桜の、つげ櫛
「まさか、李月さんが関わっていたとは……」
私の説明を聞いて、弦太くんと例の女性は大きく溜息をついた。
こちらの女性、名前は『百井一七』というそうだ。
名前もまた綺麗で、私はまた余計な嫉妬をしてしまった。
どうやら二人は『鈴屋』の事を知っているらしく、今度は二人同時に頭を抱え始めた。
「わかる、あの人ならひなたちゃん捕まえちゃうね」
「同感だ」
しかも李月さんの事もよく知っているみたいだ。
三人は一体どういう関係なのだろう。
「とにかく、ひなはその約束してる人から櫛を預からなきゃいけないんだな?」
「うん。 もうきっと旅館に着いてると思う」
「相手の名前は?」
「『今西結花』さん」
「それなら、私です!」
「「「えぇ!?」」」
「ここへ手伝いに来るときに、祖父から櫛を預かっています。 ただ『相手は気まぐれな方だから、いつ受け取りに来るかは分からない』と言っていました」
「「全くそのとおりだ……」」
弦太くんと百井さんは、項垂れた。
「私、早めに休憩を貰って、櫛を取ってきますね!」
そう言って結花さんは、旅館へと戻っていった。
それを見送った後、私は弦太くんの方を見た。
「弦太くんが李月さんと知り合いだなんて、知らなかった」
「それはこっちの台詞だ。 俺達の仕事の殆どは、李月さん経由だからな。 俺も驚いたよ」
「じゃあ、今回も?」
「あぁ。 一週間程前から、大きな白い犬が彷徨いてるって旅館の主人から話を聞いて、それの確認に来たんだ。 今日は特に人が多くなるって言うから、二日前から探し回ったのに、こんな形であっさり見つかるとは思わなかったよ」
「これも見越して、あの人の謀だったりして」
隣で聞いていた百井さんがポツリと呟いた。
「……大いにあり得るな」
また二人は、溜息をついた。
よくは解らなかったが、どうやら李月さんに使われているのは、私だけではなかった様だ。
「まぁ俺達の件も、これで何とか解決出来るかな。 早く帰って頂かないと、ここの人達が安心できない」
鼠の領地に狼の神使がいるのは、やはり良くないらしい。
私は、太白の事が気になった。
そもそも太白は、何故一週間も前からここを彷徨いていたんだろう。
『ヨシノさんに会いたい』と言っていたが、それと今回の事は、何か関係があるのだろうか。
【ひなた、聞こえるか】
向こうの茂みの方から、太白の声が聞こえた。
「弦太くん、私ちょっと行ってくる!」
「おい! 勝手に一人で彷徨くな!!」
彼は、太白の元へ行こうとする私の腕を掴み、嗜めた。
「でも……」
「一人で何でもしようとするな。 今は今西さんから櫛を預かるのが先だろう。 無関係な人にまで心配かけるんじゃない」
「……はい……」
確かに今日は櫛を預かる為に来たのだった。
目的をちゃんと果たさなきゃいけない。
「ひなたちゃんは何でも一生懸命だねぇ」
弦太くんの隣で、百井さんがにこやかに笑う。
何故この人は、私の事を知っているかの様な口調なんだろう。
弦太くんが話しているのだろうか。
もしかして私も知ってる人……?
「ひなたさーーん! お待たせしました!!」
旅館から、結花さんが箱を持って走ってきた。
「コレです。 やっぱり箱から出ていて、探してたんで遅くなりました」
「どういうこと?」
「祖父は、母にあたる人から預かったので大切に保管していたと聞いてます。 でも最近その箱が開いて、中からこの櫛が出ているらしいんです。 何度も同じことがあったから、鈴屋さんに預けることにしたそうなんです」
「そうだったんですか……」
そうして私は、結花さんから櫛の入った小さな箱を預かった。
開けると、白い綿のクッションが敷かれた上に、桜が彫られたつげ櫛が入っていた。
これを見て、私は太白の話を思い出した。
「ひな、どうした?」
「弦太くん。 私、今すぐ太白の所に行きたい」
「さっきの神使の所か? 行くならついていくけど」
「じゃあお願い、一緒に来て」
私と弦太くんは、つげ櫛の入った箱を抱え太白の所へと向かった。




