喧騒パニック
このまま今日も何事もなく終わるはずだった。ユミナの楽観的な態度とは裏腹に、場は重々しい空気へと変わる。
女から発せられたのは低い声だった。あまりにも衝撃と絶望。いつものおちゃらけた表情が一気に崩れていた。
衝動的な行動。自分が今や存在できる唯一の媒体。本は前へ。持ち主の下へ。濃度の高い魔力を浴びた書物は刺激され本という無機質なモノからかつて所持していた魂の残り香を甦らせる。霊体は未来へ技術を託す。
大図書館を出れば魔力を帯びた書物は元の本へ戻る。なので、持ち主へ近づくのは当たり前の動作。だが、本は減速する様子もなく魔術師の少女とぶつかる。
ハードカバーとユミナのおでこは激突。危険を察知することはできなかった。自分の持ち物から危険が発生するとは思わないからだ。
ユミナの体は倒れる。床に叩きつけられた体を起こそうとする。ユミナの鳩尾へ書物が着地。着地地点にされた箇所は本と接触。ユミナは痛みを味わう。
「痛ったぁああ!! 何するのよ!?」
ユミナの言葉は届かない。怒号が上がる。ユミナの体を何度も自分の本をぶつける。相手の意思など関係ない行動だった。霊体となったオフィはユミナと手を結ぶこともできない。それは当然別の所作も同様。怒りに我を忘れたオフィは胸ぐらを掴む仕草をする。無意識に手が伸びている。しかし、叶わない。自分の肉体はとうに消えていた。それを理解できないオフィではない。だが、ユミナから聞いたたった一言の言葉。オフィの思考を蒸発させるのには十分。今なお続く怒りの声と主へ痛みを与える行為。周りにいた者たちは黙って見ることしかできなかった。
オフィはいつもの表情とはまるで別人。怯え、恐怖、混乱した顔を浮かべ、ユミナに対して声を荒げた。
「詳しく教えなさい!!!!!!!」
ユミナは怯える。
「私も...遠くから......しか」
「そんなはずはない......思い出せ、早く!!!!!!!!!!」
オフィが放つ鬼気に、ユミナは畏怖しか出せなかった。
「いや、だから.....」
誰に何も言えない。静寂の中にあるしこり。しかしそのしこりは、触れれば最後。いつ自分たちに飛び火がかかってくるか分からない。殺気は人をヤれる。
ユミナへの攻撃をやめ、飛翔するオフィ。
「こうしてはいられない。きなさい、ユミナ!!!!!!!」
叫びが大図書館に反響する。
目的はユミナが得た情報収集から幾千の書物へ目を向けた。
エヴィリオン・ヴィクトールの静止を無視してオフィは図書館内を慌ただしく飛び回っていく。
ユミナとエヴィリオン・ヴィクトールはオフィを止めるために行動を起こす。
本棚から書物が落ちる。乱雑に落ちている本をオフィが宿す本は他のいらない書物と区別していた。
ユミナが階層にたどり着くタイミングなのか。足が階層に踏み入れた瞬間に本の移動が止まる。
自分に見せるため? と考え本のタイトルを覗き込んだ。
「攻撃魔法...付与魔法...贈与魔法...剣術...武術......呪い......神話......蘇生......星座」
「これも、あれも。私が言った本、全て読みなさい、今よ。早く!!!!!!」
自身の手を止めないオフィ。今も様々な本が本棚から抜け落ちていく。
「待ってッ!!」
ユミナの声はオフィには届かない。自分の世界に入り込んでいる。
「ストップです」
飛んでいる本を捕まえたのはヴァルゴ。高速で移動している本を一発で捕獲したのは流石だった。称賛を贈りたいがヴァルゴの手は余裕がない。捕まったことで収まるかと思いければ、より一層過剰になっていく。
「離せぇぇええ!!」
遠慮のない荒げた声。対照的に、穏やかに物事を進めるヴァルゴ。
「訳を話しなさい、オフィ」
柔らかい言葉を無視するオフィ。
お前には関係ない、殺意を込めた眼差し。
