始まりの命
「星刻の錫杖を持ってワタシに勝てるつもり」
「『コールド』、『ルーチェ』」
フィールドは冷気に覆われる。ラキの後ろに光輝く。
ラキは飛び込む。相手が何もしてこないから。切先はユミナの無防備な胴体に刺さる。
「残念」
苦しい声ではない。刺した感触はない。ユミナの体は溶けた。風に身を任せるかのように流れるユミナの体。
「不思議でしょう」
風と同化し今にも儚く消えゆくユミナと会話が成立する。夢を見ている感覚。自分は混乱状態にあるのか。立っている自分は今現実なのか非現実なのか。それすらわからない。
「『インフェルノ』」
灼熱の炎。空間は陽炎で揺らぐ。熱を持つ波、地獄を体現せし酷暑。
回避した矢先、宙に浮く魔術師の姿と目があう。
「『ランド』、『コールド』」
無から有。何もない空間から土が産まれる。形状を螺旋状へ形成。先は何者も貫く鋭利さ。無数に漂う槍は氷に覆われる。冷気を含み、触れる者の生気を奪う。
逃げようにも逃げれない。
「『フリージング・スパイラル』」
生成者の声に反応。目標目掛けて全弾発射。糸を縫うように回避。絶えず降り注ぐ氷雨。
「『アブソリュート・ゼロ』」
床・壁に刺さるやり損なった氷。溶け始め、床・壁、全てを侵食する。液体は固体へ。博物館が氷の世界へ変貌した。
凍原。生物が生きるには過酷な環境。ラキの体には至る所が凍っている。動くには弊害はない。だが、それも時間の問題。張り付いた氷はラキの体の自由を奪い始める。
「『真空波』」
風を刄。形あるモノへ変化させ、フィールドを破壊する。
切り裂かれた爪痕を残し、氷の世界は一瞬にして消え去った。
「あのまま氷漬けにすればよかったのに。やっぱり、あまちゃんね」
◇
降下する私。スラスターの出力調整がまだ上手くない。
自分の背に別の器官が増えたのだ。ましてや戦闘で立ち回れるほど練習はしていない。気を抜けば、博物館の壁や床に激突する。敵に注意を向けながら自分の安否も心配しないといけない。思考が休まない。
『魔法融合』が一応、成功し安堵する。また上手く発動しなかったら今度こそケンバーとオフィに嫌味を言われてしまうからだ。習得した『魔法融合』は複数の属性魔法を掛け合わせ、別の新たな魔法を誕生させる魔法。
初めに使用した魔法。冷気で周りの空気密度を変え、ラキの後ろに光源を置き『蜃気楼』を創った。敵に切られてもダメージゼロに出来る。『蜃気楼』状態でも動けるのがポイント。
「貴女に見せたかったのよ。世界にはまだまだ楽しいモノが溢れているってね」
『真空波』で氷をなくしても、痕跡は残る。床は水浸し。あと一つ。
「自分は『星霜の女王』の力がなくても問題ない。そう言いたい見たいね」
「ラキはさぁ〜 頭が硬いよね。それもそうか。辛気臭い塔に住んでいるから仕方がないか」
星刻の錫杖を床に当てる。
「だから決めたんだ。『グラビティ』」
床が振動する。魔法をかけられた床。魔法の効果で杖が触れた中心点。中心点を皮切りに周囲も共鳴し出す。
けたたましい音。固定されていない物体は揺れに耐えきれず、落下していく。
亀裂は大きくなる。床は崩れ、全てが四散した。
「この塔、破壊しようってね!!」
ラキの叫びは、床が破壊されたことで生じた爆発音でかき消された。
ラキは自分と同じに下へ落ちる瓦礫を足場にし、上へ。この高さから落ちれば間違えなく死ぬ。
「死にたいんじゃなかったの?」
床が崩壊しても、私には関係ない。翼を得ているから。
「念願の死。でも、ラキは争った」
口では死にたいと激昂していたラキ。だが実際は死を免れるために行動を起こした。その行動こそ、まさしく生への執着。無意識に発現した生きる意志。
「床を破壊するなんて、馬鹿げてる」
床に落ちた水はただの水ではない。敵にわからないように紛れ込ませた毒魔法『ヴェノム』。『ヴェノム』と『魔法融合』で『腐敗』魔法を創った。腐った床を振動で崩壊。飛べない相手はそのまま死ぬ寸法。
やりたくない戦法ではある。想定していないと対処が困難。下は闇が潜む地。穴は暗く冷たい。落ちていく孤独。上は敵からの一方的な攻撃。追い込まれ、やがて落下エネルギーと最下層の床に叩きつけられる。そして、プレイヤーでもNPCでも間違いなく死亡する。
