曇天の世界
ゲームには、人によってプレイスタイルがある。ストーリーや登場人物の感情・発言・状況などに馬鹿正直に従いプレイする者。ゲームのの目的を忘れてやり込む者。例えばキャラを限界まで育てる、アイテムや称号を全て獲得する、RTA、縛り条件でクリア、誰がやれるんだ高みへ到達などなど。人には自分が楽しむために進むプレイスタイルが存在する。他人からはおかしい行動と見られても、本人が楽しんでいるなら問題ない。これに尽きる。
他人のプレイスタイルをバカにする、軽視する、侮辱するなどの負の感情を持つのも自由。相手に対してどのような感情を抱こうとも、それも自由。ゲームという世界は、誰もが勝手気ままに振る舞う事が可能だ。プレイヤー間での衝突、完全ソロプレイ、フレンドと和気藹々の冒険。ゲームは、自由に自分のスタイルで進めれる人生なのだ。
だが、必ずやってはいけない事がある。とてもシンプルで一番、恨みを買われる事。
◇
私は森の中を歩く。強く降り続けている雨。張り付いた服が重い。体を無理やり動かし、前を歩いている彼女を追いかける。雨雲に覆われた空は太陽を遮断している。視界は悪い。それでも進まないといけない。
雨音の中。敢えて生ませた音。人が足を止めた音だ。立ち止まった彼女へ辿り着くために歩くと影が現れる。
「お体に障りますよ」
彼女は自分の体が大雨で晒されているにも関わらず、私の心配をする。
「何の真似よ、これ」
私の寝室に置かれていた手紙。手紙と言っても書いてある内容はたった一文。
「”今まで、ありがとうございました”。言いたいことがあるなら直接、言いなさいよ」
彼女は振り返らない。自分の顔を愛する者に見せないためだ。
「私がこの身を捧げれば、皆が戻ってきます」
「その案は絶対に容認できない。ハッキリ伝えたはずよ」
「一人の犠牲で、大勢の者が支配から救われる。もっとも効率的です」
自分が言った事は必ず守る。頑固として変えない。それが彼女だ。今までもこれからも。
ウィンドウを操作する。右手に星刻の錫杖を出現させた。自然と杖を持つ手に力が籠る。
一歩前へ歩く。彼女は剣を抜いた。二振りの剣は雨の中でも色を保つ。
彼女は静かに呟く。
「それ以上、近づけば斬ります」
一歩前へ歩く。彼女の声は荒く悲しかった。
「貴女を斬りたくありません。どうか、退いてください」
「貴女が頑固を通すなら、私は自分の我儘を通す」
振り返った彼女。溢れる涙は雨で紛れているが、表情は変えれなかった。
「本当に...貴女は自由なお人ですね」
「一番、分かっている癖に」
笑顔の私を見た彼女は、目を閉じる。目を開けた時には私をまっすぐ見つめていた。
自分のため、他人のために覚悟を決めた瞳。同時に最愛の人を斬る決意の眼でもあった。
「引っ叩いても、引きずってても、貴女を行かせない」
星刻の錫杖を彼女に向ける。
「本気ですか?」
私の迷いない姿を見て、彼女は口を吊り上げる。
不気味な雰囲気が彼女から放たれる。何度も味わう気。数多の生命を殺してきた者が纏う鎧。
「一度だって、私に勝っていないですよね」
挑発ではない。事実である。初めて出会ってから今まで。戦闘の指南を実施してくれた。プレイヤーがゲームで戦闘する時。ある程度、システムがアシストしてくれる。私だって例外ではない。とは言え、初心者がゲームで強いモンスターと戦うには戦闘を知らないといけない。初心者が戦闘経験を積むには、数を熟す。
数を熟しても懸念材料はある。数だけこなしても質が上がらなければ無意味な活動。数と質を手に入れるのはどうするか。師匠を取る。同じプレイヤーでも古参プレイヤーや他ゲームをやり込んでいるプレイヤーでも良かった。でも、運の良いことに私が出会ったのはプレイヤーの戦闘経験を遥に凌駕する女性NPC。
彼女を師匠として、毎日戦ってきた。戦績は私が全敗。彼女が全勝。実力差は歴然。
「今までは本気で戦っていなかっただけよ」
「戦闘では手を抜いてはいけない、そうお教えしたはずです」
「そして、”確実に敵が死ぬまで気を抜いてはいけない”、だよね」
「貴女様の力量で、器用な真似はできません。初めての指南で確定しています」
自然と笑い合う私たち。このまま頭が冷えた彼女を連れていければどんなに良かったか。
