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踏み出せない、心

 蝶を追いかけてくると、サツキの垣根が見えてきた。


 多分この先が旅館の入り口だ。


 すると、前を飛んでいた蝶がフッと姿を消した。

 周りを見回したが、もう見つけることが出来なかった。


 あれは一体何だったのだろう……。



 何はともあれ、何とか無事に旅館まで戻ってこれた。

 私は小さくなった太白を抱え、垣根の向こうへと向かおうとした。




 けれど、私の足はまた止まってしまった。



【ひなた、どうした?】


 

 視線の先に、弦太くんと中庭で一緒にいた女性とが、何やら話し合っているのが見えたのだ。 

 それに太白も気がついた様で、私を見上げて話しかけてきた。


【行かないのか?】


「行かなきゃいけないんだけど……」


 私はあの場所へ行く勇気がまだ持てていなかった。

 私は一旦彼等に背を向け、太白に話しかけた。


「ねぇ太白。 もう少し私の側に居てくれないかな」


【……あの小僧が言っていた様に、ここは俺の領地ではないからな。 ひなたの事もあるし、これ以上は難しい】


「……そっか。 ごめんね、無理言って。」


【あんなに戻りたがっていたのに、さっき迄の威勢はどうした。 あの小僧達が関係してるのか?】


「ううん。 今はちょっと、戻る勇気がないんだ……」





「ひな!!!」


 背後からガサガサっと草を掻き分け、弦太くんが近づいてきた。 

 見つかってしまった。


「ひな、大丈夫か?! ケガは、痛い所はないか!?」


 彼は、私の顔や腕等を触りながら、ケガをしていないか必死に確認した。

 そしてもう一度、私の頬に手を当て、私の顔をじっと見つめた。

 今にも泣きそうな顔をして。


「大丈夫…………」


 その顔を見て私が呟くと、彼は太白ごと私を思い切り抱き締めた。

 彼からは、普段と違う、香の様な香りがする。


「……怖い思いさせたな。 守ってやれなくてごめん」


 彼の手が少し震えている。

 あの時太白に襲われていたのが、私だと気づいたんだ。 

 というか、あの瞬間で気づいてくれていたなんて驚きだ。


 正直、とても嬉しかった。


 彼に抱き締められてうっとりとしていると、胸元で太白が藻掻き、私と弦太くんの間から顔を出した。



「え、その気配は……まさか!?」



 流石は弦太くん。

 傍から見たら白い小さな犬なのに、それが先程の白い狼だと気づいたらしい。

 だが気づいた途端に、私の胸元に顔を埋める太白を、物凄い殺気で見ている。 

 太白もそれに気づいているようで、ふいっと彼を無視して私の頬を舐めた。


 彼の殺気は更に膨れ上がった様に見えたが、一つ息を吐き、冷静さを取り戻すかの様に抱き締めていた腕を緩め、私から離れると、片膝を付き、太白に頭を下げた。



「……神使様、先程は大変失礼致しました。 今は彼女の安全を確認したいのです。 一旦彼女から手を引いて頂けないでしょうか。」


【ふん、あのままなら、またひなたを攫う所だったぞ。 この若造が】



 そう言って、太白は私の腕からぴょんと地面へ降りた。

 太白が離れると、弦太くんはもう一度、服の上からケガ等がないことを確認した。 

 そして不機嫌そうに私の方に視線を向けた。


「何でそんな格好して、こんな所にいるんだよ」


「私はたまたま、バイトでお使いを頼まれて……」


「お使いだ!? こんな所までバイトを寄越すなんて……っ」


 彼はまだ何か言いたげだったが、私の後ろで静かに威圧する太白に気づき、続きの言葉の代わりに溜息をついた。


「……また味方を増やしやがって」

 

 彼は頭を抱えながらそう呟いて、私の手を引き、旅館の方へと連れて行った。



 玄関前に、弦太くんと一緒にいた女性と、私を止めてくれたあの女の子が立っていた。


 その女の子が私に気が付き、駆け寄ってきた。


「ひなたさん、無事で良かったぁ! 心配してたんですよ!!」

 

 大きな瞳に涙を溜めて、私の手をギュッと握ってくれた。


「本当に、話を聞いて驚いたんだから」


 その後ろでは、例の女性も眉を下げて私を見ていた。


「皆、心配かけてごめんなさい」


 気持ちは少し複雑だったが、周りに心配かけた事には違いない。

 俯く私を見て弦太くんは、私の頭にポンと手を置いた。


「話せる範囲でいいから、状況を説明してくれないか」


 私は頷いて、彼等に事情を説明することにした。


 

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