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第一章 陸

 決定的な解決策を得る事無く、食事を終えた三人は、持ち寄る情報では不足していることを悟り、情報収集へ行動指標を切り替えることにした。

 食堂を後にし、向かった先は職業斡旋所。ケルマディックで働けなくなった者、事情により所属のキャラバン隊を脱退した者などが利用する。そんな場所であった。もちろんカインたちの目的は仕事の斡旋を受ける為ではない。あくまでも、移動手段の確保が目的である。

「しかし職業斡旋所で本当に、移動手段の情報を得られるのだろうか?」

 斡旋所へ向かう途中、シルバはつい疑問を口にした。

「うん、下手に移動手段を聞きまわるよりはいいと思うんだ。だってキャラバンの基本的な仕事は他地区からの物資を買い付け、売り捌くことだし。つまり仕事内容には、この地区からの移動が条件に必ず含まれてくるからさ。もしかしたらイズモの検査対象外の、簡易的な仕事があるかもしれない。そう思ってさ」

 カインの回答に、アカネは感心の表情を隠さない。

「へぇ、確かに仕事としての移動なら、案外カモフラージュになるかもしれませんね。たとえ検査があっても、仕事の許可が下りていれば、きっと移動できますよね? 最終的に記録を調べられても、最初は彼らも通常の移動ルートから調べるだろうし、私たちの存在の発覚が遅れることは確かでしょう。とてもいい案だと私は思います」

 かゆくも無い頭の後ろをかきながら、カインは二人を先導するように歩いた。

 職業斡旋所は、あくまで通称であり、本来はキャラバンを統括する施設である。ケルマディック側との交渉や、各地区からやってくるキャラバン隊同士の衝突などを仲介するなど、役所的場所でもあった。人の出入りも激しく、食堂ほどの喧騒は無いまでも、人口密度的には何倍もあった。

 その人通りの多さを利用しつつ、三人は職業斡旋所へ入ってゆく。食堂とは違い、割としっかりとしたその建物は、カインの自宅同様の、茶色く薄汚れてはいるが乳白色で、十倍はあろうかと思われる大きさの、ドーム状の建築物であった。三階構造であり、まるで何かの乗り物が出入りする、ドックの入り口をそのまま活用したような表玄関が存在する。そこから中に入ると、おそらく後付けと思われる大きな窓から光が取り込まれていた。一階の空間には、どこか重厚な空気があり、人は大勢いるが、あまり口数は多くない。三人はまっすぐ突き進み、正面にある受付へ職業斡旋の旨を伝え、二階へ上がる許可を貰った。

 二階のフロアは、半分が職業斡旋所となっている。求人方法は多様で、各種掲示板に張り紙をするという古めかしい方法もあれば、電子掲示板のディスプレイを活用し、その場で登録をするということも出来た。また、採用者側が直接呼び込みをしている場合もある。一階の受付に流れていた、重厚な空気とは打って変わって、忙しなく人々の声が行き来していた。

 眼前に広がる光景を物珍しく眺めていたアカネは、思わず声を漏らす。

「うわー大勢いますね。あの掲示板にあるのが求人なんですか? あの電子掲示板は? あの人たちは何を?」

 カインはそんなアカネの興味を軽く流す。別に悪気が合っての行動ではない。ただ、アカネに対するシルバの対応を少しだけ真似てみたのだ。

「まあ説明より、とりあえず回って見ようよ。条件に見合う仕事を探さなくちゃ」

 シルバも確信犯的に微笑み、右に倣う。

「そうだな、手分けして見て回ろう」

 興味津々のアカネを他所に、シルバとカインは互いに別々の求人案内を見始めた。

「ちょっと、私も見るって!」

 アカネは慌てて二人の後を追った。横目に二人は微笑む。アカネは少しだけ天然な部分がある。カインはそう思った。

 しばらく三人は辺りを見て回った。カインは張り紙を一つひとつ注意深く見て行き、シルバは電子掲示板を操作して検索をする。アカネはそのどちらとも付かず、求人の呼び込みに四苦八苦を繰り返していた。

 しばらくして、互いに情報を得た三人は合流し、二階の隅に設けられている、簡易休憩所に集合した。共に浮かない表情を突き合わせていたので、状況の芳しく無さが、すぐに伝わる。

