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第一章 伍

 形だけの憤懣な表情を浮かべて先を歩くアカネを見ながら、シルバとカインはキャラバン隊が管理する露天商の喧騒をカモフラージュに、逃走と情報提供についての話し合いをしていた。

「で? 具体的には何を知りたいのさ」

「そうだな、なるべく早くここを去るべきだと考えると、一番知りたいのは移動手段の有無だな」

「移動手段か。それだと通常は航空機を利用すると思うよ。ケルマディックでは陸路の移動は、ほぼ無理だしね。起伏が激しすぎるから」

 カインの答えに対し、シルバは顔を左右に振る。

「一般の航空機ではダメだ。管理しているのはイズモだからな。記録も残ってしまうし、追跡者もそんなに甘いものではない」

「難しいね。それだとあとは個人所有の移動機械に頼るしかないか。ここのキャラバン隊はそれぞれが色々な地域から来てるからね。移動手段はいっぱいあるよ。ただ、飛行艇に飛行機、飛行船なんかもあるけど、どれも一応簡単な積荷検査がある。密航を交渉することになると思うけど、密航ともなると普通は避けられるかな。中にはお金次第で請負うって話も聞いたことはあるけど」

「金か、厳しいな。手持ちはあまり無いんだ。金に換えられそうな物も、墜落した飛行艇にほとんど積んでいたから、有るのは水素金属くらいか……」

 水素金属、おそらく例の高純度水素金属の事だろうとカインは考える。たしかにキャラバンの人間なら水素金属に食いつくことだろう。価値の変動が無い水素金属なら最高の取引材料となるし、例の金属は特殊だ。通常の流通にはまず流れない代物。誰だって興味くらいはある。だが、

「あの水素金属のことを言っているなら止めた方がいいよ。特殊すぎるから、取引した相手が入手経路を調べられてしまう可能性があるんじゃない?」

 あえてカインは否定をした。シルバも同意をする。

「確かにな。あれは特殊なものだ。売ったり買ったりなどが出来る代物ではない。それに持っていれば役に立つこともあるだろう。情報提供だけで巻き込まないと約束したから、あまり深くは話せないが、あれは用途によってはとても危険な代物なんだ」

 きっとイズモ本部からの逃走に関する事なのだろう。追求すべきではない。配慮を感謝すべき、そう思った。

「それなら益々大変じゃないか。絶対に売るべきじゃない。でもお金が無いんじゃ、それこそ本当に陸路をいくなんて選択肢しか無くなるんだよね。死にに行くようなものだよそれ。俺の飛行艇を少し改造して三人乗りにしてもいいけど、それでも燃料の問題があるからあまり遠くへは行けないし、ここを離れたら情報提供しか役に立てない俺なんて、足手まとい以外の何者でもなくなるからね」

 自嘲ぎみのカインに対し、シルバは優しく笑いかける。

「そんなことは無い。今朝方話しをしたが、君の歳で飛行艇を持って、実際に空を飛んでいる人間などそう多くはない。君ならイズモに来ればあっという間に若手のエース候補になるだろう。進学を考えたことは?」

 嫌な話題が二日連続で来たことに、少しだけ気が滅入った。しかしカインは、シルバに話す程度ならまあいい、そうも思えた。

「はは、落ちたんだよね俺、それも書類で。一応進学の意思はあったんだけどさ。だからここで働いているって訳。正規の飛行士にはなれなくても、俺には飛行艇があるからね。維持費や燃料費を稼がないといけないから」

 笑いながら話したカインはシルバの顔を見て少し驚いた。シルバは唖然としていた。

「馬鹿な……その歳で飛行経験のある人間を落とすなんてありえない。しかも書類で落ちたと? 経験者だと書いたのか?」

「か、書いたけど……」

 シルバは首を傾げる。

「どういうことだろう。書類にも書いてあるのなら、よほどの嘘つきか、有望な人材の二択になるから、一応見ておくという判断にはなるはずだが」

 少し気まずくなったカインは、慌てるようにこの話題を終わらせようとした。

 理由。あの人たちの活動。カインにはこの話をする勇気はなかった。

「もういいんだって! それにほら、今朝の話だとむしろ行かなくて正解じゃないか。何も知らないでいて、空を飛ぶことばかり考えるよりさ、何かしながらでも、色々考えながら飛ぶ方が俺は好きだよ。それより移動手段の話! 全然解決してないよ!」

