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第一章 漆

 シルバ、アカネの両名と出会って迎える、三回目の早朝。カインは寝る間も惜しんで整備した飛行艇のコクピットに乗り込み、通常より若干難易度が高い、多乗操縦を四苦八苦しながら行なっていた。向かう場所はレンの指定したキャラバンのドック。たいした距離ではないし、カインの飛行スキルからすれば、特に注意を払う事でもない。飛行艇が通常であるならば。

 足元、カインの下に無理やり取り付けられた通信スピーカーから、シルバが確認を含め話かけてくる。

「どうだカイン、操縦に違和感はないか。操縦桿が少しでも左右に引かれる感覚があるなら、おそらく重量の均衡が取れていないはずだ。バランス計は問題無いか?」

 少々顔をこわばらせながら、でも冷静にカインは判断を下す。

「大丈夫、少し重いけどね。すぐ慣れると思う。操作面より、どちらかと言うと一人乗りで染み付いた、飛行感覚の方が問題かも。風が掴み難い」

「そうだな、本来テスト飛行をすべきなんだ。もし違和感が酷いようなら、彼女のキャラバンと合流してから再調整しよう」

 通信が切れる。顔を下に向ければ、シルバは直接目視できる足下の急造スペースに体を固定し、通信を行なっていた。余裕があればアイコンタクトをしたい。が、余裕などない。

 カインの背中越し、今度は通信機器を使用していない、生の声でアカネがカインに話しかける。

「落ち着いてください。私がナビとして機器の操作や確認を一部補助していますから、落ちるようなことはありません。カインは操縦の感覚を掴むことに集中をお願いします。いいですか? 重量が変わったのであれば、感覚的に少し後方が引っ張られていると思います。でもそれは動物の尻尾のように、自分に尻尾が生えて繋がっていると考えると、感覚がつかめ易くなりますよ」

 優しい声だった。ナビを専攻しているという話だから、声色も技術の一つかもしれない。カインはそう思った。

 二人の確認と助言により、徐々にではあるが、感覚をものにして行く。飛行艇をゆっくり見回すくらいの余裕が出てきた。乗りなれた飛行艇、名前を『ライジン』と言うらしい。らしい、などという曖昧な表現になるのは、カインも飛行艇の機体名など知らなかったからだ。知ったのは二日前、レンにARRの登録を任せて、三人でカインの自宅に戻り、本格的にARRで勝てるかを話し合った時の事だった。

 その時のことを、待合場所に到着するまで、カインは思い返していた。





「案としては悪くない、だが問題は色々とある。レースに勝つには経験や技術もそうだが、それらを活かせる機体があるかどうかが重要になる」

 三人はレンと別れ、あえて警戒をすることも無く、無事カインの自宅へたどり着いていた。冷静になり、カインが出した移動手段の確保案、ARRの優勝について、話し合おうとなるのに時間は掛からなかった。

「まあ、俺の持っている機体は大分旧式だからね。レースに参加する上位者の乗る機体とは性能差があるのは否めないよ」

 決して遠慮ではない。何度かレースに参加して得た、実直な感想である。

「シルバらしくない。機体の性能差で嘆くなんて三流よ」

 アカネはシルバに対し、頼りにしているからこその、不満をぶつける。それに対し、シルバは怒りなどしない。

「機体の性能を嘆くのは三流だが、アカネ、技術と経験が全てと言うのも二流の考えだ。機体があって、その性能を十二分に引き出すのが、経験と技術だ。三つ揃って初めて一流と言えるんだよ。レースの優勝者は皆そういった飛行士ばかりだろう。最低限のものは必要だよ」

 無いものねだり、わかっているが認識はしておかなければならない。シルバの冷静な考えだった。幻想を抱いていては、現実で通用しない。必要な事は、現状を把握する事。

「とりあえずカイン。君の機体を見せてもらえないか? 昨日は暗くて輪郭くらいしか見ていないからな」

 カインは頷き、一階の格納庫へ案内をする。階段を下り、いつものように窓から光を取り込む。機体を覆うシートを外すとき、カインは少しだけ恥ずかしいと言う感情を抱いた。自分の全てと言ってもよい飛行艇。どう判断されるかわからないが、まるで自分の内面を見られているような気がした。

