脱出先は、旧友が待つ地
ゆっくり奥へ進む。
「逃がさない......」
階段を登り終え、広けた空間に入る。フォンラス・アーテンは私の攻撃でめり込んでいる。
「壁かと思ったけど......ディスプレイだったんだ」
壁一面はディスプレイだけしかなかった。モニターは全て真っ黒。起動はしていない。仮に起動していたらきっと酷い映像が垂れ流しされていたかもしれない。
部屋の見渡すとあるものを発見した。
「お前に聞きたいことがある」
返事はない。まぁ、いいか。
「どうして、石像がここにあるの?」
それはライオンを擬人化した造形だった。ライオンと女性が上手いこと一つになった見た目。浮き出た腹筋に恥じない精悍な体に、アマゾネスの民族衣装を着て、右手には分厚い刀身の剣、左手には巨大な斧を持っている。好戦的で勇猛果敢な歴戦の戦士の印象。
「ライオンなら......獅子座かな」
そして、石像の隣には水槽が一つ配置されていた。下にいた二十人とは違い、水槽には琥珀色の溶液が入っている。中には小柄な女の子が入っていた。
「解析に結果、生体反応があった。つまりは、生きている石像。石像内の成分を抜け出せれば、更なる発展に繋がる。だが、うまくいかないものだね......それにしても、石像を知っているとは......お前、何者だ」
ガラス片と一緒に床に落ちるフォンラス・アーテン。顔は変形している。私が顔面に蹴りをお見舞いからだけど。
「名乗る者じゃない。お前を倒し、石像も解放する。それが今、私がなすべき事」
加速スキルを使い、閃光のようにフォンラス・アーテンへ向かう。触手は一つにまとまり、巨大な拳へと変化した。
婥約水月剣と巨大な拳がぶつかり合う。
「剣じゃ、こっちが不利か」
斬撃と打撃か。後退した私に、即座に触手攻撃がきた。隙間を縫うように回避し、装備を変更した。
「今度はそっちが吹っ飛べ!!!」
距離を詰め、胴体へ鬼蜂の拳の拳が放つ。
「【衝撃拳】」
拳スキルとの併用で、くの字になるフォンラス・アーテン。振動は部屋全体に広がる。衝撃で天井にぶつかるフォンラス・アーテン。
「どうしたのよ、かかってきなさい!!!」
「キ、キサマッ!!」
拳を変形させ、触手が上から部屋を支配する。同時に左手に溜まっている火魔法を放ってきた。
『逸蓮托翔』を起動。バク転してからのムーンサルトで回避。触手は私を通過。火炎攻撃も床に残るだけ。手薄のフォンラス・アーテンに標準を合わせ、鬼蜂の拳の猛毒の針を発射した。
「命中!」
肩に刺さった毒針は即座にフォンラス・アーテンの体に循環する。真っ黒な体でも分かるように紫色の線が無数に浮き出てきた。毒が巡っている証拠。
「調子に乗るなっ!!」
腹部に巨大な拳の攻撃を喰らい、壁に激突した。
腕を曲げて軌道を変えて、私の一瞬の隙をついたってことか......
意外に器用に戦うのね。それにしても、前に戦った筋肉剥き出し怪物と同じようにフォンラス・アーテンも再生持ちか。私が斬った触手が復活している。キューちゃんとの 譲渡変化なら必中かもしれない。でも、フォンラス・アーテンに肉体は魔法攻撃を吸収する耐性を持つ。魔法武器でもある婥約水月剣で攻撃しても斬撃の攻撃しか入っていなかった。水分を奪う魔法はかき消されているのは実証済み。斬撃も真っ黒の肉体には浅い傷しかつかなかった。浅い傷も忽ち再生される。
「斬撃は望み薄。打撃は有効か......」
打撃攻撃なら攻撃は通じる。フォンラス・アーテンと同等の敵と戦う魔法使いは、近接打撃武器を装備してくださいってことかな......
