アスター ト オキザリス
空中ならどんなに闘いやすかっただろうか。推進力、という翼を得た私は歓喜と同時に困惑している。元々、『稀代の女王』は空を飛ぶモンスターと戦うために考案した特殊強化外装。幾分か天井が高い博物館であっても、縦横無尽に飛行できない。だから、背の翼を予め自分の体に羽いていたと考えないといけない。気を抜けば壁に激突コースになる。
正面に飛び出す私。ラキも前に出ていた。すれ違いざま、私の裁紅の短剣とラキのナイフが切り結ぶ。衝突の拍子に火花が散る。ラキは自分の足で方向転換。背を向けた私へ刺突。
出力を上げ回避。ラキの頭上を通り抜け、背後へ。
一連の流れを目の当たりし、驚きを隠しけれないラキ。
「何ッ!?」
「背中が無防備ですよ!!」
鍔迫り合う両者。
「変な羽と破廉恥な服ね」
「今が旬のトレンドよ。女王なら流行を知ることも大切なの!!」
後方へ移動するが、分身したラキが四方を囲む。
自分の分身を生み出せる、分身する幻影。
「なんだろうね...」
襲いかかる分身体を戦い続けている私は不思議と心が晴れている気分だった。攻撃は対して強くない。片腕で連続攻撃を捌くのはキツい。でも、先ほどの戦闘とは違う。無限に力が湧いてくる。
回転斬りで分身体は消滅。本体の姿が見えない。隠れ奇襲してくるかもしれない。人間からネコに化けれる相手だ。警戒しつつ周囲の景色に変化がないか観察した。
「みっけ!!」
《エヴァーラスティング・ジュエル》を見つけた。持ちたいが宝石を持ちつつ裁紅の短剣は扱えない。かと言ってここに置いとくのも危険。出入り口は目と鼻の先。
「うん?」
思考がクリアになり、正常な考えをしだす。状況を整理しよう。そういえば、何故ラキは真っ向勝負を挑んだのか。私はラキを捕まえる必要がある。突っ込みラキを戦闘不能や怯ませるなどの攻撃を仕掛けないといけない。ラキの勝利条件は、宝石を盗み、一階の出入り口から出ればいいだけ。態々私と対峙する過程はいらない。
「何かがおかしい」
ラキの行動は確かに私を殺すために動いていた。星刻の錫杖の前任者で、不甲斐ない私への怒りの為に刃を向けた。なら、さっさと私の息の根を止めるべきはず。そもそも初めのガラスケースに私を叩きつける行為事態が不自然。博物館の構造を弄れるラキ。公平性を意識しての行動? この塔は私にとって敵陣。敵が自分達を有利に進めるのが普通。叩きつけられ頭にきたから私が蹴りをお見舞いしたんだっけ。そのままラキと戦いを繰り広げた。裁紅の短剣を所持していたのはラキの計算外。予想外の事象だから結びつけるのは違う。
「このクエストって、どうすれば良いのかな」
そうだよ、クエスト!! 《招かれざる猫、悲願への旅路》。クエストが未だに健在なら進行中ってこと。ラキとのゲームに頭を使っていたから忘れていたけど...
ラキが提案したゲームもクエスト《招かれざる猫、悲願への旅路》の内容なら、攻略しないといけない。倒すだけならいいと思うが、簡単すぎる。あれだけご大層に計画をベラベラ早口で話して、私や星霊を窮地に追いやっているのに。解決方法が自分を殺させるなんて......
「ずさんすぎる」
アシリアさんを誘拐するために警備が甘い時間帯やその後の塔までの逃走経路。狙いの私に星霊を全員呼ばせるための脅し。刻獣の正体と自身の秘密。あれだけ綺麗な筋道。やっぱり、最後だけお粗末な部分が多い。戦闘はドランに”甘い”と言われた私以上に真剣。真剣でもどちらかと言うと私を攻撃的にする手段ばかり。
怪盗ならお宝を盗む。一向に姿を見せないのに取りに来る気配すらない。これも可笑しい。まるで宝石は初めから意味を成していないような......
”招かれざる猫”、このフレーズはネコ怪盗になっているラキ。”招かれざる”の言葉。刻獣でもない。元星霊を率いた存在。でも今は私がその地位に君臨している。刻獣と星霊の戦い。明らかに外野。
「何故、”悲願への旅路”?」
”悲願”。つまり自分の計画を完璧にやり遂げること。刻獣と星霊の抹殺? 仮に一斉抹殺を計画しているのならあまりに非効率。刻獣は十二人、星霊はオフィを入れても十三人。合計で二十五人だ。私の首や四肢を正確に狙える腕前なら一人ずつ人気のない場所で暗殺した方がいい。両陣営が手を組み、ラキに襲い掛かれば......ラキは間違えなく死ぬ。いや、仮に一人ずつ暗殺する計画しても、事戦闘に関しては両陣営は上位の存在。何度も暗殺が成功するとは限らない。どのみちラキは死ぬ。待てよ、両陣営が生存していなくても良いのか。戦闘面で星霊には刻獣は勝てない。それは各階層で証明されている。必然的に勝利するのは星霊。刻獣を全員殺した星霊はどうなるのか、非道な行いをしたラキをどのように対応するのか......。答えは簡単、全員でラキを殺す。多分だけど、私も同意したかもしれない。そんな未来もあったかもしれない......
「あれ?」
ラキがどんな行動をしても必ず死ぬに収束してない? 刻獣、星霊を抹殺にしろ、今戦闘中の私にしろ......