 露になる機体。小さいが存在感のある黒、折りたたまれてはいるが、拡げれば雄大だと自負してきた両翼、ベッドよりも慣れ親しんだコクピットとシート。どれも愛情を込めて整備してきたものだ。カインは恥ずかしながらも、シルバの表情をのぞき見た。

 シルバはカインが想像していた表情と、全く違う顔をしていた。機体についての納得を示す表情ではなく、恐れていた、不満を示す表情でもない。

 シルバは暗闇で見えなかった機体の正体を見て、ただ驚愕していた。自身の知識の中から、一つの記憶が掘り起こされる。幼き頃から、教育を修了するまで、幾度と無く登場した過ちの歴史と大海戦。その中で語られる僅か一行ほどの文。だが飛行士には興味の尽きない名称。

「まさか……ライジン……か?」

 ライジン、飛行艇を指しているのであろう言葉に、カインは少しもピンとこなかった。だが同じ学び舎で育ったアカネは、シルバの発言で記憶を辿ることができる。

「ライジンって、あの大海戦晩期に反イズモを掲げて造船されたっていう、飛行艇のライジンのこと? こんな形だっけ」

 二人は無言で飛行艇を見回す。カインだけが一切理解できない神妙さで。耐えかねて質問をするのに、時間は掛からなかった。

「ライジンって何のこと言っているのさ。この機体、そういう名前ってことなの?」

 シルバは少し困惑しながらも、カインに視線を向ける。アカネも右に同じく。

「おそらく間違いない。この機体はライジンだ。大海戦の惨状を経て、イズモが世界から雲を管理しようと動いたとき、唯一反対を示した地域で、象徴として造船された最後の機体だ。奇しくもイズモと同じ地区で造船された機体、正式名称雷神。別名アンチハイドロゲン。水素金属の浮遊効果を消し去りながら、雷のように、雲の如し群れを成す飛行艇群を突き抜けていったとか」

 雲の無い世界で、雲を掴むような話だった。幼い頃、あの人たちが乗っていた機体。物心がつき始める頃には、自分の手足のように存在した機体。ただそれだけの存在だったものが、随分飛躍した解説の中に登場していた。

「この飛行艇が反イズモの象徴……」

 事実かどうかはわからない、だがあの人たちは知っていたのか、なぜかそんな疑問をカインは考えていた。

 心ここにあらずのカインに対し、シルバが機体について質問をした。

「カインこの機体、ライジンを一体どうやって手に入れたんだ」

 すぐには答えない。答え辛い。

「あの人たちの……いや、死んだ両親が残していったものなんだ。どうやって手に入れたかなんて解らないよ」

 両親の話、カインは俯いてしまう。その姿を見て、声をかけたのはアカネだった。

「ご両親の。そう、ですか。ごめんなさい。だからカインは一人で……シルバ」

 アカネの視線に、シルバは素直に頭を下げる。

「すまなかった。悲しいことを思い出させてしまった。私の悪い癖だ、興味本位でどうでもいいことを聞いた。機体の入手経路などレースには関係なかった。機体がある、その事実があればよかったんだ。許して欲しい」

 二人に謝られ、逆に混乱した。あの人たちの話が嫌なだけで、悲しい感情など無いカインは気まずくて仕方が無かった。

「い、いや気にしてないし! 謝らないでよ! それより飛行艇、ライジンの話をしよう。よくわからないけど、曰くがある機体ならさ、機能的にどうなのかな、レースで勝てそうな機体なの? 自分が乗っている感じだとそうは思えないけど」

 シルバは一度頷く。

「もう少し詳しく見せてくれ」

 それから、シルバはコクピットや内部の機器を入念に確認した。アカネとカインはただ眺め、終わるのを待つ。

 三十分が経って、機体の下部まで潜り込んでいたシルバが這い出てくる。服はややオイルで黒ずんでいた。

「よく整備されている。カインがいかにこの機体を丁寧に扱っているかが伺えるよ」

 カインは少し照れる。

「いや、そんな。それよりどうだった?」

「ああ、大分改造が施されているな。特にエンジンはエネルギー触媒に化石燃料を使用できるようにハイブリット化されている。元々は大海戦時代の代物だから、水素機関を積んでいるんだ。どちらも使えるが、今のところ化石燃料を活かす形で、機械部の回路は組み込まれているよ。おそらく本来の能力の半分くらいしか出力できないだろう」

