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今の自分に、できること

「女子高生が来るなんて、珍しいなぁ」


 『鈴屋』と書かれた暖簾をくぐり店へ入ると、中からメガネをかけた着物姿の男性に声をかけられた。


 

「ごめんなさい。 勝手に入ってしまって……」


「いやいや、店はやってるから大丈夫だよ」



 ここの店主だろうか。 

 爽やかな笑顔で私を出迎えてくれた。

 


 中を見回すと、財布や小物、身に付けるアクセサリー、食器もあれば、動物の置物迄、とにかく幅の広い品揃えだ。

 店内の照明も、電球色のランプが使われていて、柔らかい色合いの光に心が落ち着く。 



「せっかくだし、お茶でもどうぞ」


 私が店内をキョロキョロしている間に、店主が温かいお茶を入れてくれた。

 奥には二人分のカウンター席があり『こちらへ』と私を手招いた。




「ここに来ると言うことは、何か悩みでもあった?」


 『え?』と私は小さく驚いた。


 そんなことを言い当てられる程悩んだ顔してただろうか。



「いえ、大した事ではないんですけど、実はちょっと進路に悩んでて……」


「でもそれは君からしたら『大した事』だろう。 『進路』という言葉の響きって、何故か焦りを感じるよね」



 まさか初対面の人からそんな事を言われると思わなかった。 

 でも、同調してもらえたことで少し心が軽くなり、心の中が温かいモノで満ちてくる。




「じゃあ気分転換に、僕のクイズに答えてみるかい?」




 突然後ろの一番下の棚から、小さな小瓶を取り出して、コトンっと私の前に置いた。



「君はこの瓶に、何か入ってると思う?」

 


 瓶の中をよく見ると、黒い靄が見えた。

 最近は、弦太くんや真白さんもこの町にいるので殆ど見かける事はなかったけれど、きっとそれに違いない。

 その靄がなぜここにあって、瓶に入っているのだろうか……。



「黒い……靄が見えます」



「そうか、やはり君には見えるか! 大正解だよ」



 店主は嬉しそうにパチパチと手を叩いたが、私にはイマイチこの状況がよく読み込めていない。



「君、暫くこの店でバイトしない?」


 すると店主は、突然私をアルバイトにスカウトした。


「君は受験生だし、勿論無理にとは言わないけど、放課後に週1,2日程顔を出してくれればいいんだ。 どうかな?」



 どういう事情で黒い靄の入った瓶が面接試験に出てきたのかはわからないが、クイズと見せかけたバイトの面接に、受かってしまったようだ。



 私はあまりに突然な展開に戸惑いつつも、これは進路探しのきっかけになるかも知れないと悩み始めた。

 バイト自体も初めてだったが、条件も緩そうな上に、何よりこんなにも落ち着ける店内で働けるというのが有り難い。

 


 少し考えた後、私は不安よりも好奇心を選び、『よろしくお願いします』と頭を下げた。



「決断も早くて益々助かるよ。 えっと名前は……」


「柊ひなたです」


「え? 柊ひなたちゃんて言うの?」


「そうですけど……どうかしましたか?」


「いやいや、何でもない。 改めまして、『鈴屋』現店主の李月(いつき)だ。 どうぞよろしく」

 


 穏やかに笑い差し伸ばした李月さんの手を取り、私はワクワクと期待に胸を膨らませた。




 これが、色んな意味でまだ未知だった世界に足を踏み入れるきっかけになったのだ。

 そしてここでの時間が、これからの私の中の歯車を、大きく動かしていくのだった。

 

 


  



 

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