鬼蜂の拳の毒に侵されているフォンラス・アーテンは荒々しく息を吐き、突進紛いな攻撃を仕掛けてくる。余程、毒が聞いたようね。これも情報に入れておこう。
「何、一丁前に怒っているのよ!!!!!!」
打撃武器への攻撃と毒がフォンラス・アーテンには有効。フォンラス・アーテンへの攻撃手段の確立は完了。あとは特大の一発を喰らわすだけ。
「くっ!?」
触手に捕まったが、ウィンドウ操作で星刻の錫杖を装備。
「ワタシに魔法は効かない」
「はぁ、お前に使わない......自分に使うのよ、『リキッド』」
水系統魔法の『リキッド』。数秒間、使用者の体を液状化にする魔法。私の体はスライムの如く、触手に絡まりながら移動し脱出した。
「良かった、元に戻った」
感触を確かめ、襲いかかる触手を避ける。蹴りモーションを繰り出す。
「私の蹴りは一味違うわ。【印電量】」
蹴りスキル【印能量】が進化して【印電量】になった。効果は蹴り攻撃の上昇と、敵に命中した時、内部から『状態異常:金縛り』を発生させる。『金縛り』を受けた者は一切の行動が出来なくなる上に、特殊な解呪方法と時間経過以外、治す手段がない。
金色のエフェクトを纏う炎削の鷺。
「一つ、良いこと教えてあげる」
回転からの横蹴上げの蹴り攻撃で空中へ飛ぶフォンラス・アーテン。
フォンラス・アーテンが空中にいる間に鬼蜂の拳へ変更。ジャンプして近づく。
【命装武を纏いし存在】、【二重絆】、【痛覚変換Lv.10】、【解析 Lv10】を起動。空中で落ちるフォンラス・アーテンへ肉薄し、打撃の中心点を確認する。
「女を怒らすと怖いわよ!!」
鬼蜂の拳に炎のエフェクトが包む。嵐焔をまとった拳武器を真っ直ぐにフォンラス・アーテンを突き抜いた。
「【烈闘・極】、体にはお気をつけて」
拳による衝撃と燃え盛る打撃攻撃で、フォンラス・アーテンは吹き飛ばされる。分厚い壁は撃ち抜かれて砕け散る。降り注ぐ瓦礫によって、大きな穴が誕生した。奥に見えた光景に安堵を見せた私。
瓦礫に当たらないように空洞を進む。秘密で隠された空間を発見する。戦闘不能になったフォンラス・アーテンの隣には小さい潜水艇が浮かんでいた。
アリエスに石像をウラニアの指輪に入れてもらい、潜水艇に入ろうとした。
「お前はどこに進む」
振り向く。這いつくばるフォンラス・アーテン。
「人は道具か、生命体か」
体の方向を変え、天井を見つめるフォンラス・アーテン。
「罪深き神は何を導く」
手を掲げる。
「跳梁する世界に正義はない」
お互い、目を見る。
「お前が贄となるのか、奇跡となるのか......見届けさせてもらおう」
フォンラス・アーテンの体は砂となり、雪崩のように崩れる。床に溜まった砂はポリゴン状となって爆散し、霧散する。
言葉は変だけど、地下は恐ろしいくらいに静寂が戻った。
「ユミナ、大丈夫?」
フェーネの頬に指を置く。
「大丈夫だよ、何言っているか十割わかんなかったし〜」
「ユミナ様、行きましょう!」
潜水艇に入ると運転手側にアリエスが座っていた。
「あらかた操作を覚えました。いつでも出発できます」
いや、数分で覚えれるものなのか? まぁ、システム的な設定なのかっと無理して納得した。
私たちは潜水艇で奇妙な孤島を脱出、障壁を抜け、外の世界へ生還した。
絶海の孤島から『スラカイト』到着まで、怒涛の展開だった。『スラカイト』の大陸で近いのは、あろうことか「サングリエ」。プレイヤーが最後に訪れる街だった。街と街の間のボスを倒していないのに、「サングリエ」周辺の大地を踏んで良いいのかっと焦った。
「問題なく良かった」
特に運営からの警告もなく、普通に「サングリエ」の街にも入れた。
私達が乗っていた潜水艇はアリエスの指輪に収納した。嫌な予感がしたから。
「収納して良かった」
「サングリエ」の街並みは一言でいえば、地中海の穏やかな気候に恵まれた美しき景勝地。SF時かけの孤島とは打って変わって中世の石で築かれた街並みで構成はされている。最後街ならあるいは存在するのか、もしかしてっとは考えたが、私の予想は一瞬で消え去った。
