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第一章 壱

 旧オセアニア圏に属するケルマディック海溝、数世紀以上前は豊かな大洋であったこの地域は、見渡す限り水源など一切なくなっていた。海溝という呼び名は単なる旧時代の地域的名残に過ぎず、海とはどこまでも広がる枯れた大地の、光さえ届かない海溝の最深部に流れる川とも言えない存在の呼び名でしかない。

 切り立った崖と岩山のように見えるこの一帯は、世界的水素需要を満たす為に必要な、水から水素を取り出す際に使用する、媒体物である鉱石の鉱脈が広がっているのだ。このため多くの人々が旧海溝に人工の洞窟を掘り、掘削と採掘を生活の糧としていた。

 海溝には無数の洞穴が広がり、その中で人々はコミュニティーを形成し、居住空間を設けている。まるで巨大な蟻塚のように。

 岩肌には酸素を取り入れる為の、さび付いた何基もの巨大換気扇が設けてあり、絶えず断末魔のような金属の摩擦音を発している。温度調節のために設けられた無数の鉄製パイプ管が生き物のように呼吸を繰り返す。町の日常には当たり前のように爆発物の轟音が響き、噴煙を撒き散らしていた。

 カイン=バイゼルは坑道に設けられた休憩施設である食堂の、長テーブルの椅子に腰を下ろしながら、聞きなれた轟音と換気扇の隙間から現れては消える木漏れ日のような光を浴び、嫌気を隠すことない表情で最後の水を飲み干していた。

「なんだ、なんだカイン、水は貴重なんだぞ? まずそうに呑むんじゃねぇよ」

 まるで棚から荷が崩れ落ちたような音と共にカインの前に腰を下ろした男は、筋骨粒々な肉体を煤で汚れた茶色のツナギで包んだ格好をしている。この仕事の特性上仕方のない出で立ちとはいえ、カインは自身も似たような格好であることに考え至り益々嫌気がさしていた。

 今年で十五の年月を生き抜いたことになるカインは、まだ幼さの残る小柄な肉体にサイズの合わないツナギを着て、なれない仕事をこなしている。だが鉱夫の仕事を始めて、半年も経たずして先の見えない生活にうんざりしていた。そのせいか、癖毛ではあるがきれいな栗色の髪は老人の白髪に見えなくも無く、漆黒の瞳は輝かしさの全くない未来を直視しすぎて、濁ったガラス球と化している。

「……また穴を広げてんだ」

 カインの幼さが残る少し高めの声には若干の諦観が聞いて取れたが、男は気にすることなく手にした水を、最高の瞬間と言わんばかりに表情を崩して飲み、答える。

「当然だろう? しかも今回は大規模なものになるらしい。なんでも、もう少し深いところに巨大な鉱脈があるとからしいぞ」

 カインはさらに暗い穴に自身が入っていく姿を想像し、思わず頭を抱えて俯いてしまった。

「何だよ、うれしくないのか? この時代に水素産業に関わるなんてどんな仕事よりも花形だし、ケルマディックといえば世界でも最大級の鉱山なんだぞ」

 たしかに、とカインは思う。人類が化石燃料の枯渇から大戦を起こして数世紀。代替燃料として、量と質、地球にあった大量の水から作れ、二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーである水素はあっという間に普及をした。もはや現在では欠かせないものになっている。

 だが、カインはわかってはいても今の仕事を否定したかった。だからふと思いついた超巨大企業の名前を口にする。

「水素に関わるならイズモカンパニーに所属するのが一番じゃないか。あそこを除いて花形なんて言えないよ」

 カインの反論に男は異議を唱えることはない。変わりに二回ほど深く頷き肯定の動作を示す。

「言うとおりだな。イズモこそ一番だ。あそこのおかげで“過ちの歴史”を乗り越えられたんだからな。そういう意味でも俺は今の仕事を誇りに思うね。イズモに貢献してるって事は世界に貢献しているのと同義さ」

 カインは話題を振ってから過ちに気がついた。イズモの話題をカインが話す。それはカインにとって禁忌なのだ。男が次の言葉を発する前に、カインには何を言ってくるか、どのような話の展開となっていくのか、それが手に取るようにわかった。

 男は言う。カインにとってはすでに常套句のように聞き飽きた話を。

「でも、まあお前は変わり者だな。お前イズモの学院機関に進学の申請を出したんだろ。そりゃ無謀だ。こういっちゃ悪いがお前の両親の活動を考えればスパイと思われたって仕方がないくらいだぞ? 何でまたそんなことしたんだよ」

 カインは仕事の不満程度で、こんな話をせざる終えない状況にしてしまったことを本気で後悔した。男の興味を前面に押し出した視線が痛い。

「……あの人たちのせいで俺まで同じに見られたくなかっただけだよ。別にイズモへ行きたかった訳じゃないんだ」

 あの人たちの話。その話題だけでカインの心は引き裂かれそうな怒りと憎悪で充満される。

「あの人たちねえ……まあお前の気持ちは分からんでもないからな。親が反イズモ組織の元リーダーじゃあ世間の目は厳しくはなるはな」

 当然の考え。人がカインを見るとき、彼の意思とは関係なく反イズモという呪縛が付きまとう。カインはこれに苦しみ、そして慣れていた。

「あの人たちと俺は何の関係もないんだ。俺は確かにあの人たちから産まれたけど、それだけの関係だよ。もう死んだ人たちだし、いつまでも同列で語られたくないんだ」

 そう言うと、空のコップを手にしたカインは、まだ話しをしたそうな男に目を向けることなく立ち上がる。何かが切れてしまった気がした。だから仕事場とは反対に設けられている外へ通じる通路へ歩き出した。