「自ら、死を望んでいる」
そう、考えれば全ての行動に説明がつく。一連の行動は聖女を誘拐した極悪人、つまりラキが最後に死ぬ結末。
「前任者...」
星刻の錫杖の前任者。ヴァルゴ達と一緒に邪神討伐をしていた。邪神を倒して後、オフィに星霊は石化された。長い年月が経って私が封印を解呪した。オフィがラキだけを石化しなかったのは何故だ。石化しても意味がない、する必要がない............単に見つけられなかった。
「そっか!!」
「随分、余裕ね。数回の対峙でユミナの行動は把握した。私を殺さないと貴女が死ぬわ、星霊も」
「ねぇ、ラキ」
「何かしら?」
「貴女って......」
振り向き、前に立つネコ怪盗に目を向ける。
「星霊を見捨てたんだね。自分だけ逃げた、違う?」
ラキの体は煙に覆われる。姿は一度だけ見た人間の姿。愉快な表情はなくなり、罪悪感の顔だった。
答えに応じたのか、ラキは涙を流していた。
「どうして...そう結論付けたの?」
「悔しいけど、オフィのおかげ。あれが星刻の錫杖の継承者に何も対策をしないのは変。杖はオフィが破壊しても、技術はラキが知ってる。完璧はできなくても類似品を製造することも可能と考えた。でも、何も起きていない。石化された星霊と違いオフィは存命だった。大陸中を行き来していたオフィがクラスを見つけれないのはおかしい。あれは時間もあっただろうし、意外にねっちこい性格だし...まったく〜」
「オフィュキュースも知っているのね」
「最後まで貴女の存在を教えなかった。日記にも書かれていなかった」
ラキは目を見開く。大事を事実を知り、動揺し出す。声にも現れていた。
「オ、オフィュキュースのに、日記......。教えて!! 何が書かれているのか」
ラキも知らないのか。星霊のあの態度、そして星刻の錫杖の持ち主。
誰も知らないのか。まったく............アイツは。どこまで........................バカなのよ。
「すみません、教えることはできません」
今までのラキの行動ルーチンなら即攻撃だった。でも、落胆し座り込んだ。
自白するかのように、口を開いたラキ。
「ユミナの言うとおり。私はみんなを見捨てた」
「邪神との戦争中ですか」
「正解。一回劣勢に陥ったことがあったの。正直あの時が私たちの最後だと予見したわ。星霜の女王として務め、死ぬ覚悟で邪神と戦った。でも、いざ目の前に”死”が迫ると体が動かなかった。だから......逃げたの。みんなの記憶をイジってね」
「記憶を?」
「運命の曲解。この魔法を受けた者は、多少の幻覚を味わう。星刻の錫杖に備わっている『無限と夢幻』と併用して、星霊全員の記憶を書き換えた。星刻の錫杖を持つ者の容姿を変え、今まで一緒に活動した者はその人物だけってね。私とは絶対に特定できない見た目にしたの...」
「その隙に貴女は」
「人伝で邪神は無事に討伐された。逃げた私には関係なかった」
「不謹慎かもしれませんが、死ぬことはしなかったのですか」
「勿論、考えたし実行した。でも......」
「死ねなかった」
「罰と受け入れた。罪を精算するために姿を偽り、生きてきた。いつかちゃんと死ねるように」
「......」
「刻獣制度が上手くいき、二世が街を守護してから百年。冒険者の間で変な噂が広まっていた」
「噂?」
「見たこともない装備を身に纏った女騎士。彼女の美貌は男女問わず魅了していた。傍には”お嬢様”と呼ばれている女の子の魔法使い。少し変化した街並みを確認しに行ったのよ。様々な死を経験しても一向に死ねない体。何か死への希望があるんじゃないかってね。目的の人物を目撃して息ができなかったわ。星刻の錫杖を持つユミナと......ヴァルゴだったんだから。ヴァルゴに会って謝りたかった。何度も横切ったこともあったの、ちゃんと人間の姿で」
「でも、見向きもされていなかった。ラキの容姿などは書き換わっていたから」
「えぇ。でも、好都合だと感じたわ。私を知らないなら私を殺しても罪悪感を抱かない。そのための準備を念入りにしたわ。問題はユミナだけ」
「私をわざと怒らせ、殺させる」
「怪盗である私を捕まえるためには攻撃を仕掛けないといけない。接戦時に攻撃の軌道を変えて絶命させる計画もしていた」
「私は危うく、ラキの術中にハマるところだったって訳か」
「今もよ」
手を広げるラキ。
「私がユミナに殺される計画にはもう一つ意味があるの?」
「意味?」
ラキは寝ているドランを見つめる。てか、アイツ。何ぐっすり寝ているのよ!? 後でお仕置きね!!
「あのドラゴンも言っていたこと。ユミナは甘い。敵も救うなんて。倒さないと報復される危険性がある」
「だから、自分が犠牲になることで......私の甘えを取り除くつもりだったと」
「死ぬ寸前に言うべきだったんだけど。最後の最後でミスした」
「本当に死にたいの?」
「死にたい」
真っ直ぐにラキを見つめた。
「どうして悲しい顔をしてるの? 本当は生きたいんじゃない?」
「バカなこと言わないで。このゲームは私か貴女のどちらかが死ぬまで続く」
「ドランッ!!!!!!!!!!!!!」
上がった声に反応したドラン。私の意図を理解した駄龍は二階にある物を投げた。
裁紅の短剣を装備から解除。投擲された哀れな杖を掴んだ。
「生憎、私はラキを殺す理由は無くなった。貴女を無理矢理にでもみんなの下に連れて行く」
「言ったでしょう!! この空間は...」
「私は王。他人のルールが気に入らなかったら自分のルールを創る」
血が昇るラキ。
「やっぱり、一番の問題は貴女ね。ユミナ」
「凝り固まった頭をほぐしてあげる!!」
星刻の錫杖を構え、魔法を唱えた。
「ラキの知らない世界を見せてあげるわ! 『魔法融合』」