 カインは水素機関を搭載しているという事実に、心から驚いた。たしかに、自身が整備していた時、ブラックボックスとなっている部分が多分に見受けられていたのは事実だった。だが水素機関だとは考えてもいない。

「じゃあ元々この機体は水素艇だったんだ……」

「いや、正確には違う。水素艇は水素の化学反応を熱エネルギーに変えて推進力としているんだ。でもライジンは水素電池のエネルギーを推進力にしている。水素艇のほうが出力は大きい。ライジンは電機艇とでも言うのか、エネルギー持久力に優れているだろうな。水素電池の方がエネルギー効率は高いんだ」

 電機艇、全く未知の乗り物のようだった。少なくともカインは化石燃料を日常生活で使っていた。いくら水素機関が発達しているとはいえ、現代では水素は高価なのだ。過ちの歴史以降、価値の下がった化石燃料は、僅かな量だが、下級層の人間からは重宝されていた。カインも例外ではない。

 化石燃料という言葉に反応するのはアカネ。

「化石燃料を使っているんですか? 凄いですね。仕組みが全くわかりません」

 上流層の人間にはわからない。当たり前の、基準が違う。アカネの驚きの声にシルバは釘をさす。優しさである。

「イズモに近しいと、気がつかない事はいっぱいあるんだよアカネ。それこそ海が広がっていた時代なら、水素など簡単に手に入る。でも海は奪われた。化石燃料は普通に使われているんだよ。自分の物差しで世界を計らない方がいい、現実をしっかり見て学ぶんだ」

 アカネはよく発言を注意される。だが腹を立てたことは一度も無かった。正しいと思えたから。

「そう、だね。海が無いんだものね。ごめん、認識が甘かった。改める」

 簡単なことですぐ怒り出すのに、的確な指摘には素直になる。カインはアカネの実直なまでの素直さに感心した。その素直さも世間を知らな過ぎるからなのだが。

「水素産業の大本にいたんだから、水素機関が身近にあることを普通と思うのは仕方がないんじゃないかな。きっと俺なんかイズモに行ったら水素機関に囲まれて右往左往するに違いないや。へへっ!」

 カインは自虐的に笑ったが、アカネにはしっかりと優しさとして伝わった。いつもシルバに語りかけられ、答えるときと同じように、アカネはカインに笑顔を向ける。

「その時は、私が教えますね」

 シルバはそんな二人のやり取りをうれしく思う。カインに心の中で感謝した。冷静さは失わない。

「話を戻そう。現状、この機体は化石燃料で飛ばすしかないだろう。水素が手に入らない。彼女、レンの言った明後日の早朝までに、出来うる限りの改造と整備をしなければならないだろうな。だが……いいのかい? カイン」

 シルバは表情を厳しくし、カインに確認を取る。

「え? なにが?」

 きょとんと反応するカイン。アカネはシルバの言いたいことに気づく。

「そうですね。私たちの勝手な都合で、ご両親の形見をいじるなんて……」

 出来ない、とは言えない。巻き込みたくないと言い、巻き込んだ。大切な機体だと知り、それでも否定は出来ない。何かを犠牲にしてでも、逃げて、逃げて、生き延びなくてはならない。アカネは下唇をかんでガマンする。するが、我慢できない。

 意を決して、やめようの一言を発しようとした。その前にカインは言う。

「全然かまわない。あの人た……いや両親の形見といえばその通りだけど、だからって二人が遠慮することなんて全然無い。これは俺のものなんだ。手足みたいなものさ。俺は二人に協力するよ。足を動かして情報を集めるし、手を使って方向だって指し示すさ。だから二人を乗せて飛ぶのに、手足を動かすのと差なんてないよ」

 遠慮ではなく、当然として答える。二人はカインのそんな態度を、少し意外に感じていた。親の形見を大切にしない人間ではない。短い間だが、カインの事を二人は好意的に思っていた。だからこそ、改造に対して協力してくれるという親切心ではなく、どこか形見を蔑ろにしているかのように見えたのが、違和感となった。

 アカネもシルバも、お互いの感情に気がつき、視線を合わせる。シルバはわからないくらいの動作で、アカネだけに対し顔を横に振る。

「何から何まですまない。感謝をしているなどという言葉では、もう恩を返すことは出来ないな。君が悩みになる問題を抱える様な事があれば、いつでも言ってくれ。出来うる限りを尽くす」

