12話:建国祭
「ジュリエット嬢! まだ熱があるのではないのか?」
「殿下……大丈夫ですわ。語り部のお役を頂いておりますもの。ご迷惑を……こほ……っ」
「駄目だよ、ジュリエット嬢! ふらついているじゃないか!」
「そうだよ! 風邪を甘く見ると、とんでもない事になる者もいるんだ!」
「無茶をして、長患いになったらどうするのですか?!」
「万が一を考えていて、シャーリー嬢に代わりをお願いしてある。
ジュリエット嬢は無理せず、今日は休んだ方が良い」
「まあ……、そうですの?
有難いのですが、シャーリー嬢は喫茶店がありますわ……。それに、舞台といった華やかな場は苦手との事ですのに……」
建国祭前日、ジュリエット嬢はお風邪を召され、学校を休まれたのよね。一日で治れば良いけれど、万が一を考え、昨日は私が語り部の代役で練習をした。代役は、クラスの総意で決められて……
「ジュリエット嬢、私では力不足と重々承知しておりますわ。
ですが、ジュリエット嬢が無理をなさって、その為長患いになってしまっては、みな、気が気ではありません。
どうか、一先ず保健室でお休みになって。落ち着かれましたらお邸へ戻って養生なさって、一日も早くお元気になって下さいまし」
中世ベースのお約束で、この世界も医療は発達していない。脱水症状を起こして点滴とか、そういった対処すらできないのだ。
怪我はポーションや聖魔法で治せるが、病気は本人の自己治癒力や免疫力に頼るしかない。体調が悪いなら無理をせず、早め早めに大事をとって休養としっかり食事を摂るしかないのだ。
「力不足だなんて、シャーリー嬢……こほっこほっ」
「ああ、咳が……。お顔も赤いわ。お体、本当はまだお辛いのでしょう? 無理は禁物ですわ、ね?」
このメンバーに関わりたくはないが、病人をこき使おうなんて気は毛頭ない。いや、現代医療がない世界だ。しっかり休んで、病気に負けないで欲しいと思っている。
「シャーリー嬢……。申し訳ありません……。お言葉に甘えさせて頂きますわね……」
「ええ! そうなさって。さ、保健室でお体をお休めになって」
ジュリエット嬢は侍女さんたちに付き添われ、保健室へ行かれた。ふらつかれた時に手を取ったら、見た目より手が熱かったわ。相当、無理して出席なさったのだと思われる。
その後、ホームルームになり、ジュリエット嬢の休みが報された。そして、私が語り部をする事も発表され、解散となった。
この後は時間まで、他のクラスの劇を見たり、自由時間となっている。
◇◇◇ ◆ ◇◇
「ご免なさい、私、今日は語り部を代わる事になったの。昨日お願いした通り、いない間は宜しくお願いしますわ」
「お任せ下さい、シャーリー嬢! ホットドッグ屋でも、この祭の為の練習もして料理は万全なものをご提供できます。安心して下さいな!」
そうなのだ。体育祭の時、ホットドッグ等の評判が良く、今回も軽食の提供を頼まれていたのだ。
町にホットドッグ屋は開いたが、貴族が買い物に出向くような地区に店を構えなかった。その為、生徒の卒業した兄弟姉妹やご両親といった、市場に近い立地で買い物をするのが躊躇われる方たちから、建国祭でまたホットドッグなどの提供を願われてしまったのだ。
「そうね、みなさま、さすがプロの料理人!
今日のメニューは、すでに完璧に覚えていらっしゃるもの! 安心してお任せできるわ」
今回はホットドッグ数種、タルトタタン数種と、種類は厳選してある。
ドリンクも、ホットレモネード、ホットオレンジジュース、ホットりんごジュース、ヴィアンドックスという、この国の冬の定番の飲み物。お湯に砂糖、レモンを混ぜたもの。レモネードは蜂蜜入りで、ヴィアンドックスは蜂蜜の代わりに砂糖が入っているものを違う名前で呼ぶみたい。
記憶が戻ってからの私には、今ひとつレモネードとヴィアンドックスの正確な違いが分からないけど……
「はい、お任せ下さい!」
「ええ、お願いします。あ、厨房の隅を借りても良いかしら? 直ぐに終わるわ」
「まだ開店してませんから、大丈夫ですよ。遠慮なく使って下さい!」
「ありがとう、お借りするわ」
◇◇◇ ◆ ◇◇
「ジュリエット嬢?」
保健室を訪れ、ジュリエット嬢に小さく声を掛けてみる。
「……シャーリー嬢?」
「はい、入っても宜しいかしら?」
中から侍女さんが衝立をずらし、ベッドの側へ通して下さった。
「風邪のひき始めに飲むものなのだけど、『グロッグ』を作りましたの。飲めそうでしたら、飲んでみません?」
無限収納から、さっき作ったグロッグを取り出す。これは、ヴィアンドックスにラムを垂らし、シナモンやクローブを香り付けに入れた飲み物よ。
ホットワインと共に、風邪の引き始めに飲まれている飲み物の一つでもある。日本の卵酒みたいな存在かな?
「まあ、ありがとうございます。頂きますわね」
侍女さんがジュリエット嬢を助け起こし、腰に枕を当ててあげる。侍女さんにグロッグを渡すと、ジュリエット嬢にしっかり持たせてあげていた。
「……美味しいですわ。グロッグが通ったところが温かい……」
飲酒は十八歳からだが、薬としてカップに一杯飲むのは合法。ジュリエット嬢は息を吹きかけ、ほどほどに冷ましながら、少しずつグロッグを減らしていく。
「お口にあって良かった。体が温まり、良く眠れますわ」
「本当に、体がポカポカして来ましたわ……良く眠れそう」
「眠れそう? ええ、ゆっくりお休みになって」
ジュリエット嬢がグロッグを飲み干し、ベッドに体を横たえるのを確認してから保健室を後にした。
ジュリエット嬢は邸に帰り、一晩休んですっかり回復されたそうよ。翌日は振替休日で、その日もゆっくり過ごされたとか。
建国祭の舞台の方は、後でジュリエット嬢にお話しして恥ずかしくないようみんなで心を合わせて披露し、成功をおさめた。
こうして、ジュリエット嬢の体調不良というアクシデントが発生したものの、無事に建国祭は幕を閉じた。
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