キャッツ・ジェラシー
支刻の獣塔の前まで到着した。
魔法学園の大図書館に引けをとらえる大きさの建物。一層部分にはプレイヤーがごったがえししている。
入り口は一つしかない。日本人特有なのか、支刻の獣塔の正門に警備NPCがいなくてもキチンと三列になって移動している。
それでも、動きは悪い。理由はいくつかある。
まずは、意外と『サングリエ』まで到着しているプレイヤーが多かったこと。プレイ人口の半分以上が『サングリエ』まで踏破している。
レベル上限解放イベントが行われている場所も『サングリエ』。当然の結果。一分前まで最後尾にいたユミナの後ろには既に長蛇の列が出来上がっていた。
昨日出来上がった新イベント。情報は常に更新していく。正門からしか入れない。入ると一層から順番に上がっていく。ソロ、もしくはパーティーで挑むことが可能。全滅した瞬間、支刻の獣塔から放り出される。
そして、また一層からやり直し。一層から最終十二層までは干支の順番で出現しない。必ずランダム仕様。などなど……。
そして、最後の条件————————。
「レベル99じゃないと入れないなんて」
中堅レベルでも『サングリエ』は到達できる。しかし、支刻の獣塔への挑戦権は必ずレベル99でないといけない。これは先発組などが検証した結果。
ジョブの切り替えやレベルダウンでやり直ししているプレイヤーは対象外だったとか。
攻略サイトにも記載してくれた。しかし、攻略サイトを見ずに挑むプレイヤーもいる。人のプレイスタイルにケチをつけることはしない。でも、せめて支刻の獣塔に入る条件だけは見てほしい。
渋滞になっている原因の一端は、条件を確認していないプレイヤーが意外にも多かった点。これでも緩和された方だとか。
ユミナが集めた情報をヴァルゴたちに教えた。ヴァルゴたちは困り顔を見せている。
「私たち、大丈夫なのでしょうか」
「心配するのも分かるよ」
主のユミナが考えるのはどうかと思うが、星霊はキチガイ集団。強さなども含めて規格外。
しかし、長いこと封印されていた弊害で、レベルやスキルが著しく低下している状態。ユミナと一番冒険しているヴァルゴでさえ、例外ではない。
さらにレベルに関しては、停滞期が長かったことで、レベルが上がらないようになっている。これを解除する方法は今の所ない。なので、星霊は全員レベル90でストップしている。
「もしもの時は、一層で死ぬよ」
「いえ、それは……」
「私はみんなと一緒に冒険したいの。一人だけ入れても意味がない」
ユミナの言葉が終わると同時に周囲がざわつき始める。周りのプレイヤーは一斉にユミナを見ている。自分に視線を向けているのに気づくのに時間は掛からなかった。
自分の装備に汚れでもあのかと、確認するユミナ。
どうやら理解していないな、と決め込むタウロス。
「お嬢……」
「ねぇ、タウロス。私の装備に何かあるの」
「あると言えば、あるが……」
ユミナの装備を一手に担っているタウロス。ユミナの要望や素材を最大限活用した装備は数知れず。
鎧は動きにくいという理由から布メインで生産してきた。鍛治魂に火がついたタウロスは夢中になってユミナに似合い、かつ戦闘でも活躍できる装備品を生産してきた。
タウロスはひどく後悔している。
ユミナが着てる装備を作ってしまったことへの罪悪感ではない。主が性能を求め、効率を重視する性格を有していたことに。見た目は二の次で、自分が今欲している能力を持つ装備品があれば迷わず使用するのがユミナ。
だから、アンバランスな見た目でも性能がいいから問題ないとこれまで数々の衣装を披露してきた。
「お嬢、悪いことは言わないから……それ、外そうぜ」
白とピンク色のナース服。丈が非常に短い。ユミナの大事な部分が見えそう。覗き込めばイケるレベル。被っている帽子の中心には真っ赤なハートマーク。名称は誘惑の癒し。
ヴァルゴもリーナもタウロスに同意見だった。
「失礼ながら、お嬢様。そのようなお召し物はやめて、別のに変えられてはいかがでしょうか」
「ユミナ様。流石に……」
「だって……」