 一瞬の沈黙、露天の喧騒だけが二人の耳にこだまする。

「進学する必要など何もなさそうだな。既に飛行士だよ君は」

 その言葉に、ちくりと心が痛んだ。本当は学びたかった。飛行士として飛ぶことをずっと考えていたかった。そして、あの人たちの話を、勇気があればしたかった。今朝のイズモについての話を聞いた今なら、シルバは理解をしてくれるかもしれない。蔑み、哀れむ事をしないでいてくれるかもしれない。そう思った。

 ふと我に返って気がつくと、シルバがカインの様子を伺っていた。どうやら無意識のうちに立ち止まって変な表情をしていたようだ。

「どうした? 急に押し黙って、お姫様のように空腹に耐えかねて――」

 我に返ったカインは、自分が考えていた事を押し殺して、なんとか心の発露を表してしまったのであろう表情について、誤魔化そうと口を開いた。

 だが、声を発する前に、立ち止まる二人の前で腰に両腕を当て、形だけではすまない憤懣の表情を浮かべているアカネが、先に言葉を発していた。

「シルバ! 別に私は空腹に耐えかねていたわけじゃないの! 何よ歩くのが遅いから心配になって戻ってみたら、人の揚げ足を取って、さらに軸足まで払うような話をしているし。女の子に配慮が足りない人はキライ!」

 かなりの剣幕だった。シルバはやれやれと声にならない声を発し、カインは二人の顔を交互に見ていた。アカネと目が合う。

「カイン、誤解しないでくださいね? 私はそんなに食欲旺盛って訳じゃないですから。ただ、イズモを出て何も食べていなかったから、油断して……はぁ」

 今度は一転、アカネは赤面し、しょげた。

「誰だってお腹が空けば、ね。でも、そう言えば……ははは」

「わ、笑いました?」

 アカネの言動に思うことがあり、カインはつい口に出して笑ってしまった。アカネは悲壮とも驚愕とも言える顔をカインに向ける。

「違う、違う! ごめん、その、別にお腹の音が可笑しくって笑った訳じゃなくて、たださ、俺とシルバを相手にするのだと、口調が違うなーって思ってさ。それがなんか可笑しくって」

 アカネは百面相のように、今度は困惑顔のまま停止している。代わりに話したのはシルバだった。

「はっはっは、カインは人が良く見えているな。アカネは幼い頃から一人で居ることが多くてな、誰かと仲良くなるのが苦手なんだ」

「苦手なんかじゃない!」

 怒涛の剣幕でシルバに食って掛かるアカネであったが、シルバは涼しい顔でそれをいなす。

「その口調が慣れない人間に出来ていないから、カインに指摘されるのだろう?」

「むぅ……」

 アカネは唇を尖がらせた状態で停止する。

「これだからな。学院でも浮いているんだ、アカネは」

 苦笑いのシルバと、苦虫を噛んだような表情のアカネ。

「話を逸らしたいだけでしょ! シルバに配慮が無いって話しだったのに。それがなんで私の学院生活に――」

「カイン、アカネと仲良くしてやってくれ」

 シルバは抗議の声に耳を傾けずカインに語りかける。

 カインとアカネの目が合う。カインは引き攣ったような笑顔を向けた。

「そ、そんな同情めいた関係なら要りませんっ!」

 耳を真っ赤にして、アカネは二人を置き去りにどんどん歩き出していってしまった。

 そんな後ろ姿を眺めながら、シルバはさらにカインに語りかける。

「家庭の事情が原因なんだ。アカネの周囲は人間関係が特殊でね。私は事情があって幼い頃からアカネと接してきた。だから彼女の他人行儀な口調の対象外なんだ。今は無理かもしれないが、時間が経って、アカネが家族について話した時は、カイン、君も対象外になってあげてほしい。お願いすることではないんだが、アカネはああいう性格だからな」

 シルバの愛情のこもった願い入れを聞き、ふと朝方にアカネが目を覚ました時のことを思い出した。目が覚めて、アカネはすぐにシルバを探していた。二人の関係、決して切れない絆なのだろう。カインはそう思った。

