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笑顔

 アシリアは振り向く。

 先にはヴァルゴの膝上に座っているユミナがいた。ユミナは黙っていた。とても静かだった。


「......あのユミナ」


「ぷはぁ!」


 口から奇妙な声を出しながら息を吐き出す。そのまま床に倒れ込む。


「ユミナ、怪我を治療します」


「大丈夫。傷一つ付いていないから」


 ユミナの顔をじっくり凝らしてもビンタされた痕はない。綺麗なままだった。


「タウロス、やったよ!! 完全にモノにした」


 ユミナは()()()()()()。タウロス以外は驚愕する。

 剥がされ、映ったのは同じユミナの顔。


「いやぁ〜 星王の創造(ステラ)で造った新しい顔、いいね!! 相手がビンタしても気付かない質感。この柔らかいモチ肌。自分で言うのも変だけど、いい肌だね〜 大勢の女性が言い寄ってきそう!! また私の魅力が世間に知られてしまう!! ユミナ、恐ろしい子!!」


 剥がされた顔だった皮は、溶ける。色も形状も変化し、ドロドロとした水のような物体はユミナの右手首のブレスレットへ自発的に戻っていった。


 その後も笑顔で、ユミナは星霊を会話を続けた。

 ずっと笑顔を絶やさず、先ほどの一幕の感想を話し始めた。


 全員、ユミナに違和感を覚える。途中から無機質な声で相手と対話。いなくなるや()()()()と表情を崩さず、従者と()()()喋っている。


 明らかに異常。だが、誰も指摘する余裕がなかった。何かの拍子に爆発する激情。一言でも含みのある言葉を言えば、()()()()()()()()()()。仮定は確信に変わり、全員話題を逸らすのに全神経を使った。


「さーってと」


 ユミナは立ち上がる。

「みんな、帰ろっか!!」


 私たちは部屋から退出した。



 ◇

 アシリアは明日の準備でブリジット城に残った。



「雨か......」


 窓から見える濃雲。雨が降り出していた。試したい事があったが仕方がない。

 ぶっつけ本番で扱うのは嫌だけど、流石に自分の城の廊下で振り回すべきではない。


「っにしても、どんだけ()()()()()


 手に持つ藍双剣を見ながらため息をついた。私が否定してもテキストに書かれていることは事実。

 しかし、だ。運営の中に憎悪を持つ者がいるのか。真実は闇の中。


「明日に響くから、今日はもう帰ろう」

 ログアウトするために自分の寝室へ向かう。


「うん?」


 部屋に入る。ベットに紙が一枚置かれていた。

 私は拾い上げ、内容を読んだ。


「あのバカ......」


 私はその場を飛び出し、部屋を後にした。

 ヴァルゴを追いかけるためだ。


 みんなに事情を話し、ボルス城を捜索するようにお願いした。


 雨で体を濡らしながら、私は走る。

 ヴァルゴのステータスを確認。位置情報も記載されている。しかし、詳細な地図が出るわけではない。街中ならすぐ見つかる。でも、今いるのは深い森林フィールド。おまけに大雨。発見するには時間がかかった。


 私は耳を澄ませた。雨の雫が地面に落ちる音以外に僅かに違った音。

 あっちか? 


 足音が止まる。私の前に雨に覆われた影が出現する。

「これ、どういうこと?」


 私の怒りを感じ取る、前にいるヴァルゴは口を開いた。

「私が交渉します。私の命と引き換えにみんなを解放してもらえるように」


「私が負けると」


 ヴァルゴはうなづく。

「あの杖は、勝てない。ユミナ様にはお伝えします。あの杖は、私たち星霊が戦った邪神が持っていた杖。誰もが杖を持つ者に服従してしまう恐ろしい代物。邪神なき今、残っているのは予想外です」


 オフィの情報通りか。


「当時は私たちに耐性がありました。でも、石化され弱体化。その後封印を解かれた間もない時点では決して抗えない。だから、五人はあの者に自由を奪われた。私たちも例外ではない。今度奴と対峙すれば、皆あの者に自由と意思を剥奪されてしまう」


「だから、その前に自分一人だけで解決しようと」


「こうするしか方法はありません。なので......」


 ヴァルゴが振り向く。

「今日でユミナ様の従者を離れます」






「却下っ!」


 私の言葉に叫ぶヴァルゴ。

「どうして、言うことを聞いてくれないのですか!」


「自分が犠牲になるのは認めない。それに私が勝てば済む話でしょう」


「私にはわかります」


 下を向くヴァルゴ。

「あの杖は、今のユミナ様には勝てません。私にも......」


「随分弱気ね」


「私に全敗しているユミナ様が、私以上の存在に勝利するのは不可能です」


 顔を上げるヴァルゴ。悲しい表情だった。

「貴女を失いたくない」


 これが私の罪か。貴女を泣かした。もう絶対にヴァルゴに涙を流せないために行動していた。

 オフィから予言の対処もみんなが知れば、自らを犠牲にして動く。ヴァルゴは星霊の中で人一倍に自己犠牲を厭わない者。だから、隠していた。

 ヴァルゴの悲しむ顔を二度と見たくなかったから。でも、違った。

 私の選択が。ヴァルゴを苦しませていた。それが積もりに今、爆発した。

 だから、これは私の罰。


「なら、勝つよ」


 ヴァルゴは聞き返した。

「”勝つ”?」


「私が勝てば良いのよね。貴女に。貴女以上の強さを見せつければ」


「できませんよ」


「逃げているだけの奴に私が負けるはずないじゃない!」


 安い挑発。でも、これで十分。


 剣を抜くヴァルゴ。禍々しい魔力がヴァルゴを覆う。

 大きく鋭敏に。拡大する力。


「誰が、”逃げている”ですか」


 睨むヴァルゴ。


「”逃げる”だけじゃなく、耳まで遠くなったようね!」


 星刻の錫杖を持つ。

「弱腰のヴァルゴに、負ける気がしない」


 私の言葉と同時にヴァルゴは勢いよく飛び出した。地面には一歩分の跡しかない。

 ならば、次に起きるのは想像がつく。


星なる領域(スターリースカイ)】で防御結界が出現したタイミング。

 ヴァルゴの彼岸の星剣(ノヴァ・ブラッド)が振り下ろされていた。


 冷酷な眼差し。

「でしたら、貴女様を倒していきます」


 自然と笑みが溢れる。

「やれるもんならやってみなさいよ!!!」


 過去には戻れない。でも、明日は変えられる。

 だから、私はヴァルゴを助ける。貴女が真に従うべき相手が誰なのか教えてあげる。



 貴女を救う。大切な貴女へ言うよ。私の想いを——————


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