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第一章 肆

 立って話をするには時間が掛かりそうという事もあり、動けないシルバもいたので、アカネとカインが向かい合って座っていた椅子を持ち寄っての場となった。

 カインはおとぎ話でも聞くかのような心境で、二人は不治の病を告げる医者のような面持ちで挑んだ。

 シルバが探るようにゆっくりとした口調で話し始める。

「まず、私たちがどこから来たかだが、アカネも私もイズモの学院機関に籍を置いている。所属は空挺仕官学校、私が大学二年で、アカネは高等部に通っていた」

 アカネは軽く補足を入れる。

「ちなみに私は高等部の二年。基本はナビゲーターだけど一応飛行艇の操縦も出来ます」

 イズモの学院機関、それも士官学校となれば、エリート中のエリートが所属する所だった。カインが申請を出し、門前払いされた飛行士科の学校の遥に上を行っている。それだけでも驚きだったが、意外なことは他にもあった。

「え、じゃあアカネさん俺より年上なんだ。全然そうは見えないや。同い年か年下くらいに思ってた」

 これから話す重大なことの前の、あまりに突拍子もないカインの言葉、年下という部分に、アカネはすぐに食いついた。アカネは自分の容姿を余り好ましく思っていなかった。幼く見えてしまう部分が特に。

「な、い、いくら幼く見えるからって年下は無いでしょう? 十六歳なんだから、地域によってはもう立派な大人としてみなされる場合だってあるわけだし……」

「十六なんだ。じゃあ俺と一歳差しかないね。俺は十五だし」

「二歳差です! 私は今年の誕生日を迎えれば十七歳になります!」

 シルバは二人のやり取りを見て思った。

 どっちも子供だ。

「アカネ、その話、まだ続くのか?」

「くっ……続きません!」

 きょとんとしていたカインは、アカネの頬を膨らませた顔と鋭い視線を受け、思わずシルバへ困惑の表情を向けた。

 シルバはそれに軽く首を傾げて答える。

 いつものこと、気にするな。

「話を戻すが、学院機関はイズモの本部にある。本部のことは知っているか?」

「詳しくは知らないよ。旧ユーラシア圏のイーストアジア地区にあるって事ぐらいかな、知っているのは」

「そうだ。つまり私たちはイーストアジア地区からここまできた。飛行艇を一機強奪してな。話というのは何故私たちが、そういった行動を起こしたかだ」

 それは追われて当然だとカインは思った。イズモの飛行艇を強奪など考えられない行為である。

 まるで、あの人たちが行なっていた活動みたいだ。

「かなり信じがたい話になる。それも昔話のように古い話しだ。人類が化石燃料の枯渇で、世界中を巻き込んだ大戦を起こしたことは知っているね」

 それは誰でも知っている。過去の人間を蔑み、哀れんだ出来事――

「過ちの歴史」

「そうだ。あの時代に水素エネルギーの有用性を説き、実用化に成功させた企業。それがイズモカンパニーだ。枯渇しかかった化石燃料の奪い合いが戦争の火種となり争奪戦となった中、地球上に豊富に存在した海水からエネルギーを得られるようになったのだ。戦争はすぐに終わった」

 まるで歴史の授業のおさらいだった。今更幼少期に嫌というほど聞かされた話になんの意味があるのか、カインにはわからなかった。

「それで次は水を奪い合った大海戦があったって言うんでしょ? この歴史がどうしたのさ。その大海戦で地球上にある三分の二の水、森、そして人が消失した。そして再度、表舞台にイズモが現れるって話だよね。以降、地球の水循環機構である『雲』をイズモが管理し始め、世界から争いは消えて平和になりました。誰でも知っている歴史じゃないか」

 訝しげに問いかけたカインに対し、答えたのはいまだ不満を表情に残すアカネだった。

「その誰でも知っている歴史、おかしいって思いませんか? 化石燃料の枯渇で起きた戦争は、国というシステムが生み出した貧富の差が根幹にあって、豊かさを一部の国が維持しようとした結果でした。次の大海戦も同じ。化石燃料の戦争より、さらに進化した兵器と潤沢にあった水素での戦争。史実通り多くの人が犠牲になり、森林は焼けてしまっています。戦争に使われた水素燃料の影響で海も大きく減りました。間違いないです。でも、その三つの減少したモノの中で、明らかに減少しすぎのモノがある」

