月よ星よと
◇
「で、話って」
リリスはユミナと出会って回廊を歩いていた。後ろから気配を感じ振り返る。
角から出てきたのは旧友だった。最後に会った時と同じように深刻な顔。
「先生......」
リリスは月を見上げる。
「今日も月が綺麗。どの世界を造ってもなくしたくない要素だからね。いつだって見守ってくれる───ワタシの灯」
リリスは本に丁寧に扱う。
「貴女も知っているけど、この本は『灯の園』。この地含め全ての世界の出来事が記載されている。出来事の中には未来も記されている。誰がどのように行動し、結果が如何なのか。事細かに、ね!!」
「先生は、事前に生かすも殺すも自由に選択できる。相手の意思など関係なしに......」
「世界を調節するため、建前上だけど。本音は、知ってるでしょう?」
「......愛しているお方のためですよね」
リリスは微笑んだ。
「終末に向かう世界はもう懲り懲りなのよ。ワタシには修正する力を持っている。せめてもの贖罪」
「今日、この時間に舞い降りたのは......お嬢様が先生にとって危険因子だからですか」
「そうだよ」
聞きたくない一言だった。
「ワタシが造った最高の防衛組織。護り抜く事は、時に敵を殲滅する以上に難しい。だから、求められる素養も基準値が高いわ。最後の最後で完璧な人財が集まった。
並の悪者では返り討ちになるね。
経緯がごちゃごちゃで混乱するけど、現代において半数以上がユミナちゃんの元に集まっている。
星刻の錫杖を持っているのもあるけど。歴代の所有者に従っていた星霊は己の力だけで解決してきた。
命令無視は当然のようにしていた。ワタシからすれば最終的に成功すれば良いし、歴史が変更する恐れもなかったから目を瞑っていた」
話を進める。
「ヴァルゴ、アリエス、タウロス、カプリコーン、レオ、アクエリアス。それからジェミニたち。みんなユミナちゃんの命令に忠実なんだもん。
ジェミニはともかく、残りの星霊はユミナちゃん以外からの命令を受け付けない精神が流石としか言えない。
加えて、真祖の血と時幻族の特性を継承した姫君。サキュバスの皇女。妖精女帝の娘。神代最後の遺産、ホムンクルスの少女。星霊に次ぐ防衛組織、刻獣は全員。前星刻の錫杖所有者。
そして、現在の聖女。聖女に関しては複数の国、各街を掌握。警戒しない方がおかしいよ」
リリスは語らなかった。他にも要因がある。始祖の吸血鬼で元女王。厄災級の不死魔獣をマスコット兼使い魔にしている。強さを求めるために己を改造した破壊のドラゴン。賢者とその子孫の王女。和解した海底都市の海棲人。歴史に名を残すトレジャーハンターの血を受け継ぐカジノ王と海賊の姉妹。
「ほ〜んとぅに、誰かが糸を引いているとしか思えないね!!」
今度の展開で更に別種族を友好関係を結ぶ。常軌を逸してる存在。対処するために降り立ったのが真相。
「お嬢様の実力です」
「お前......本気で言ってるのか」
リリスの言葉にヴァルゴは理解できずにいた。
「あ、あの......それは」
リリスは会話を中断した。
「ま、そんな何するか分からない災害生物が、【魔魂封醒】も使用できる。久しぶりに恐怖を味わったわ」
続くリリスの言葉にヴァルゴはあっけらんする。
「粛清はやめた」
「えぇ!?」
「ユミナちゃんが、あの子と同じ瞳をしていた。自分を犠牲に自分の大切な人達を救う決意の眼。だから、可能性を与えた」
「怒られますよ」
「あはは! それでも見たいかな、ユミナちゃんの目指す世界を」
リリスは庭園を眺めながらヴァルゴに質問する。
「まさか、ワタシに主の処遇を聞くために追いかけただけじゃないわよね」
ヴァルゴはリリスにボソリとつぶやいた。
「......この先、進んでも良いのでしょうか」
リリスは勿論理解している。主の行いを悪化させないことではない。自分と最愛の人との未来について。
「さぁ〜」
まさかの返答に目を見開くヴァルゴ。
「ヴァルゴは如何なのよ。ユミナちゃんと結ばれたくないの?」
「それは......」
「貴女がユミナちゃんに大胆な..................特殊な清い関係を構築しているのは知っている。後一歩なのに、踏み出せていない。観ているワタシがもどかしく感じるわ」
「私がお嬢様に告白すれば、きっと返事は99パーセントです。ですが、もしもがあります。失敗すれば今までの関係が崩れてしまいます」
「相変わらずの完璧主義者。だから、行動を起こさず現状維持。めんどくさい人になったわね」
「先生に言われたくありません。連れ回され、厄介ごとしか招かないんですから」
「酷いわね。ワタシ以上に聖人はいないわ!!」
ゲラゲラ笑うリリス、苦笑するヴァルゴ。
「ま、杞憂だよ。従者を心底、愛しているユミナちゃんがヴァルゴだけ蔑ろにしないよ」
「............」
「『真名』を教えれば。ほのかな絆は確固たる絆へ。魂は共有され、永遠となる。バイバイ〜!!」
庭園に咲く花が舞う。花びらはリリスへ。
ヴァルゴの視界を遮る。瞑った目を開けた時、地面に花びらだけが残されていた。
リリスの姿は何処にもなかった。
◆
回廊にいるヴァルゴを後ろから見ている影が二つ。
顔は観察対象へ。眼は隣の女性へ、それぞれに傾ける。
会話はしていたが、内容までは分からなかった。
「聞き取れなかった」
「そうですね」
隣の女性は淡白な返事だった。
「ねぇ、そろそろ機嫌直してよ」