 最初に口を開いたのは求人の書類を幾つか抱えているアカネで、

「どうでした? 何か移動手段になりそうな仕事はありましたか? 私の方は正直あまり良い話は無いです」

 申しわけなさそうに俯く。シルバは軽く微笑む。

「口頭での情報収集をしようとしていたのは見ていたよ。アカネにしてはめずらしいが、なにサボっていたわけではないのだ、気に病むな。私の方もあまり芳しい話は無かった。強いて上げるのであれば、水素産業に関わる仕事は避けて探したのだがな、これが実に少ない。精々、食料の買い付けに行くというものくらいだったな」

 両手を広げ、半ば諦めに近い仕草をしてみせる。カインの表情も浮かない。

「みんな似たようなもんか。俺の方は仕事のほかに、条件なんかも見たんだけどさ、まず男女二人同時に募集してる仕事があまり無いよね。シルバの言った食料関係みたいな、移動の条件ありってのもあったけど、ほとんどは見習いとして、しばらく留守中の商店管理をするって内容だったよ」

 三人は設けられていたベンチに横一列で座り、沈黙する。

「やはり、密航しかないか……」

「シルバ、それは!」

「まってよ、俺もう少し探すからさ」

 同時に三人はため息をした。

 あそこまで深い話を聞いたカインとしては、どうしても有力な情報を二人に伝えてあげたかった。二人は表情に出さないが、森でのシルバが見せた態度を考えれば、決して時間に余裕があるわけではないのだ。ましてや相手はあのイズモである。

 ここでただ座っていても、事態は何も解決しない。分かってはいたが、動き出すことも出来ない。三人は誰が喋り出すことも無く、ただ、新たな案は無いか模索を続けた。

 この沈黙を破ったのは、一旦自宅へ戻って別の案を考えようと提案するつもりであったカインではなく、もう一度、内容を絞って求人を探すことを考えていたアカネでもなく、最終手段も視野に入れておかねばいけないと判断しかけていたシルバでもなかった。

「あっれーカインじゃん! 何してのさこんな時間に、こんな場所で。ははっ! さては仕事クビになったなー。やっぱりな、あんたじゃさ、あんな仕事無理だと思ってたんだ。半年だろ? 根性ねーなあ」

 三人の座るベンチの前で、両手を腰に当てながら喋るその人物は、短めの黒髪を後ろで結わっただけの短いポニーテイルと、凛々しくも美しい顔立ちが特徴的であった。格好はなぜか全身を覆うように薄汚れた布を巻きつけている、世を忍ぶような格好だった。背にたれるフードを被ればさながら魔法使いのような出で立ちなので、いかにも怪しい。その反面、耳や首周りに木や石で作られたアクセサリーを控えめにも着用しているので、ことさら怪しかった。

 三人のうち、アカネはどこと無く気品がある男性だなと思い。シルバは活発そうな女性だと思った。カインは良く知るその人物に対し、露骨に嫌な顔をする。沈痛な空気に場違いなテンションの声。

「なんだよ、ただでさえ辛気臭い顔してんのに、さらに磨きをかけようってのか? そんな怒るなって、仕事なんていくらでもあるだろ。なんだったらうちの仕事やる?」

「勘違いだよ! 辞めてないし、根性なし呼ばわりされる覚えはないね。ちなみに辛気臭い顔ってのは否定しないよ。お前が俺の目の前に居るからな! それになんだその格好、放浪者のつもり?」