先の言葉を言わせない。三人の従者は圧をかける。
「じゃあ、三人は自前で回復してよ」
一斉に「あっ!?」と何かを気づく音を出す。
今回ユミナに同行しているヴァルゴ、タウロス、リーナは戦闘メインやサポートメインのスキル・魔法構成となっている。
ヴァルゴは力こそ全てと豪語している。タウロスは生産職なので、戦闘スキルをあまり有していない。リーナは、ヴァルゴに心酔していた過去があるので、結果的に脳筋スキルとなっている。
脳筋集団と言えば聞こえが良いが、バランスは悪い。ユミナも前衛に赴けば、パーティーとして機能しない。
なので、今回の支刻の獣塔での戦闘はヴァルゴ、リーナを前衛。ユミナが中・遠距離担当。タウロスはユミナのサポート兼即席鍛治仕事。
ユミナだって恥は持っている。タウロス印のナース服は公衆の面前で着るのは勇気が不可欠な代物。でも、パーティーメンバーを考えると羞恥心を捨て、勝利を取るしかない、と拳をつくるユミナ。
そろそろユミナたちの番。
「それじゃあ、三人とも」
ユミナが扉の取手へ手をかける。
「準備はいい?」
うなづく三人。
「それじゃあ、聖女様を救いに行きますか!!」
光の空間へ進むユミナたちであった。
ユミナたちは暗闇の中にいた。入り口の光は扉が閉じると同時に消えた。上も下も目印になる補助光がない。自分がちゃんと立っているのか不安を覚える。文字通り真っ暗な空間にユミナたちがいる。
隣から聞き覚えの声が聞こえる。ヴァルゴだ。
「灯での灯しましょうか」
ヴァルゴのスキル欄に光源を生み出すモノはない。アイテムを使うのか、と考えるユミナ。
「私が出すよ」
ユミナの持つ、光る遠隔器は消費MPも負担にはならない。自前でMPも回復できる手段を多数所持している。
だから、ユミナが光源を生み出すのが得策。ヴァルゴ、タウロス、リーナはユミナと違い全く持っていない。
今いるのは支刻の獣塔。内部が全て明るみになっていない。未知のステージに陥る場合、さらにユミナと別れる場合になった時に、暗闇にでは太刀打ちできない。
死亡することはないと従者を信じているユミナ。でも、先取点を取られれば不利になる。だから、念の為の光源アイテムはなるべく消費しないことにする。
ユミナが星刻の錫杖を装備。光る遠隔器を発動する。
「えっ!?」
光る遠隔器の発動をキャンセルした。どうやら、光源はいらなかった。
天井から一つの場所を照らす光が出現した。光の正体はスポットライト。劇場に使われてそうなモノだった。スポットライトの影響で周りが情景が視認できる。
先頭にいたユミナは冷や汗をかく感覚にいた。なぜなら、ユミナたちがいる場所はサーカスで使用されている円型のステージ。奥に続く階段上の舞台。一歩前に出たら危うく転がっていた。
下から煙同時に誰かが出てきた。照明下に何もなかった場所に人影は増え、ショーの開幕のような始まりになる。
ここで立ち尽くしても事態は動かない。ユミナは進んだ。ヴァルゴたちは何も言わずユミナについていく。武器だけは装備していた。いつでも自分たちが先制攻撃を与えるように。
「......見覚えがある」
ユミナがこぼす。
謎の人物は少し前に見た風貌だった。ネコが人型になった姿。猫耳や尻尾がある。白い髪に黄色の瞳。長身でスラリとしたプロモーション。身に纏うのは黒い衣装。レオタードの上からタキシード風のジャケットを羽織ってる。黒いストッキングを着ており、かかとが高い靴を履いていた。肌の露出は少ないが、妙に胸がざわめく容姿だった。
後ろから睨まれた。ユミナは振り向くとムスッとした従者たち。右腕はリーナ。左腕はヴァルゴ。ユミナの頭に胸を置くのはタウロス。三人ともユミナと合体し離さなかった。
「どうしたの?」
「「「別にぃ〜」」」
PN:【ユミナ】
Lv:99
装備欄
頭:誘惑の癒し・キャップ
上半身:誘惑の癒し・ワンピース
下半身:誘惑の癒し・ストッキング
足:誘惑の癒し・シューズ
右武器:星刻の錫杖
左武器:
装飾品
①:覇銀の襟飾
②:真竜の手袋
③:薔薇襲の荊乙姫
④:天花の耳飾り