「高度な文明はないですね、変な気分です」
「アリエスもそう思う」
島にいた時間は一日しかない。でも、感覚がバグる感覚に陥っている。
「あれが......アシリアさんの家? であっているのかな」
視線の先、強固な城壁に囲まれているお城風の建物。「サングリエ」の聖教教会大聖堂。絶対に関わってはいけない雰囲気を醸し出していた。
不思議そうな顔をするアリエス。
「アリエス、何かあった?」
「いえ、ただ......アタシが知っている教会とは大分、変わったしまったなっと」
私の服を強く掴む感触があった。
「ねぇ、ユミナ。早く人がいない所へ行こう」
私の服の中にはフェーネがいる。大勢の人に気分が悪くなったらしく、街に入ってからずっと幽天深綺の魅姫の中に忍んでいた。
「そうだね、ようやくだよ......」
私たちは人気のない路地裏へ歩き出した。
一際群衆が目立つ場所があった。聖女アシリアの巡回。彼女の周りは聖教教会の屈強な騎士達が配置されている。
聖女を見ようとプレイヤーやNPCが集まっていく。安全のために柵が設けられているがいつ壊れてもおかしくないくらいに大勢の人々が詰め寄っていた。
敷かれたレッドカーペットを歩くアシリアが街中を見つめていた。
隣にいる司教カトレアが聖女アシリアに尋ねる。
「どうかなさいましたか、聖女様」
柔らかい物腰で口を開くアシリア。
「いえ、なんでもありません。司教」
一瞬見えた人影。もしかして、ユミナ様? やっとお会いできます!!!!!!!
こちらの準備は完璧です。見てなさいヴァルゴ。生まれ変わった私は強いわよ。
いや、待ってください、本当にユミナ様でしたか? 日頃の地盤構築に時間を費やし、疲労で幻覚を見始めただけかもしれない。
そうに違いないわ、見間違えよ......隣にヴァルゴがいなかったし。
それにしても、私とそっくりな人と一緒に歩いていたな。冒険者の間で流行っている、こすぷれ? って格好なのでしょうか? 服装も聖女の衣装に似ていました......
アシリアはにこやかに手を振り、前へ進む。己の野望の為に利用できるモノはなんでも利用する勢いで。
「ここなら、人も来ないね」
何度も周囲を見渡し、確認した。
幽天深綺の魅姫から出た妖精フェーネ。
「さぁ、フェーネ。解除して」
「OK!! 契約だし」
私の手首にフェーネは息を吐いた。
刻印が徐々に消える。同時にフェーネの首にあった刻印も消滅する。蠱惑の天性が消えた証拠。
晴れて私は自由人となったが、安心はできない。
「はい、おしまい」
「なんか、普通ね。騙してないよね」
「疑り深いな、ユミナは。そんなに疑うなら、アリエス」
「では、遠慮なく!」
拳をポキポキ鳴らしているアリエス。本当に聖女時代に何があったのよ、完全に行動が武闘家そのものだけど......
アリエスの行動に怯えているフェーネ。
「いやいや、軽いチョップでいい」
「ちっ。まぁ、いいでしょう」
「なんで、私......舌打ちされたんだ。いや、これもこれでアリか」
アリエスの舌打ちと冷酷な目で恍惚とした表情のフェーネ。そうだった、あんな奇妙な体験。よくわからない言葉を言っていたフォンラス・アーテンなど。色々な出来事が重なって忘れていたけど、フェーネって弩級のドMだった。
アリエスの軽いチョップを喰らい地面に倒れるフェーネ。
「痛そう......」
フェーネの頭にタンコブができている。変な所に力を入れているよね、このゲーム。
今までなら、フェーネが受けた痛みはそのまま私も受けるだった。時間が経ってもフェーネが感じた痛みは私に発生しなかった。
「ねぇ、大丈夫? フェーネ......」
「お、」
「『お』?」
「お願い、アリエス!! もっと叩いてぇぇえええ!!!!」
アリエスの引き顔、この数時間で何回見たことか......