ヴァルゴを一旦、見るのは中止しアリエスと肩をくっつけ合う私。
「いやです」
低い声。男性プレイヤーや男性NPCに向けていた恐れ慄く声色。
初めて、私も直接聞いて身震いしている。距離を取りたいが服を引っ張られている。
アリエスから『逃がさない』と意思の表れを感じる。
アリエスの目つきは以前として、変わっていない。人を刺す眼差し。
次第に態度にも変化が。
「ユミナ様は深く反省するべきです」
態度はイライラ。アリエスの怒りが伝わる。
「......ごめん」
ため息を漏らすアリエス。
若干、不貞腐れている。
「ハイハイ」
私の胸に刺さる言葉。射られ精神に深くダメージが入る。
「ユミナ様」
「はい、アホなユミナ様です。煮るなり焼くなりお好きなコースをお選びください」
「信じていないのですか?」
「え......あっ......それは」
「アタシ達は、ユミナ様を愛しています。他に目移しする可能性は、天地がひっくり返ってもあり得ません」
私はつぶやく。
「怖いんだ」
アリエスは未だに恐ろしい。でも、少しだけ朗らかな笑顔になっていく。
「私がヴァルゴに告白すれば、きっと99パーセント、返事をOKしてくれる。でも、もしも......。失敗すれば今までの関係が崩れる。だから、怖いんだ」
勢いよく立ち上がるアリエス。
「悩んで、答えを出してください」
「意地悪」
「へなちょこなユミナ様が悪いのです」
「アハハ......はぁ〜」
「念の為に言っておきます。アタシ達はヴァルゴの後で大丈夫です」
「ウン?」
「悔しいことに、一番は崩れません。一番が伴侶にならないのに後から来たアタシ達が先にとは行きませんので」
アリエスの手が伸びる。
「中に入りましょう」
◇◆
私はログアウトするために自室のベットへ向かう。
部屋の前に誰かいる。
「アシリア...」
声をかけた。私の声に反応して振り返るアシリア。
部屋に招き、ベットに腰を掛けさせた。
アシリアは自分の膝に手を叩く。頭をどうぞ、の合図かもしれない。
「ユミナ」
私の頭はアシリアの膝へ誘われる。柔らかい。
アシリアは私の頭を撫で始める。
「お疲れ様でした」
「......ありがとう」
数時間ログインしただけでドッと気だるさを覚える。貴族NPC連中や宇宙の調節者なる者まで登場。
まだ、『リリクロス』を冒険した方がマシレベル。
アシリアの太もも。癒される。しかもネグリジェを着用しているから目のやり場に困る。スケスケの服を清純派の少女が着て、私にご奉仕しているとか。
最高すぎる。こうして体が触れ合っている状況は今の私に非常に安心できる。
「ヴァルゴの件ですが」
即座に土下座をする。すみません、本当にごめんなさい。
結婚して数時間しか経っていないのに他の女性に目移りしているのだ。
後ろから警告なしに通り魔に刺される未来しかない。ベットで土下座を決め込んでいる私にアシリアは面白おかしく笑っていた。
「ふふぅ。気にしていません。寧ろまだなんだ、と」
困惑していた。
「怒ってないの?」
プレイヤーからすれば、好感度下落し取り返しの効かない事態に発展している事案。
自分で引き起こして、何を今更って思うけど。
「怒りませんよ」
アシリアの顔が至近距離にある。
年齢制限があるから見えないが、ギリギリの部分まで肌が露出している。
「ユミナがやって来た事に色々と口出しはしません」
アシリアの胸と密着する。服一枚隔てた距離しかない。
女性同士でも、この状況は変な気が起きてしまう。改めてゲーム内で助かっている。
「それ、結婚したての女性が言うセリフではない気がするんだけど......」
「ま、殿方でしたら。下半身を破壊します」
怒気がこもっている。
「実はユミナは男でした、て真相だったらどうする?」
私の質問に首を傾げる。唸る声。めちゃくちゃ悩んでいるよ。私のアシリアさん。
「数ヶ月別居するか。いや......別れます」
「嘘です。歴とした女性です」
この世界に生まれて、早三ヶ月。うん? まだそんなに経っていない。もう十年以上経過していた気がするけど。実際はそんなもんか......
「当たり前です。私の目は慧眼ですので」
「自分で『慧眼』なんて言う人、初めて出会った」
頬が赤い。
「そうですか。ユミナの初めて......嬉しいです」
「含みのある言い方、やめてよ!?」
どうして私のNPCに搭載されているAIは、みんなエロAIなのか。未だに疑問だ。
「ユミナが女性に見境ないのは周知の事実ですから」
思わず発狂してしまった。もうどうにでもなれっ!
「そうですよ、私は女の子に囲まれる人生が楽しいんです! 今も、これからもッ!! 大好きなんだから仕方がないじゃん!! 毎日が元気サイコーな人生なのよ!」
「......失礼します」
私の承認を待たず、体を動かす。密着したままベットに横になっている。
私を逃さず、抱きしめていた。
「ベットイン...」
「何か言いました?」
「いえ、何も言ってないですよ〜」
アシリアの胸から上を見上げると、顔が赤い。さっき以上に。
「私はユミナの癖を悪く言いません。寧ろ嬉しいです」
「自分の結婚相手がとんでもない女性好きを暴露したのに」
「ユミナだから信じています。私が愛している女性です」
「敵わないな」
「なので、行ってください。勇気を出して。もしダメだったら、私が一生懸命慰めます」
「ありがとう」
私たちは抱きしめ合いながら眠りについた。