「生きたいんでしょう!!」
翼を広げ、真下へ飛んだ。裁紅の短剣に持ち替える。二本のナイフは切り結ばれる。強烈な衝撃音。弾き合ったナイフ。ラキは振り下ろし、私は横薙ぎ。闇に響く轟音と火花。無我夢中で翼を扱う。飛び回る私に、ラキは足場を変え応戦。
「しつこいわね」
「羨ましいんでしょう。星霊に認められた私に」
ラキの顔は赤に染まる。怒りか羞恥なのか不明。だが動揺は見せた。付け入る隙はある。
「ボッチのラキさん!!」
「ベタベタ触られてるユミナよりは真っ当に仕事していたわ!!」
「長年付き従っていた星霊にナニもされていないなんて、可哀想!」
「ワタシだって......努力したのよッ!!!!! ワタシ以上に綺麗で可愛くて美しい女性たちに囲まれたら変な気を起こさない方がおかしいのよ。ワタシだって、みんなと仲良くなりたかったッ!!!」
蹴りが胴体に入る。後退する私の体。
口角を上げた。
「目標、あるじゃない。難しく考えないで、欲望のままに進めば良かったのよ」
「もう......遅いわ。ワタシのゲームはどちらかが死なないと成立しない」
空中に浮く《エヴァーラスティング・ジュエル》を掴む。地震の範囲内にはあったが端。落下するまで時間がかかる。落ちてくる間にラキの本音を出させる計画だった。
「宝石はユミナが持っている。後はワタシを捕まえれば終わる」
ラキはナイフを捨てた。
「諦めるのは早いわよ!!」
《エヴァーラスティング・ジュエル》を投げた。両手が空いてことでキャッチには困らない。
「宝石、持ってて」
真上に飛んだ。塔の最上階。博物館だった空間。その一番上。天井まで到達した。
チャンスは一度。展開された翼から妖しげな粒子が放出された。ドランの説明では私のMPを消費すると発生する現象。ただのパフォーマンスではない。加速を疾くするための行為。消費したMP量に応じて、速度が上昇。
裁紅の短剣を構え、発した。
「魔魂封醒、起動」
エネルギーが高まる。紅い輝く。闇を照らす光。MPを消費して得た神速。
スラスターから青い炎が噴き上がる。
目指すは、落下途中のラキ。彼女が持つ夜空の宝石、《エヴァーラスティング・ジュエル》。
飛び出していく余波と魔魂封醒の影響で周辺が吹き飛び、崩落する。速度は尚加速する。空気を突き破る。光速となって突進した。
裁紅の短剣の切先を、落下するラキに迫り、《エヴァーラスティング・ジュエル》に接触。
「撃朱の剣!!!!」
ルールが支配するなら別のルールを立てればいい。しかしルールを作っても認められないならただの狂言。そのためにラキ自身が死ぬルールを生きたいルールに変更するしかなかった。結果、ラキは死にたくない、私も殺さない新たなルールが誕生した。
ラキが用意したゲーム。要となる《エヴァーラスティング・ジュエル》が完全に消失すればゲームが成り立たない。奪う宝石がない怪盗。盗んでいない怪盗を追いかけ、捕まえる必要のなくなった警察。
《エヴァーラスティング・ジュエル》は星霊がいた時代の宝石。手持ちの武器で宝石を破壊できるのは『星刻の錫杖』か『裁紅の短剣』。『星霜の女王』の攻撃魔法を、まだ持っていない『星刻の錫杖』を除外すると残る手は『裁紅の短剣』しかない。
宝石は貫かれ、分裂し砕けた。粉々になった宝石は細粒となり、闇に融けていった。
斜線上には私とラキ。撃朱の剣の衝撃で二人とも爆散する。
「残して良かった。『薔薇襲の荊乙姫』」
私とラキの体を護る盾。花びらは攻撃を吸収する。ラキを抱きしめる。翼で姿勢を制御。真上へ飛翔する。
「あれ?」
驚愕。『稀代の女王』の翼、スラスターから黒い煙。『稀代の女王』の耐久力が底を尽きた、と明示された。
ヤバい、と叫ぶ直前。
「最後の最後で詰めが甘いな......ユミナ」
頭を鷲掴みするのは元サイズのドラン。
「ありがたいけど......首もげる」
生まれて初めて頭を誰かに掴まれた。ドラゴンに頭を掴まれると、後は捕食される未来しか残っていない。
「持つ部分がない」
「翼を持てば解決するじゃん」
「壊れてる物、嫌な煙を出している物は触らない主義なのだ」
「今度からド潔癖ドラゴンと呼んであげるわ」
離さないように力がこもっているドランの手。HPがジリジリ減りながら私は上空へ運ばれていった。