謎の多い、店
「へぇ、バイト始めるのか」
今日は久しぶりに弦太くんがこっちに戻ってくると聞いて、私は学校帰りに彼の家に寄っていた。
真白さんのお陰(?)で、弦太くんは学校で過ごしていた時の様な、大人しい雰囲気にすっかり戻っている。
実は彼は学校を中退し、祓い屋家業に専念する事にしたのだ。
一門の『次期頭』という事もあり、最近は彼宛の依頼も増えているらしく、以前よりも忙しそうだった。
真白さんの様に家を空ける事も増え、頻繁に会えるわけではなくなったので、こうした時間は貴重だった。
「しらたま、そろそろ俺に代わってくれ」
彼は私の膝に座っていたしらたまくんを抱き上げた。
『次は俺の番だから』と言って、小さく唸るしらたまくんの頭を撫で、彼は私を後ろからギュッと抱き締めるように座った。
正面からだと『自制が効かなくなる』との事で、この体制にしているらしい。
「バイトってどんなの?」
「雑貨屋さんみたいで、最初は品物の整理からだって」
「みたいって……それ大丈夫なのか?」
「店主さんも優しそうな人だし、大丈夫だよ」
「その店主って、男?」
「そうだけど、奥さんがいるって言ってた」
「なら良いけど」
そう言うと、弦太くんは私の首元に顔を埋めた。
こうして私といる時の彼は、少し大人びている位で、周りにいる高校生とさほど変わらない。
でも祓い屋としての彼は、どんな感じなのだろう。
勿論一般人の私には危険らしいので、現場を見せてはくれないし、普段もそうした話は殆どしない。
わかってはいるのだが、そんな彼も『知りたい』と思うのは、我儘だろうか。
「……弦太くん、擽ったいよ」
首元に擦り寄る彼の髪と息遣いが、耳や肌に触れてドキドキさせられる。
「明日また出なきゃだし、もう少しだけ充電させて」
ポツリと呟き、今度は私の手に重ねるようにして手を握った。
私もそれに応えるように握り返すと、温かいものがゆっくりと体の中を流れ始め、それが繋いだ手へと向かっていく。
これは、私から彼に触れた時にしか発動しない「癒やし」の力だ。
この力で、彼が邪気祓いの際に失った力を回復させる事ができるのだが、何故この力を私が持っているのかは、未だに分からない。
分かっているのは、この力は『彼にしか効かない』ということだ。
「うん、ありがとう」
心身共に満ちたのか、彼はもう一度私を優しく抱き締めた。
こうやって私に甘えてくれる彼は、猫の様に可愛くて、こちらまで癒やされるのだった。
◇
バイト初出勤日、私は支給された制服に着替え店頭に立った。
といっても作務衣だ。
着てみるとこれがとても動きやすい。
色も渋めの深い赤色で、私は一目で気に入った。
「いやぁ可愛いねぇ~~。 やっと店にも花が咲いたよ。 で、花にはやっぱり『蝶』もいるといい」
そう言って、李月さんは蝶の飾りがついた簪を、纏めた髪にスッと差してくれた。
『お守り』らしいが、何から守るのか、理由は分からない。
「簪も含めての制服だから、ちゃんと付けられる様になっておいてね」
只のバイトに髪飾り迄準備してくれるなんて、今時あるのだろうか。
けれど普段と違う自分になった気持ちになるので、気合も入る。
早速私は李月さんに言われた通りに、店の掃除や店頭の商品の整理等を始めた。
ただ仕事をしていて、不思議に思った事が一つある。
お客が来ないのだ。
お陰で仕事を覚えるのには都合がいいが、果たしてこれでやっていけるのだろうか。
李月さんにその話をふると、『それももう少し仕事を覚えたらわかるよ』と意味深な返事が返ってきた。
そういう李月さんも、含みのある言い回しが多く、つかみどころのない人だった。
こんなやり取りをするたびに、弦太くんの『それ大丈夫なのか?』という台詞が、頭に過るのだった。