 明らかに減少しすぎなモノ。それが彼らの逃走劇と繋がっているようには、カインには到底思えなかった。第一減りすぎといえば、全てが減りすぎに思えた。戦争が無い世界で生まれたカインにとって、三つの対象物の減少は異常以外の何物でもない。

「分からないよ。人だって昔はもっと大勢いたって言うし、森も身近にあったて聞いてるよ。ここケルマディックだって昔は海の底だったらしいしね」

「分かりませんか? いい線いっているのに。答えは海です」

 答えは海。見たことも無いその単語が意味する光景。カインは海を想像することも出来なかった。ましてや海の減少が異常であることなど考え至るはずもない。

「君も本当の海の姿を見れば、どれだけ海が異常な減少をしたのかが分かる」

 シルバが、海を想像も出来ないでいるカインに助け舟を出す。

「海ってあるんですか?」

「ある。現在、海と呼ばれる水は世界のほとんどに繋がっている、海溝の底を流れている。言うなれば地球の毛細血管のような形でだ。だからほとんどの人は海を知らない。でも海はある。ここから一番近い海だとツバル地区だな、機会があれば見たほうがいい。その広さと深さを知れば、見識が広がる」

 見たい。是が非でも見たい。カインは心の底からそう思った。カインの冒険心が生み出す白地図に、絶対にいつか行く場所として海が刻まれた。

 そんな姿を見たアカネは、とてもやりきれない気持ちだった。

「分かりますか? 海を見たことが無い。そんな人間が世界のほとんどなんです。人類は一度犯した大戦の過ちをもう一度犯しました。でも、それでも海が無くなるなんてありえないんです。確かに大海戦は大量の水素燃料を消費して行なわれたけど、海は化石燃料とは比べ物にならない質と量を誇ります。それだけで遥太古の時代から存在した海は、無くなったりはしませんよ」

 まだカインは、この話しが彼らの暴挙に繋がるとは思えないでいた。話しが壮大すぎるのだ。

「その無くならないはずの海と、実際は消えてしまった事実の、一体どこに君たちの行動との関連性があるんだよ。全然分からないや」

 一瞬であり、長い沈黙が場を支配している。一度アカネは天井へ視線をやり、次にしっかりとカインの目を見つめた。

「つまり、海は消えたのではなく、奪われたんです」

「奪われた?」

 その言葉に何も実感は得られなかった。奪われる。カインにとってこの単語が意味するのは、せいぜい金品が奪われるだとか、食料が奪われるなどという、身の回りにある危険を表している程度である。それが事もあろうか海という漠然とした存在の、さらに見たことの無い広大な存在を対象に言葉として使われても、全く笑えない冗談にしか聞こえなかった。

「奪われたって海を? 一体どうやって。そりゃあ見たことも無いんだけど、でもケルマディックをすっぽり覆って、さらに空まであったって聞いてる海を、奪うなんて出来るものなの?」

「そう、海とはあまりに大量の水です。普通に考えれば世界から海を奪うことなんて出来ませんよ。でも、その水を圧縮する技術が開発された」

 カインはすぐにピンときた。

「あ! 水素金属か!」

 アカネは正解として頷く。

「つまり広大な海を元素に分解して、原子レベルで圧縮をかけることによって海は水素金属になってしまったの」

 信じられない話であった。カインからしたら、どこが疑問であるかと問われても、答えられないほど疑問しかない。

「で、でも待ってよ。確かに水素金属を精製するには大量の水から水素を取り出して、さらに大量の水素を圧縮しないといけないから、海を奪うって表現も出来なくはないけどさ。昔は世界中に海が広がっていたんだよね? だったらその水素金属の量だって尋常じゃないんじゃないの? そんな物がどこにあるのさ」

 三人の間に沈黙が流れる。アカネとシルバはお互いに視線を合わせ、頷く。どうやらカインの質問こそ、二人が話すべき理由のようであった。

 疑問に答えたのはシルバだった。

「大量の水素金属がどこへ消えたのか。カイン、君の疑問は正しく的を射ているよ。その答えこそ、私たちが行動を起こした決定打だ。さっきイズモ本部の話しをしたね?」

「ええ、イーストアジア地区にあるって」

「実はその答えは正確では無いんだ。正確には、今の時代ではイーストアジア地区にあるという表現が概ね正しい」

 カインは水素金属の話とイズモ本部の話になんの関連性があるのかわからず、少なからず混乱していた。

「今の時代はって、本部は時代によって所在地が変わるとでも? それと水素金属に何の関連が?」

 ゆっくりとシルバは言う。

「関係は大ありだよカイン。言葉通りなんだ。イズモ本部は特定の場所に所在地を設けない。常に移動を繰り返しているんだよ。イズモ本部の大きさを知っているかい?」

「ええ、企業を中心に流通、経済、生活と、その他全てを兼ね備えている場所だって聞いてる。あまりにも巨大な町だとも。なんでも大戦前の繁栄を極めた都市の面影がある唯一の場所だって……」