 カインの言葉を笑いながら聞き流し、今度は置いてけぼりな二人に視線を向ける。

「それで? いつもの冗談はここまでにしてさ、そちらの二人は誰かな。カインがあたし以外と連るんでるのなんか珍しいじゃんか」

 カインは思わずベンチから立ち上がる。

「お前と連るんでないし! そして、二人の素性を聞く振りをして、さも俺が知り合いの少ないかのような方向に話を持っていくな!」

 カインを無視。自己紹介を始めた。

「自分はレンカ=アカミネ、レンって呼んでよ」

 レンはおもむろに右手を差し出す。シルバは若干困惑しながらも、握手で答える。体格的にはアカネと同じぐらいの身長で、立ち上がると見下ろす形となった。

「私はシルバと呼んでくれ、こちらの女性はアカネ。昨日ケルマディックに着いた流れ者同士だ」

「ど、どうもアカネと言います……」

 レンは二人に顔を近づけて、じっくり見回す。

「へー今時ね! めっずらしいんだー。なんでまたケルマディックなのさ。いきなりこんな職業斡旋所へ来る辺り、商売人ってわけじゃないんだろ? なんで、ねえなんで?」

 困惑する二人、たまらずカインが間に割り込む。

「もう! いいだろそんな事! 何か用でもあるのかよ。無いんだったら俺たちもう行くぞ。忙しいんだ」

 レンに関わると真面目な話しなどほぼ不可能。それが今までの経験から来る結論である。適当にあしらってこの場を去るべき、カインは冷静に判断した。

 レンはカインに対し、わざとらしく驚きの表情を向ける。

「ほー仕事サボってる奴にしては偉そうなセリフだな。何か事情ありかい? お姉さんに相談してみな」

「同い年だ!」

 レンは屈託なく笑う。

 カインは冷静さを装っていたが、この場を去るという案がすぐに消えてしまった。レンのふざけた態度を毎度のことだと理解しながらも、つい感情的に反応してしまう。反応した時点で、優位に立たれてしまう事を知っているのに。

 だが、斜め前で座るアカネの口走った一言が、小馬鹿にされる立場を逆転させた。

「じょ、女性だったんですね……」

 突然の発言にアカネ以外の三人が思わず唖然とする。

「……アカネそれは無礼だ」

「……ぶふっ! よく言った!」

「……えーまじ?」

 片手で目を覆うシルバ、笑いが止まらないカイン、呆然とするレン。

 三人の反応を見て、アカネはいかに自分が失礼な事を口走ったかを理解した。

「す、すすす、すみませんっ! 私なんて事を! いや、ちょっとかっこいいなーって思っただけで。違う違う! き、綺麗だなと……」

 混乱しながら、言い訳をするアカネに対し、レンはあえて得意顔で肯定をした。

「まあ、あたしもキャラバン隊の中で一番の男前、腕っ節と言われてるくらいだからな!」

「それ、皮肉だよレン……」

 レンはすまし顔でカインに微笑む。

「腕を上げたな、カイン。中々切れのある返しだったよ。もう教えることは何も無い」

「師匠ヅラかよ! そして何の腕前の事だよ! だいたい教えなんて……はぁ、いいやもう。シルバ、アカネ行こう。キリが無いよ」

 その声で、シルバははカインの後ろ側まで移動する。

「そうだな、やはり一度戻って考えをまとめてみるか。すまないなカイン。手間を取らせるが、また自宅を貸して欲しい」

「そりゃ全然いいよ。俺もそう提案するつもりだったんだ。シルバ、どこか戻る前に行きたい所は?」

 シルバは一瞬考え答える。

「そうだな、出来れば飛行機械の離着陸場を見ておきたい。最悪の場合もあるんでな」

 最後の部分は小声であった。アカネに聞こえないように。

 当のアカネは、レンに対して執拗に頭を下げていた。近くに居るのに、こちらの話など聞いてもいない。レンは調子に乗って落ち込んでいる振りをしている。カインにはわかる。

「本当にごめんなさい……」

「いや、謝ってくれるな。誤ってと掛けて二倍へこむ」

「ほっといていいよアカネ、行こう」

 カインが肩を落とすアカネに声をかける。しかし反応したのはレンだった。

「待てって。別に用も無く話しかけたわけじゃない。ちょっと聞きたいことがあったのさ」

 無愛想な顔でカインは対応する。

「なんだよ」

「いやな、あたしはARRの出場登録をする為にここに来たんだけどさ、登録名簿にカインの名前ないじゃん。今年は出ないの? 登録期限明日までだけど」

「あ、もうそんな時期か忘れてた」

 思い出したと言わんばかりの表情を見せるカインに対し、アカネは疑問顔であった。

「カイン、ARRってなんですか?」

 答えたのはレン。

「知らないの? エアーズロックレースの略称だよ。飛行機械でオーストラリア大砂漠大陸を舞台にして、大陸を横断するレースさ。レース名の由来は地名の場所を通るからってのらしい。ロックでイカれた風乗り連中の祭典ってのが由来だって噂もあるけどな!」