「ユミナはどこ。早く来い!!!!!!!!」
息が上がるオフィ。次第に弱々しい声音になる。
「完璧に壊したはずなのに.....」
一番近くにいたヴァルゴは理解できずにいた。
裏切り者だとしても、一緒に活動してきた者が憔悴し切っている顔。
何かが起きている、と感じ取っていた。
同時に愛するお方が自分に何かを隠している証拠でもあった。
「今はそんな場合じゃない。時間がない......なんで、まだなのに......」
本の閉じる音が大図書館に響く。閉された本はオフィが宿る日記。
「少し落ち着きなさい」
ヴァルゴは歩む。向かう先はユミナの下。
「ヴァルゴ......」
「お嬢様、こちらを」
ユミナの前にオフィの日記本。
差し出された日記本を受け取りストレージに収納した。
「あ、ありがとう......」
深々とお辞儀したヴァルゴ。
「では、私はこれで」
ユミナから離れ、落ちている多くの書物を拾う作業を始めた。
エヴィリオン・ヴィクトールはユミナに言う。
「ユミナよ、彼奴のあの慌てよう。尋常じゃないだわさ」
「うん。本気で焦っていた」
エヴィリオン・ヴィクトールはユミナの足元にある書物に目を向けた。
「【魔導剣士】に必要な本か......。オフィめ、知っておったな」
ユミナは聞き慣れない単語に首を傾げた。
「魔導剣士?」
「魔導師と双璧を成す最上級職業。それが魔導剣士」
「魔導師と?」
「魔導師は魔法一本を高めた職業に対して、魔導剣士は魔法を武器に纏わせ、最大限に発揮できる職業」
「オフィが取り出した本だけで習得できるなら、私は魔導剣士でもいい気もするよ」
「言うと思ったよ」
「わざわざ私に言わなかったのは理由があるんでしょう」
「この世に存在しない武器が必要だからだ」
「存在しない武器?」
「【魔術師】は端的に言えば、大量の魔法本と魔獣との戦いで得た経験値で慣れる」
「そうだね。絶賛アウトドアとインドアを行き来しています」
「魔獣攻略の進行度が早い。どんだけ闘っているんだ」
「戦闘大好き!!」
「ユミナは根っからのアタッカータイプだな。なぜ初めから剣士系統の職業にならなかったんだ?」
「いや〜。色々ありまして」
桃髪、オッドアイ、魔女っ子で釣られないプレイヤーはいないっとアクイローネが熱弁していたからだけど。
「一旦、その話は置いとくだわさ。私は前に出て攻撃するのがあまり得意ではない。だから必然的に賢者を選んだだけだわさ」
「フ〜ン」
「だが、ユミナには選択肢がない」
「どうして?」
「さっき言った存在しない武器が関与してくる。【魔導剣士】を習得するのは、古代武器か神代武器を持つ魔術師がなれる職業だわさ」
「へぇ〜」
「禁書庫にある古代魔法の劣化具合は知っておるだろう。あれは生前の私が込めた保存魔法であのボロボロ状態。私が持っていた権力で蔵書している代物。簡単には入手できない。条件の武器もそうだ。言っておくがそう簡単には見つからない。なぜなら」
「『なぜなら』?」
「この世界で扱える職人がいないんだ。リリクロスに棲まう種族の中にはいるかもしれないが、生憎あてはない。私が生きていた時代に、一人だけ最高の鍛治職人がいた。アイツも私よりも早くこの世を去った。性格ゆえ弟子は取らなかった。だから......」
ユミナはウィンドウを操作。目的の武器を出現させた。
「これでいい?」
裁紅の短剣を見たエヴィリオン・ヴィクトールはハニワみたいな顔になっていた。
「ユミナは、私の想像を行く女だな」
「ありがとう」
「では、早速。修得するぞ」
苦笑いをするユミナ。
「えっと......明日じゃだめ?」
「ダメだわさ。得体の知れない得物を持つ者の脅威が迫ってきている」
ユミナは飛んでいる本の後ろを歩く。




