶつかり合う。
相手が良く見える。はっきりと。
邪魔するモノはいない。
満面の笑みを愛する者へ送った。