 シルバも会話に参加する。表情がうれしそうなのを、アカネは見逃さない。

「ARRなら知っている。アマチュアも参加できる飛行機械レースの中では、たしか最高峰の部類に入るレースだったはずだ。とても危険なレースだと聞いている」

 カインも話しに乗っかる。

「シルバ詳しいね。そうなんだよ、結構危険なレースでさ、武器の使用は禁止だけど基本は何でもありなレースだからね」

「だろうな、オーストラリア大砂漠大陸自体かなり危険な場所だからな。大砂漠大陸、飛行訓練で何度も飛んだが、岩と旧都市の残骸を障害物に、水分の少ない環境が拍車をかけて飛行の困難さを増長していた事を覚えているよ。大陸の横断は大変だった」

 坦々と経験を語るシルバに対し、カインが尊敬の目で見つめる。

「飛んだことあるんだ! それも横断してるなんて!」

 アカネがいつ、この飛行機械談義を中止させるかタイミングを見計らっている中、レンもシルバに対しての意外さを感じつつ、意地悪く笑う。

「目輝かしちゃって。カインは目標が、完航! だもんな。やれやれだぜ」

「お前もだろがっ! 何さりげなく上に立とうとしてやがる!」

 とにかく無視。

「シルバだっけ? すごいね横断した経験があるなんて。もしかしてプロのレーサーか何か?」

 レンの質問に、シルバは少し回答を困る。

「プロというか……まあそんなものだと思ってもらっていいか。レンだったね。カインが同い年と言っていたが、君も飛行経験があるのか?」

 見た目よりも実は立派な胸をはり、レンは答える。

「まっねー! ケルマディック一のスピード狂たぁ、あたしの事さ」

 シルバは苦笑い。その態度にではなく、事実に。

「カインといい、その年齢で飛ぶ人間がこんなに多いとは……」

「へへっ。で? カインどうするのさ参加。するんだったらいつもみたく、うちのキャラバンに来なよ。どうせ一人での参加だろ?」

 カインはその場で考える。本来レースの参加はチームでするのが基本であり、今まではレンのキャラバン隊が組織するチームに所属して参加していた。出来れば今年も参加したい。だがレースは僅か五日後なのだ。今の状態を考えると、参加は出来そうもなかった。

「残念だけど、今年は無理だと思――」

「ストップ!」

 カインが話し終える前に、タイミングを計っていたアカネが割ってはいる。話の腰を折るタイミングは間違っていた。

「あ、いやその話は終わり! だとタイミング的になんか変か。えっと、カインはそのレースにいつも参加しているんですよね? だったら参加すべきですよ! 私たちはその、気にしないでください」

 カインは困惑する。

「いやそんな……」

「そうだな、参加すべきだ。私たちの事でこれ以上自分を犠牲にするな。私たちはすぐに立ち去ろう」

シルバもアカネに同意する。

考えるまでもない、カインはそう思った。

「いや、参加しないよ」

「何故だ? 気にすることはないんだ」

「そうですよ!」

 信じられない話を聞いて、別に正義感が目覚めた訳ではなかった。使命感でもない。ただ、興味があった。青すぎる冒険心、それだけがカインを駆り立てていた。

「二人に協力する。もう決めたんだ」

「…………」

「…………」

 二人は何も言わない。否定をしなくてはいけない、だが協力をしてほしい。複雑な心境があった。

 そんな沈黙もレンの破天荒さには何の関係もない。

「えー参加しないの? もったいない。今回の優勝者はさ、賞金だけじゃないんだ。副賞で中型の飛行艇がついてくるんだぞ! うちの連中なんかもう躍起だよ。優勝候補になってから騒げってんだよな」

 中型の飛行艇。正直あまり魅力は感じなかった。キャラバンの人間からすれば、新たな移動手段の確保は大きいのだろうが、カインのような個人からすれば、使わない飛行艇があっても維持費が掛かるだけで、メリットはない。そもそもレンの言う通り、あくまでカインの目標は完航であり、優勝など考えられる立場ではないのだ。