 おそらく両親との問題。シルバは考え、簡単に踏込んでよい事ではないと判断した。言葉に偽りは無かった。どんな問題でも、カインが助けを求めてきたら、手を差し伸べる。そう、どんな問題でも。アカネも同じ考えである。

 二人の思いとは他所に、カインは話を進める。

「でさ、その改造の件なんだけど、三人を取りあえず乗せれるようにはしないといけないよね。移動の足はこの飛行艇だけなんだし」

 二人はカインに合わせる。

「そうですね。でも、ライジンは一人乗りですよね。どうしましょうか、簡易的にコクピットへシートを増設しても、二席が精一杯ですよ」

 シルバも肯定の動作で示し、

「コクピットは前後並列型の二人乗りが限界だろうな。だが案はあるんだ。こっちへ来てくれ」

 二人を機体の前面へ導く。

「この船首、開閉式になっていて、内部が空洞になっているんだ。おそらく解放状態で、内部に設けられている機器を使い、ライジンの所以である、電磁波を発生させる為の物だろう。ライジンは電磁波を発生させながら飛行していたと習った。アンチハイドロゲンの通称通りなら、水素金属の超伝導を阻害できる武装の一つと考えられる」

 武装、カインは背筋がぞっとしたのを感じる。今まで自身が乗っていた機体にその様なものが搭載されていた事など、考えもしてなかった。

 シルバはカインの、そんな気持ちを察する。

「大丈夫、水素電池が機能していないから、兵器としての機能は死んでいると考えていい。実はここにもう一つ、座席を設けようかと考えたんだ。常に解放状態にしておけば、一人分くらいにはなる。幸い解放時にのみ判るが、開口部分に強化ガラスがはめ込まれているようだし、目視をするにも便利だ。ただ飛行方法が若干難しくなるな」

 兵器は機能しないの言葉に、少しだけほっとした。しかし前面が開閉式とは、水素機関の件も含め、驚きの連続であった。カインは整備用の脚立に乗り、機体の前面部を撫でる。コクピットから長く延びる船首は、くちばしのように、丸みを帯びて、先端が尖ってゆく。言われれば鳥のような形状の機体であり、収納式の両翼も含め、くちばしのように前面が開閉式でも違和感は無い。そう思った。以前レンがカラスみたいな機体だと表現していた事をカインは思い出していた。

 脚立の上からカインが声をかける。

「大分改造に時間が掛かりそうだね。シルバ、二人で手分けして作業にかかろう。急がないと、明後日の朝に間に合わないよ。俺、スクラップ屋に行って必要な部品を買ってくる」

 シルバも同意し、服の袖を捲り上げていく。

「まずは一部コクピットの機器を降ろそう。私が作業をするから、すまないがカインは物資の調達を頼む」

 カインは了解を示そうとした。だがアカネがそれに待ったをかける。

「シルバ、調達って言っても資金が無いわ。カインに出させるなんて、絶対ダメ!」

 指摘を受けたシルバは、確かにと思い、カインに声をかけようとした。その行動をカインは掌を突き出して制止させる。

「大丈夫! 知り合いのスクラップ屋なんだ。ちょっとした物ならタダか、タダ同然の価格で譲ってもらえると思う。それに、二人がいなくても俺はレースに参加していたよ。忘れてたけどね! だから改造は俺の為!」

 カインは脚立から勢い良く飛び降りる。

 それは違う。と二人は言わない。あえて話を通そうとするカインに、逆に失礼だと思ったから。

「すまない」

 言って、頭を下げシルバは壁にかけてあった工具を選びに掛かる。

 カインはそんなシルバに視線を送り、アカネを見る。カインへの遠慮と申し訳なさで、何をしたら良いのか、判断しかねているようだった。助け舟を出してみる。

「じゃ行ってくるよ。シルバよろしくね。アカネは……そうだな、昨日買った食料がまだ冷蔵庫に入っているから、それでも食べてて」

 突然の提案に顔を真っ赤にするアカネ。

「さ、さっき食べたでしょっ! もうっ、私はそんな食欲旺盛じゃないって言ったじゃない! 私だって飛行艇の整備くらい出来るのよ? 変なイメージ持たないで!」

 カインは予想通りの反応を示すアカネに笑顔を向ける。その後ろでシルバとアイコンタクトを交わした。


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