あり得ない真実
禁書。教育上良くない、社会規範に悪影響を及ぼす書物をそう俗称している。ヴィクドール魔法学園に保管されている禁書は強大な魔法が記されている書物を禁書と言う。
現代の生徒が使用している魔法よりも前。かつて存在したとされる魔法、古代魔法。『無から有の誕生』、『生の完全復活』、『破滅の一手』、『簡易的な所作で生命を奪える』など神に等しい行為を行える魔法、それが古代魔法。
ヴィクドール大図書館にも禁書庫が存在する。閲覧が許されている魔法を扱う者は例外なく【賢者】もしくは【魔導師】のみ。ただの書物ではない。書物に刻み込まれた見えない脅威の力が術者を蝕む。相応の使い手だけが読み取れる。そして、世界を支配できる。
「読むまでは無理でも入れることはできる」
金属と金属がこすれ合う。扉の鎖は床に落ちる。扉の紋章が消えゆく。ひとりでに扉は開かれる。長い年月が経ったことで古い本の独特な匂いが外へ放出された。部屋を占める埃煙を手で払いながらユミナたちは進む。
「何度も言うが...好奇心では済まない」
ユミナの前を飛んでいるケンバー。その声は威圧めいたものだった。冗談では済まない、と意図できる。
「学園にある図書館にも禁書はある」
生徒NPCなら余程のバカではない限り、踏み入れようとしない。でも、プレイヤーは別。好奇心で書物を持ち、内容を詠み取る。結果は、聖女や教皇の呪い解除しか解決できない代物を植え付けられた。
ゲーム的な視点だとアバターにホクロのような黒点が身体中に点在している、本を掴んだ腕が溶けているエフェクト、解呪しないと一生バットステータスの縛りプレイを強いられるなどなど。
魔法学園の図書館に在中している司書さんとの会話、そして何度も呪いを解いてきた聖女アシリアの念押しで触らないように心がけている。
レアな職業、『星霜の女王』。魔法使いが上位種のドラゴンと契約したことで得られる『魔導龍』は『賢者』や『魔導師』と同等ではないかと考え、試みてもケンバーは許容できないと判断。禁書庫を作った当事者が云うのならそれに従うしかない。
「学園の禁書よりも、ここに保管されている本はどれも強力」
大図書館の中間部分に禁書庫は位置する。部屋内は壁一面に禁じられた本で埋め尽くされている。ワンルームしかない面積。本と真ん中には机と椅子一つずつ。それ以外は何もない簡素な部屋。だが簡素な部屋だからこそ違和感がある。足を踏み入れた者は見えない無数の圧に直面する。誰もいない。何もない。けれども確かにナニカが禁書庫にいる。
「『トルネード』」
風魔法の【トルネード】で風を生み出す。放射された風の塊は机と椅子の埃を落とす。長年使われて来なかった調度品。埃が溜まっている。手で払うのも憚れる汚れ。魔法で綺麗にする方が得策。魔法を覚えていない者にはできない芸当。
綺麗になった椅子に座るユミナ。机にはケンバーとオフィが置かれる。
「【光る遠隔機】」
三者の頭上に光源。禁書とはいえ、物質は紙でできた代物。不運な出来事で燃える可能性がある。そのため魔法使いは自前の光源を用意する。
「聞かれないでしょうね」
切り出したのはオフィー。ユミナは頷く。対してケンバーは口を開く。
「安心せい。禁書庫の気密性は問題ない。わたしが保証しよう」
この空間を創った張本人からの言。納得するオフィ。
「で、話って」
「そろそろみんなに言うべきじゃない?」
ユミナが深刻そうな顔でオフィに話す。
ため息を吐くオフィ。
「何度も言ったけど...それはなし」
断言された。だが諦めないユミナ。
「現にヴァルゴ、レオは探りを入れてきてる」
顔に出しているのがヴァルゴとレオだけで、他の星霊も何かしらのアクションをかけてくる可能性がある。
ヴァルゴと口を聞かないのはこれが原因だ。一番付き合いの長いヴァルゴ。私のちょっとした仕草、言葉で真実を導き出そうとしている。レオはいつもの砕けた口調で情報を集めている。加えて根拠がなくても、戦場のプロとしての勘も持ち合わせてる。時として女の勘は未来予測に匹敵する理。
「ユミナよ。此奴の覚悟を軽んじているぞ」
ケンバーはオフィの考え寄り。
「自身が護った者どもがちゃんと生きている。此奴はそれだけで満足している。わざわざオフィの人生を全て打ち明ける必要はない」
「オフィは......それでいいの? ずっと暗い役回りとして生きてくの」
「私はもう死んでいる。肉体はユミナちゃんが崩壊させたじゃない」
「自らの死も劇の一部にして......とんだピエロだこと」
「褒め言葉と受け取っておこうかしら」
「最後は私に、星霊を率いれる存在に殺される。それが貴方の描いた理想」
不敵な笑みをこぼすオフィ。
「私が見込んだ子を着実に強くさせるためよ。計画通り!!」