 だが、カインは何か引っかかった。

 優勝賞金と副賞の飛行艇。本来狙うことなど出来ないのだが、いつか完航出来たときは狙いたい。夢であった。

 実現に必要な事はなんだろうと考える。一つは完航して得る、地理感覚。もう一つ高い飛行技術。プロレーサー級か、あるいは軍隊の士官クラスの――。

「そうだ! あったよ移動手段の確保方法!」

 カインはレンから聞いた話と、今取り組んでいる問題とを結び付けていた。

 話を理解していないレンは、会話になっていない発言をしたカインに対し哀れみを込めて眺め、話を絶望的に思慮している二人は、突然の希望的な発言に驚いた。

「本当? カイン、どんな方法!」

 アカネは興奮して薄い心の壁を崩落させる。

「レースに参加する。そして優勝するだけさ! 飛行艇を手に入れて、ついでに賞金も手に入る」

 発言に対し、レンは開いた口がふさがらなかった。

「は? 何を目開いて寝言を言ってんだよ。あたしゃお前をそんな楽天家の大馬鹿者に育てた覚えはないよ! 顔洗ってきな!」

「母親かっ! て、どうでもいいよお前とのやり取り。ややっこしくなるから黙ってろよ!」

 カインはシルバの方へ力強く、尊敬の念を込めた視線を送る。

「シルバ、さっき横断に成功しているって言ってたよね。所属は飛行士の最高峰で間違いないよね?」

 ここまで話し、アカネもシルバもカインの言わんとしている案が読めた。

「わかった! シルバね! うん、いけるいける。なんて言っても次期エースのナンバーワン候補生だもの。そこらのアマチュアやレースのプロなんかに負けやしないわ!」

 アカネはまるで自分のことのように、シルバの実力を自負してみせる。シルバへ視線を送る。

「いい案よシルバ。だってオーストラリア大砂漠大陸なら、訓練で教えられた専用空路を使える!」

 シルバは即答しない。考える。案はどこまで現実的で、どこまでが実現可能かを冷静に。

「なるほど、悪くはない。問題は色々あるが、今は手がないからな。その案を検討してみる価値はありそうだ」

 三人はお互い目を合わせ、頷く。決まった。

 一人だけ全く会話について行けないレンは頬を膨らませ抗議する。

「三人で納得するなよ。あたしも混ぜて話せよな。何かやらかす気だろ? 面白そうじゃんか」

 カインは神妙な顔でレンの方に手を置く。

「ありがとう。初めてお前に感謝するよ。今度なんかあったら言うこと聞くよ」

 レンも負けじと神妙な顔で返す。

「それはあれか? ここを去れと暗に示しているのか? まあいい、じゃあ言うこと聞けよ。お前あたしと結婚な!」

「どんな答えを求めてんだよ! 突っ込みのハードルが高すぎるだろ!」

 レンは優しく微笑む。

「今度、書類関係提出しないといけないな。奴隷契約書持っていくから判子用意しとけよな」

「最低な奴だなお前! てかそんな凶悪な書類あるの? そっちにビックリするよ。今すぐ一階に下りて俺が裁判の書類を出したいよ」

 カインがアカネとシルバの関係を強固なものに感じたように、二人から見て、カインとレンは血の繋がった兄弟のように思えた。

 二人は希望が出てきた事に対し、力が湧き出てくるような感覚を覚える。

 だが、明るい希望は、手探りであったが見えてきた光明に、暗い影が覆うかのような情報で先細る。時間は差し迫って、アカネとシルバを追い詰める。

 四人が話し込んでいた休憩所、常設してあるのはベンチと冊子類を置く棚、そしてテレビ。その中のテレビから、緊急の放送が入る。

 緊急放送用の警報音がスピーカーから流れ、画面が緊急放送に切り替わる。映像では、キャスターと思われる女性が一礼をし、放送の旨を伝える。

 四人は音と映像の切り替わりに反応する。




『緊急ニュースをお伝えします。今朝方、ケルマディック近郊の森に、何者かの不審者を乗せた飛行艇が墜落をしたと思われる痕跡を発見したと、イズモオセアニアの報道部が発表しました。発表によると、機体は損傷が激しいが、森に被害はないとの事です。しかし、搭乗者の遺体はなく、憶測ではまだ森に潜んでいる可能性があるとの事です。原因は分かりませんが、ケルマディックの稼動を停滞させ、イズモの管理する水素抽出を阻止しようとする、テロリストの犯行の可能性もあり、森に放火、または直接ケルマディックを襲撃してくる可能性も予想されます。今後の情報に注意し、外出を控えるよう心がけてください。また、不審者を発見した場合は、直接的な行動は控え、速やかにイズモ管理局に通報をしてください。繰り返し、お伝えします。今朝方――』