 カインの回答を補足するようにアカネも答える。

「それだけじゃない。海も、森もあって、人だって大勢住んでいます。空には常に『雲』があって、雨だって降る。雨って知っていますか?」

 二人の顔を交互に見ながらカインは答える。

「雨くらい知ってるよ。ケルマディックだって年に数回、大地に水分を含ませる為にイズモが雨を降らすからね。空から大量の巨大飛行船団が来て水を撒く姿は壮観だよ! でもそうか、雨の降る町って凄いね。そんなに巨大なのかイズモ本部は」

 陽気に答えるカイン。アカネとシルバはその明るい声を聞くだけで使命感をより強くする。

「……なんとなくでも、イズモ本部の大きさを分かってもらえたかな。ではカイン、そのあまりに巨大なコミュニティーをどうやって移動させる? どれだけの労力が必要だと思う? そのメリットは?」

 矢継ぎ早の質問。カインはわからない。答えられず沈黙する。

「答えられないだろう。その通りなんだ。答えなんてあるはずが無いんだよ。移動させるにしてもきっと一世紀以上掛かるであろうし、その労力など今の人口数ではまかなえるはずもない。それでもイズモ本部は移動する」

 分からない。何も分からない。

「考えるんだカイン。莫大な量の水素から生成された大量の水素金属。水素金属の最も優れた特徴は浮遊金属という事だろう?」

 ただ、聞くだけだった。

「いいか、カイン。イズモ本部はね、大地には無いんだよ」

「……は? え?」

 カインは話すシルバの顔を見て、アカネを見る。アカネはその視線に頷いて答える。

「海を使い切ってまで生成された、圧倒的な量の水素金属。その量であれば、凄まじい質量を室内超伝導の浮力で支えられます。それこそ巨大な町だってね。カイン、イズモ本部は……空にあります」

 完全に下手な冗談である。今時低学年の子供でさえ信じない話だった。

 海を奪った技術。水素金属。

 空に浮かぶ町。イズモ本部。

 カインの少ない知識からして、確かに話しほどの水素金属があれば、相当巨大なものを空に浮かすことが出来ると考えることができた。でもそれはあくまでやろうと思えばの話であって、実際は出来るはずは無いと考えるしかなく、存在しているとは思えなかった。

 そして、海を奪ったという話。莫大な量を誇る水素金属を有して、出来るはずもない机上の空論ともいえる事をしているという企業。これら繋がりを考えると、カインの脳内には一つの結論が生まれた。

「そんなことあるわけ……でも、もし本当だとしたらさ、さっき言った海を奪ったって話、イズモが実行したってなるんじゃ……」

 二人は答えない。その沈黙が答えだと言わんばかりに。

 ばかな、世界を救った超巨大企業が海を奪うなんてあるはずが無い。戦争を二度も終結させた存在が、この荒廃した世界を生み出したなんて。ありえない。そう思った。

「嘘だ、そんなの話が大きすぎる! イズモが一体なんの為にそんなことするっていうんだ!」

 カインの反応を見た二人は、無理も無い、そう思った。現代社会において、イズモこそ社会に安定と秩序をもたらす象徴なのだ。幼い頃からそう教えこまれている人間には信じがたいことだった。

「カイン、嘘ではないんだ。君はイズモ本部に行った子供で、帰ってきたのを見たことがあるか?」

 ただただ無心で答えるしかないカインは、どうにも混乱を抑えられず、上の空で答えるしかなかった。

「な、いよ。それが?」

 シルバは、カインが落ち着けるよあえてゆっくりと、優しい口調で話す。

「一度本部に行ったらね。成人するまで外には出れないんだ。時間をかけてゆっくり教育されていく。イズモ本部が空に浮く『理由』をね」

「理由?」

「そうだ、ここで話しても仕方が無い、どうしようもなく真実味のある『理由』だ。イズモを信じている人間が聞かない方が良いほどにね」

 真実、あの人たちが常に口にしていた言葉だった。カインにとっての否定の対象。それが肯定に変わってしまうような気がした。

「だから私たちは既に例外となっている。特にアカネは未成年だからな、追われている理由の一つがそれだ。そしてイズモが一体何を目的にそんなことをするのか。君の疑問もそこに行き着くだろう。私たちも同じだった。つまり、私たちが行いたい事とは真実の解明なんだ。イズモが言う『理由』ではない、本当の意味においての『理由』を知りたい。だからイズモは私たちを追う」