私の後ろに移動するアリエス。
「ユミナ様、早くみんなのところに行きましょう」
切実な願いだった。
「そ、それじゃあ、フェーネ。また、会おうね」
「待った」
ドレスの裾を引っ張るフェーネ。
「何よ......」
「私もユミナの従者になりたい」
「えー......」
「なんでも言うこと聞くわ。ムカついたことがあったら遠慮なく私を殴って。絶対に良い解消物になるから。優良物件だよ、私は〜」
『ダメです』
第三者の声。
私とアリエスはハテナマークだけど、フェーネは驚愕一つ。
虚空から小さい扉が出現した。
「どこに行ったかと思えば......随分、楽しいことをしているようね、フェーネ」
翅を羽ばたかせ、私の背後に移動したフェーネ。
扉から出てきたのはフェーネと同じ妖精。綺麗な翅ウェーブのかかった長い緑色の髪に金色のドレスを着た、美しい女性だった。
「嫌だ、帰りたくない」
「どちら様ですか」
「これは失礼しました。私はロベルティーナ。妖精の国の女王です。以後お見知りおきを、若き女王よ」
「はじめまして、ユミナと申します。えっと、フェーネとは」
「同じ種族で、親子の関係でございます」
「フェーネ、良かったじゃん。お迎えだよ!」
「絶対に嫌だ」
なんでそこまで頑なに嫌がるんだ......
「フェーネ。まずは無事で良かったです。貴方が国を出てから百年。もう希望はないと思っていました」
「......フェーネ、あの無人島に百年もいたの!?」
「脱出はできなかったから、ぼーっとしていてね。年数は知らなかった」
「なんか、楽観的だね」
「嫌なことは忘れるに限る」
ロベルティーナさんが近づく。
「なるほど......」
うん? 何が『なるほど』なんだ???
「ユミナ様」
「はいっ!!」
「これも何かの縁です。そこのアホの娘をユミナ様の従者に加えていただけますか」
えっ!? 何、急展開......なんだけど!?!?
「私は......いいですけど」
私はアリエスに目を向ける。
「......ユミナ様が了承するなら、アタシは従います」
アリエスの頭に手を置き、撫でる。
「苦労のお詫びに、いいことするよ!!」
目がキラキラし始めるアリエス。どこか狂的な瞳を宿しながら元気になっていた。
「わかりましたっ!!!!!! フェーネ、よろしくね」
「お、おう......よろしくね、アリエス」
もしかして......地雷踏んだかもしれない。
「ユミナ様。これを」
ロベルティーナさんから貰ったのは種と指輪だった。
『万物なる宝樹の種子』
全ての可能性を掴み取るのは、永劫を超えた先へ。
妖精女王に認められた証拠。悪しき者が使えば、無知の世界へ到達する。
植えると即座に巨大な樹が生まれる。木に実るアイテムは使用者が求めるアイテムをランダム生成され、入手できる。
葉や花も採取可能。巨大な樹は如何なる出来事があっても朽ちることはない。
『薔薇襲の荊乙姫』
小さき花は、困難を乗り越え、華開く強さは咲き誇れ。
妖精女王に認められた証拠。悪しき者が使えば、花は堕ちる。
花びらが装着者のダメージを肩代わりしてくれる。蓄積ダメージ量に応じて、花びらは装着者を守る巨大な盾となる。
見た目は普通の種と、真っ赤な花びらの指輪となっている。『薔薇襲の荊乙姫』のリング部分は荊があしらわれている。
「あ、ありがとうございます」
「アホの娘が迷惑したお詫びです。どうかユミナ様の、幸せの一役に役立ててください」
小さい扉へ帰っていくロベルティーナさん。
「フェーネ」
「な、何......」
「時々でいいから、帰ってきなさい」
ドアは閉まり、扉が消え去る。
フェーネと対面する。
「これから、よろしくね」
私の指にフェーネは口付けをした。
「よろしく、ユミナ!!」
「それじゃあ、家に帰りますか」
「ユミナ様、その前にビーチに向かわないと」
あっ、そうだった。異空間転送の把手を急いで取り出し、みんなを向かいに行った。