 口を真一文字に閉め、それ以上動揺を出さないようにするシルバ。顔が青ざめて、俯くだけで精一杯のアカネ。カインはただ発見の早さに苦悶の表情を見せていた。

 一人笑顔ではしゃぐのはレン。

「おっと、こりゃ大変だ。イズモの公式情報じゃ真実味は高いな。面白いじゃないか。テロリストだって? この話しじゃ森に落ちたって言ってるけど、あの森、大海溝に囲まれてるから、ここまでは来れないんじゃないかな。でも来れてたら、結構大変だよな? どう思うカイン?」

 カインはなんとも言えず。ただ誤魔化す。

「無理だろ、徒歩で海溝を越えるのは……。きっとまだ森の中だよ」

 レンは残念そうに小さな顔を横に振る。

「つまんなーい。その反応は零点だよ。どうした? いつもの切れがないじゃないか。そんなに楽しいならお前がやっつけに行け! ってのがカイン的な正しい反応だろ」

「うっさい!」

 レンはその反応を見て満足そうに笑う。何も答えない。

 シルバがゆっくりカインに近づき、言う。

「カインそろそろ行こう。もうすぐ自宅の修理に業者が来るのではなかったか?」

 カインは一瞬だけ、疑問の表情を浮かべ、すぐ肯定の頷きに切りかえる。

「そうだね。少し遅くなっちゃったから、急いで帰らないと」

 すばやく頭を切り替えた二人は、まだ顔の青いアカネに視線を送る。

「アカネ、ほら行くぞ」

 シルバがアカネの細くて小さな手を握る。

「うん……」

 手の温もりを感じたアカネも、ようやく現実を受け入れて、小さく頷く。

 三人は慌てる事無く、一回へ降りる階段へ視線を送る。

 一人笑みを浮かべて、両手を頭の後ろで組んでいたレンが三人に声をかける。

「へいへい、さっきあれだけ優勝だ! って息まいてたARRの参加登録を済ませないで帰る気かい? 飛び入り参加なら面白そうだから大歓迎だけどさ、優勝しても手錠をもらうだけだと思うけどねー」

 カインはうっかり忘れていた。冗談めかしに皮肉ぶっているが、レンの配慮に少し感謝をした。

「ごめん先に二人で帰れるかな。レンの言う通り、参加の登録してかなくちゃ」

 シルバはカインを見て、一回だけ頷く。

「大丈夫、場所は覚えているよ。二人で帰れる」

 アカネは申しわけなさそうにカインに答える。

「ごめんなさい。お願いします」

 カインは二人に笑いかけ、ARRの参加登録が可能な電子掲示板へ向かおうとする。

 そのカインの首を、チョークスリーパーの形でレンが突然締め上げた。

「こらー、客人だけで家に向かわせるなんて無作法にも程があるぞっ! お兄ちゃんしっかりしなきゃ!」

 ある程度苦しめた後、腕を解く。カインはむせ返りながら、レンを睨む。

「げほっ! なにすんだ馬鹿! お前なんかが妹なら今すぐ絶縁だ!」

 カインの反応を満足げに、何度も頷くレン。

「いいから二人を連れて行けよ。あたしが登録はしとくからさ。急いでんだろ?」

 カインは少しだけ憮然とした表情をしながらも、

「悪い、頼むよ」

 心の底からレンに頼んだ。

「了解しました!」

 レンは軍隊よろしく敬礼のポーズをとり、その場駆け足を始める。

 カインはあえて突っ込まず、アカネとシルバに帰宅を促す。

「レンに任せて、ここは行こう。飛行艇の整備もあるし、時間が惜しい」

 二人は頷く。そして三人は正門へ繋がる一階へ降りる為の階段へ向かう。

 階段を下りる前、駆け足で電子掲示板へ向かったレンは、なぜか三人の下に戻ってきて、

「言い忘れ! 出発は明後日の早朝、場所はあたしたちのキャラバン隊が所有する飛行艇のドックな。隠密行動は早朝が一番だぜぃ!」

 意味深ないい忘れを伝えた。

「それと、レンちゃんのワンポイントアドバイス! 真正面から出ると、さっきの報道があったから、防犯カメラを覗く盗撮野郎がいるかもよっ! ちなみに、非常口は内側からなら鍵は掛かっていないという伝説を聞いたことがある」

 唖然とする三人。その顔を見て、事情を知らないはずのレンが意味深な微笑を浮かべる

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