花に、込められた思い
下駄を借りて、二人で外へでた。
「弦太くんて、仕事の時はいつも着物なの?」
「あぁ。 次期頭とはいえまだ未成年だし、相手に信用してもらうなら、それなりに身形を整えておかなきゃいけないだろ」
確かに今日見た姿は、普段の弦太くんよりも五、六歳は上に見える。
年齢をそれだけ上乗せするには、服装や演技だけでなく、様々な知識や経験、修羅場だって乗り越えてこないとできない筈だ。
そう考えると、彼の立ち振る舞いは、これ迄相当な場数をこなしてきた成果なんだろう。
こんな事にならなければ知ることが出来なかった彼の仕事熱心な姿に、私は益々惹かれていった。
そんな事を考えながら歩いていると、浴衣を着ているカップルや、子どもを連れた家族の姿がチラホラと見える。
そして私達と同じ方向へと向かって歩いている事に気がついた。
「ねぇ、これからどこに行くの?」
「まぁ着いてから説明するよ」
浴衣を着てのお出かけなんて、花火デートの様だ。
でもまだ夏ではないし、これにはきっと、何か他に理由があるのだろう。
「そうだ、太白さんに、櫛を渡すことができたよ」
「本当!?」
「あぁ、だから日が暮れる前には、自分の社に帰っていかれたよ」
じゃあこれからは、太白はヨシノさんとずっと一緒にいられるんだ。
百年以上も離れていた二人がまた出会えるなんて、おとぎ話の様でとても素敵だ。
「そういやひなは、太白さんにえらく気に入られてたな」
弦太くんが少し意地悪く言う。
「言っとくけど、私何もしてないからね。 弦太くんこそ、『神使様』じゃなくてもう『太白さん』なんだ」
「名前を聞かれたから名乗ったら、『もう気楽に呼んでくれ』って言われてね。 変わった方だよ全く」
「神使なのに、人懐っこいよね。 小さくなった太白なんか、本当の犬みたいだった」
すると、弦太くんは立ち止まったかと思うと、いきなり私の顎をぐいと掴み、太白の様にぺろりと私の唇を舐めた。
「いきなり何するのよ!」
恥ずかしさと驚きの余り、私は彼の顔を両手で押し返した。
「いや、上書きしとこうと思って……」
「だからって真似しないで!」
ついさっき迄、彼の大人な立ち振る舞いに感動していたのに、何で突然そんな子どもっぽいことするかな。
私は彼の手を振りほどき、先へと歩いた。
「ひな、行くのそっちじゃないから」
……そうだった。
私は目的も行き先も知らされていない。
渋々彼の元へ戻るが、少し離れて歩くことにした。
暫く歩いた後、今度は周りが歩く道から少し外れる様に、茂みの中の道を歩いた。
すると、抜けた先に、向こうの山がよく見える、見晴らしのいい場所に着いた。
風も心地よく吹いてとても気持ちいい。
「太白さんは、ここから駆け下りて、向こうの山へ走って行ったよ。 ひなにもその姿も見せられたら良かったな。 銀色の光が走るようで、すごく綺麗だったよ」
「そうなんだ……」
私は、彼が指さした山の方を見つめた。
「ここはなかなか見晴らしもいいし、人もあまり来ないからちょうどいいかなと思って」
「どういうこと?」
「もうすぐわかるよ」
その言葉を信じて二人で暫く山の方を見ていると、ドォン……っと大きな音が聞こえたと思った瞬間、夜空に大きな花火が上がった。
「花火!?」
私はまさかの展開に、思わず声に出して驚いた。
「花火ってのは、元は慰霊の為にするのが始まりらしい。 この花火も、昔あの山で大きな災害が起きて、その時に亡くなった沢山の人達の魂を鎮める為に始めたって聞いてる」
それは、もしかして太白が私に話してくれた過去の出来事だろうか。
もしそうなら……。
「ひな、どうした?」
次々に上がる花火を見て、私の目からいつの間にか涙が零れていた。
私の中で思考と感情が混ざり合い、言葉よりも先に、体が反応したんだろう。
「……今年の花火は、太白もヨシノさんと一緒に見てるよね、きっと」
「見てるよ、絶対に」
弦太くんの言葉を聞いて、私の涙は嬉し涙に変わった。
「なら良かった……」
私がそう呟くと、彼は私を腕の中に優しく引き寄せた。
「可愛いな、ひなは」
その一言に言葉を詰まらせた私の隙をつくように、彼は私の左耳を噛んだ。
髪型のせいだろうか、香の匂いのせいだろうか。
間近で見る彼の顔は別人の様で、いつもの倍位にドキドキしてしまう。
朱く染まった彼の瞳も、花火の灯りで潤んで見えて、心臓がおかしくなりそうだ。
彼が放つ色気が半端ない……。
「ここなら誰にも邪魔されないし、もう少しだけ」
私が彼の色香に当てられて動けなくなっているのを良いことに、彼は私を抱き締めたまま、キスを繰り返した。
これは、平穏を装って旅館へ戻るのにかなり時間がかかりそうだ……。