「誰だって心に壁くらいあるよ。でも案外、アカネの壁って高くて薄い気がする。感情が高ぶると、本質が見えちゃっているような気がするしね」

 微笑みながら答えるカインに、同じように微笑んでシルバが返す。

「そうだな。きっと慣れてないだけで、アカネも歳が近いカインの存在をうれしく思っているんだよ。だから本音を言いそうになる」

 人ごみが徐々に増え、先に進むアカネが段々見えなくなるので、二人は話を切り上げ、歩みを速める。少し目を凝らすと、初めて来た場所で進む方向が分からず、仕方が無いという表情で足を止め、こちらを睨みつけるアカネの姿が確認できた。

 二人は笑う。






 三人はキャラバン隊専用の食堂で朝食をとった。周囲は相変わらずの喧騒に包まれ、それぞれが個々の話に没頭している為、誰が何を話しているのかは、ある意味密閉された個室で話すより聞き取れない状況だった。

 各々の食事を三人が座れる丸テーブルまで運び、食事をとりながら話は続いた。

「結局、移動手段はあるにはあるのだけれど、それには少なからずお金がいる。そういうことでよろしいですか?」

 腹の虫の件を気にしているのか、決して早くないペースで、むしろ必要以上に遅く食事を口に運ぶアカネ。そして必要以上の他人行儀な言葉使いである。

「だね。結論はそうなると思う」

 カインは口に物を入れながらも答えを返す。

「ならば考える方向を変えねばならないな。移動手段をどうするかの前に、資金をどう手に入れるかという話だ」

 傷が痛むのか、シルバはあまり食べていない。

「そうですね。何か物を売ることが出来ればいいのだけれど、今は何も持っていない状態だし、別の手段を考えるしかないかも……ですね。」

「働くってこと? ここケルマディックで?」

 アカネは少しだけ気分が沈むのを感じる。

「時間はあまりないですけど、方法がそれしか無いのであれば……」

「あるいは、不法な手段を用いるかだ」

 シルバが坦々と話し、アカネは唖然とする。

「不法ってシルバ何を……」

「言葉の通りだよアカネ。善悪の区別を考えないのであれば、すぐにでもここを発つことは可能だ。金品の強奪だって出来るし、極端な話飛行艇をまた盗めばいい」

 すぐに否定の表情と声でアカネは反論した。

「だめよ! 捕まりでもしたら、終わりじゃない。第一出来るわけがない! 飛行艇を盗んだといっても、私たちはイズモ所属の飛行士訓練生よ。支給機なんだから完全に盗んだわけじゃないわ!」

「分類すれば同じことだ。それに、正当な手段でお金を稼いだとして、移動方法は密航しかないんだ。そうだったろうカイン?」

「あ、ああそうだね。」

 カインはただ相槌を入れる。

「密航も立派な不法的な手段だと思うが? アカネ」

「それはそうだけど、でも誰にも迷惑は掛けたくない! 私たちに時間が無いのはわかっているつもり。でもそれを理由に突き進んで、誰かを傷つけて、きっと私は大事なところで頑張れなくなる……」

 最後は力なく言葉を発するアカネに対し、ただ見つめるシルバ。カインはなんだか居た堪れなくなってしまった。

「俺が口出しすることじゃないけどさ、アカネの言うこと、正しいと思うよ。そりゃシルバの言いたいことは、部外者の俺でも分かるけどさ。急を有する事態が起きた時にさ、アカネが手段を選ばず動けるような人間だったら、そもそもイズモの信じがたい事実を知っても、きっと動かないんじゃないかな。内容は知らないけど、イズモの言う、どうしようもなく真実味のある『理由』を、戦争だったんだから仕方ないって考えると思う」

 シルバは二人の言葉を聴き、軽くため息を出す。やはり子供だ。そう思い、でも笑う。

「ならばより強固な覚悟が必要になる。まったく、とんでもなく困難な選択だ」

 アカネはカインの顔を見て、小さく言った。

「カイン、ありがと……」

 カインは謎のむず痒さを覚え、力なく微笑み返した。

 ただシルバはあくまで冷静である。

「しかしだ、そうなると益々事態は厄介なことになる。最低限可能にしたい理想を上げれば、正当な方法を用い、資金を確保し、移動に用いる翼を手に入れると言った所か。こんな理想を叶えるうまい話をカイン、君は知らないかな? もし知っているのであれば、君は情報提供をしただけと言うには、あまりに憚られる。最高の協力者になるだろう」

 三人は沈黙する。

 そんな話しがあるはずも無い。もし知っていれば、シルバとアカネに出会う遥か前に、自らが手段を行使している。カインの本音だった。


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