 理由、海を奪って、大地を荒廃させた原因。理解も共感も出来るはずのない事実だった。イズモは常に正しい。それが常識なのだ。否定をすれば、即ち今まで構築してきたアイデンティティーの崩壊を意味する。

 無言で俯くカインを見て、優しくアカネが声をかける。

「信じられないよね? だから無理に信じなくてもいいんです。ただ、私たちはその信じなくてもいい話が理由で追われていると思ってください。あなたの現実を無理に曲げないで」

 その言葉はどこまでも優しかった。信じなくてもいい真実。可能性の一つとして捉える考え方。たとえ受け入れられない話でも、可能性としてだけなら、カインは考えることが出来た。

「そうか……もしそれが本当なのだとしたら、確かに行動を起こすのに覚悟が必要だね。イズモを敵に回すなんて、考えられないもんな」

 あの人たちのしていた事も可能性としてなら考えられる。今更ながらカインはそう思った。決して肯定はしたくないし、あの人たちの行動がカインをずっと苦しめた事実は消えない。でも、それでもきっと、あの人たちにもシルバやアカネのような覚悟があったのだ。そう思った。

「うん、話はわかったよ。すぐに信じることなんて出来やしないけどさ、可能性として頭に留めとく」

 シルバは深く、本当に深く頭を下げた。

「すまない。こんな話を聞かしてしまって。だからアカネがさっき言った通り、物理的な協力はしてもらわなくていい。君が巻き込まれる必要は全く無い。少しだけ情報を頂きたいんだ」

 アカネもシルバとは違う方法で、しっかりとカインの目を見つめる形で、謝罪と協力を仰いだ。

「お願いします。巻き込まないほうがいいなんて言ってたけど、翼を失った今、少しでも情報が欲しい。汚いと思うけど、話を聞いてください」

 カインは逆に困った。誰かにここまで頼られたことなど無かったから。

「うん。俺の知っている情報ならいくらでも教える。それに、あまり力にはなれないかもしれないけど、協力するよ。今ある情報の提供だけじゃなくて、欲しい情報があったら仕入れてくるくらい出来ると思う。正直言えば全然理解できないことの方が多いと思うし、使える情報も無いかもしれないけど、アカネさんの言ってくれた、信じなくてもいいってので楽になれた気がする。気負い無く動けそうだしさ」

 カインはアカネをしっかり見据えて言葉を伝えた。思った通りに。

「そう、ありがとう!」

 アカネの笑顔は、目を瞑って寝ている表情より遥かに綺麗で、悲壮な表情より圧倒的に強かった。カインは思わず見とれてしまった。

「ん? どうしたんですか?」

 ふと我に返り、見とれてしまったこと恥ずかしく思い、顔が赤くならないように、意味も撒く顔を両手で叩いた。

「なんでもない! なんかやる気が出てきただけ! アカネさんもシルバさんも、聞きたいこと、やってほしいことがあるなら言ってよ! 意見でも何でもいいからさ」

 アカネはカインの不可思議な行動に首をひねり、シルバは声も無く笑った。

「では一つ意見を言おう。カイン。情報提供してもらうんだ。さん付けはいらない」

「……あー。え?」

「そうですよ! 呼び捨てでかまいません」

 少し考えて、頷きカインは答える。妙に恥ずかしく、そしてうれしかった。

「わかった、シルバ、アカネ」

 三人は顔を見合って微笑んだ。シルバは今後の方向性に希望を見出し、アカネは本部で誰も協力をしてくれなかった中、新たに仲間が出来たことを心から喜んだ。カインは規則正しい日常の歯車から外れてしまった現実を、少しだけ不安に思いつつも、喜んだ。

 多様な面持ちの三人が、ではどういった情報をと、具体的な話し合いを始めようとした時、最初の最も重要な提案を出したのは、空腹を示すアカネのお腹の音だった。



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