15話:服飾店facile(ファスィル)
「ええ、そうよ。この店の服は、一部は私が考えたの」
服を作る心算はなかったが、困っている事があって手を付けた。
ボタンは古代からあったが、中世ではまだ職人の手作りによる一点物で高価なのだ。近代になり、金属製などの安価な物は作られ、一般にも広まった。
ファスナーも、近代に入ってから出来た。
困っているのは、ドレス。なんと、所々まち針で留めて着るのよ! そんなものだから、たまに針の先が刺さるのよ!
ファスナーを作ろうと思ったけど、構造が分からず断念。代わりに何かと考え、足袋の『こはぜ』。フックにしなかったのは、こはぜの方が量産し易いから。
「まあ、前がこんなにしっかり閉じれば、暖かいでしょうね」
「そうなの。奥がこはぜで、表はボタンの二重で止めるから、隙間から入る風をかなり防げるの」
「すっきりしていて、シャープな印象の外套になるね」
「本当だね。マントとも、従来の外套とも違う印象だね」
「私はこういった、シンプルな服の担当ですの。それ以外は、新進気鋭のデザイナー、ベルルッティさまにお願いしておりますわ」
「まあ! ベルルッティですって!?」
「新進気鋭の、人気デザイナーじゃないか!」
「ベルルッティと組むなんて、たいしたものですね!」
そう、ベルルッティと提携出来たのは、何を隠そう、こはぜのお陰! 彼はこはぜの有用性と使い勝手の良さに気付き、提携を決めてくれたのだ。
「シャーリーさま、お待たせして申し訳ありません」
「ベルルッティさん、接客していらしたのだもの。気にしていないわ」
「ありがとうございます。こちらの男性お二人を、私がご案内させて頂くのですね」
「ええ、卒業式の舞踏会で着る物をお探しなの」
「通常であれば、私どもがお邸に伺うところ。こうしてご足労下さったのです、晴れの日に相応しい物をご案内致します」
「平服でもとても素晴らしいから、期待しているよ」
「シャーリー嬢、ミレー嬢、また後ほど」
「ええ、後ほど」
「ノア、イザックさま、後ほど」
◇◇◇ ◆ ◇◇
「ミレー、これどうかしら?」
「似合っているけど、シンプル過ぎだと思うわ」
「そう、かなあ?」
前世の記憶が戻った事で、一つ弊害がある。この世界はロココ時代のような、男女ともにフリルとレースとリボンがたっぷり使われた服なのね。あまりにそれらがたっぷり使われているのに困惑して、自分ではそれなりの物を選んでいる心算で、かなりシンプルな物を選ぶようになってしまったのよね。
衣装にお金を掛けるのも、貴族として見栄や財力を喧伝するのに外せない。最近では、地味ともとれるドレスのチョイスを両親に心配されるほどだ。
それはミレーも同じで、それなら一緒にドレスを作ろうとなった。
「ええ、シャーリー嬢。卒業式の舞踏会は、花嫁衣装に近い華やかで豪華なドレスが好まれます。一度しか着ないお衣装がどれだけ豪華に出来るかで、財力を測られますわ」
アドバイスをしてくれるのは、ベルルッティのパートナーで、このお店、服飾店Facileの副店長。社交界にも出入りしていて、細かいところまで詳しい、頼れる人だったりする。
「ええ? 卒業式の舞踏会のドレスまで、家の財力を見られるの?」
「それはそうでしょう。婚約者を見付ける為にも、財力を見せる場なのだもの」
(そうは言ってもねー……)
「せめて、刺繍を増やされてはいかがでございますか?」
「そうよ。刺繍くらい、しっかり入れた方が良いわよ」
「そうねえ……」
この日、私のドレスがなかなか決まらず、買い物は別の日に行く事になった。
それでも、なかなか予約の取れないベルルッティの服が着られると、ミレーにもノアにもイザックにも喜ばれた。
イザックともまた買い物に行けたから。うん。良しとしよう。
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