「貴女様の癖も攻撃手段も完全に記憶しています。仮に私が知らない行動をとっても、今まで覚えた行動の延長線でできる範囲。奇をしても、阻止できます。貴女様のことなら何でも知っていますから」
「ペラペラ喋ってていいの?」
「構いません。これが最後なのですから。罠の警戒はしています。ですが、貴女様は卑怯な手がお好きではない。真っ向勝負を挑むお方です。何故剣士を目指さないのか不思議です」
「それは、私も分からない。敢えて言葉にするなら天命が降ったかな〜!」
「天からこの地を護ってきた私に言いますか」
「守護者である前に、私の従者よ!」
「今日で、その任を降ります」
「主である私は受け取らない。勝手な行動はさせない」
「強い者を傍に置くことで、人は優越感を味わう生き物です。他者に圧倒的な力を見せつけ、自分の価値を上げる。貴女様も、ですよね」
長年、生命体を護ってきた者の言葉。経験から導き出された人の本質を言い切った。
「否定しない。実際、私はみんなのお陰で特に苦戦もしない冒険をしてきた。でもね、私が強い者をただ欲望のままに欲しない。自分が体の底から一緒にいて安心する強い者を欲している。貴女もその一人よ......ヴァルゴ」
ヴァルゴは顔を上げ、胸が張り裂けそうな震える声で呟く。
「本当に......ユミナ様には敵いませんね」
ヴァルゴの前までたどり着いた。手を出す。
「帰ろう、みんなのもとへ」
剣を地面に刺し、手を伸ばす。あと数センチの距離。
一瞬、雨の音をなくなった。弾ける音。空気が一変した。私の手をヴァルゴは払った。
視線は自分の手。ヴァルゴの拳が飛ぶ。回避できず、私は吹っ飛んだ。
顔を殴られ、地面に倒れた私。ぬかるんでいる地面。泥まみれになる体。思い通りに動けない重さ。
奪われる感覚に襲われる。信じがたい事実に暗くなる表情。待ってくれない。
胸ぐらを掴まれ、大木へ投げ飛ばされた。背中から伝わる痛み。
「くっ......」
「戦いましょう、ユミナ様」
倒れている私に向けられた冷たい視線。吐き捨てた言葉。
起き上がる私。
「はあ......はぁ......やっぱりね......」
一緒に転がった星刻の錫杖を拾い上げた。
彼岸の星剣と赫岸の星劍を地面から抜くヴァルゴ。
「相変わらずの頑固者」
「相変わらずの軽いお身体」
雨の音を物ともしない激しい衝突音。
「ヴァルゴを絶対に連れて帰る。今日こそ、私が勝つッ!!」
「今日も私が勝ち、ユミナ様のもとから離れます」
◆
一本の木に背中を預けている女性がいた。女性の服には一滴も雨の雫は付着していない。晴れではない。曇天は続いている。雨が女性を避けている。触れるのはおこがましいからだ。背中を預けている木も範囲内。木柱だけは雨からの侵食を免れている。
「よろしいのですか、先生」
傘をさす少女は、本を読んでいる女性に話しかけた。正体を知らない者にとっては、少女と認識するだろう。少女の年齢は千年は超えている。真祖の吸血鬼として生きてきた少女は、ページをめくっている女性に再度告げた。
「二人の仲が更に悪くなります」
めくる手が止まる。少女に対して吐き捨てた。
「いいじゃない、別に」
「失礼を承知で言います。流石に酷くないですか」
「アイリス。止まらない者を止める方法で簡単な手段は一つ。戦って勝つ、それだけよ」
本が閉じる。
「さっき、仲が悪くなると言った回答にワタシは”いいじゃない、別に”と言ったわ」
横目で見る。視線の先は、主と従者が戦闘を繰り広げている場面へ向けられた。
「仲がいい同士が喧嘩ごときで関係が悪化するなら、お互いそれまでの関係よ」
「ですが...」
「心配なら、アイリスが止めればいいじゃん。今の二人を止めれるだけの力と心を持っているなら別だけど」
下を向くアイリス。歯ぎしりの音。自分にはできない。伝えれない。
アイリスの表情を見て、笑うリリス。嘲笑いではない、誇らしい笑み。
「余程、二人が好きなのね。まぁ、静観しましょう」
本を広げる。めくったページの後には何も書かれていない。白紙。手を加えていない真っ新なページ。書き記すことはできない。続きの内容は道が確定した時に浮き彫りになる。分岐点のまま。未来は決まっていない。
「愛の未来か、滅びの未来か......この地はどこへ向かうのかしら」
シーズン2、最終章です
起こるかもしれない未来。
回避できるかもしれない未来。
何かを間違えた未来。
語られる未来か、語られない忘れされた未来か。