「お、おいもう休憩時間は終了だぞ! 外に出てたら間に合わねえって!」

 構うもんか。カインは聞こえないふりをして休憩施設を出ていった。






 海溝を出て最初に視界へ入ってくるのは、どこまでも続く空の青。雲ひとつない晴天はカインが生まれる前から続いている。カインの出た場所は丁度海溝の頭頂部にあたり、辺りを見渡せる展望となっていた。

 空が好きだった。

 幼い頃から澄みすぎた空を眺め、鳥のように飛ぶことを想像して育った。空を眺めている時にカインには必ず思い出す記憶がある。記憶はあの人たちに関する唯一といってよい好意的な記憶であった。

 決して色あせない記憶は、どこまでも続いているアスファルトと、心地の良い風を感じさせる。談笑する男たち。こちらに向かって穏やかな笑顔を向けて手を振る女性。それに答える自分。アスファルトを風のように走り出す機体、眼前に広がる機器の駆動音。自分を体の前に乗せ操縦桿を握る大きくて頼りがいのありそうな手。一瞬の浮遊感と共に一気に空へ近づいていく感覚。

 目を閉じて、そして開く。一瞬にして記憶はよみがえる。輝きを失った瞳に力が戻る。カインは飛行艇乗りなるのが小さい頃からの夢で、今現在鉱夫として働いてはいても諦めてはいなかった。むしろその夢をかなえる為には資金が必要であるからこそ、空とは正反対へ進む穴掘りの仕事にも耐えてきたのだ。先ほど男にはイズモに行きたかったわけではないと答えていたが、実際は淡い希望を抱いてもいたのだ。カインが受けた学院は飛行士科のある所だった。それが叶わなかった今、だからこそ必要なのは資金なのである。

 空を見て先ほどまで高まっていた感情が落ち着いたのか、カインは仕事をすっぽかしてきてしまったことを後悔した。もう戻ろうにも戻れないのだ。坑道は深く、作業場に行くにはエレベーターを使用せねばならない。だがエレベーターは一気に作業員を運ぶよう大型である為、決まった時間でないと動かないのである。

 今更後悔しても仕方が無いと諦めるしかないのだ。楽観的に考えれば午前中は働いていたわけであり、あくまで乗り遅れたと言い訳をすればその分の給料が天引きされるだけである。カインとしては間抜けの烙印を押されようが一生の仕事と考えていない分、何と思われようがどうでもよかった。

 空を見ていてもしょうがないと考えたカインは、簡単な買出しだけを済ませて早めに帰宅することにした。






 ケルマディックは地域的に土地が豊かではない為、生活物資の他地区に対する依存度が高い。そのため、坑道の生活居住区とは別に、屋外に各地域から取引にやってきたキャラバン隊が広大な土地にテントを張り商いをしている。基本的には代表者が必要に応じた物資を一括で取引を行なうのだが、通常では手に入らない品々などを個別に買い付ける者も多く、一種の市場として賑わいを見せていた。

 カインもここではそれなりに常連であり、他民族ながら知り合いは多かった。日焼けした皮製の小さなテントや、木材で組み立てた骨組みにビニール製のシートを掛けただけの、簡易的な建物が不規則に並ぶ光景は、決して良い景観ではなかったが、カインからしてみれば蟻塚のような薄暗い居住区より、遥に人間味のある場所に思えた。

 少なくとも先ほどの食堂へ戻るよりは気分がいいと思いながら、見慣れた景色に溶け込んでゆく。

 何かしらの商品を売りつける声が響く通りをいつものように歩きながら、カインは一軒の加工食品を扱う店を目差していた。

 程なくしてたどり着いたそのテントは、お世辞にも食料を扱うには好ましくない外見をしている。薄汚れた布が幾重にも重ねられた屋根は風になびいて、枯れた巨大植物を連想させる。その屋根を支えているのは何十本と並べられた鉄骨だ。鉄骨が一列に並んで壁を形成し、柱と二重の役割を担っている。入り口には大きな木製の看板が掲げられていた。

 カインが毎度の事、建物がどうして崩壊しないのか疑問に思っているくらいである。

 だが、驚くのは最初だけで通いなれてしまえば気にはならない。カインは臆すこと無く建物の中に足を踏み入れる。同時に前後左右から人々の喧騒が耳に入ってきた。ここはキャラバン隊専用の食堂で、他民族が一堂に会しているのである。各テーブルでは神妙な顔で商談を行なっている一団もあれば、昼間から顔を赤らめて夢心地になっている者もいた。感覚としては通常より二割り増しで騒がしいくらいであり、その点が若干カインには気になった。

 しかし特に確認することも無くカインは今日の晩飯を調達するため、食事を販売している売店へ足を運んだ。

 店番をしている女は顔見知りで、カインが近づくと声をかけてきた。

「やあカイン、今日は随分早いね。なにか用事でもあるんかい?」

 女性にしては恰幅の良い体型と不釣合いな白いレースのエプロンが目に入る。顔を見ると歳相応にあるシワを引き伸ばしているかのような笑顔でカインの方を向いていた。

「いや、まあちょっとね……それより食べ物が欲しいんだけど。できれば夜まで持つやつでね」

「なんだいもう家路に着く気かい。まあ詮索はしないさ。そうだね、コレなんてどうだろう」

 女が出してきたのは乾燥肉を日持ちの良い野菜で包みパンで挟むという、とても簡素な料理であった。カインは一瞬迷ったが、新鮮な食料は水分のないこの土地ではすぐ乾燥してしまう事実が存在する為、即座に気持ちに折り合いをつけて差し出された食料を受け取った。

「ありがとう。これが支払い分。それと……ついでに聞くけど今日は何かあったの? 妙に騒がしい気がするけど」

 女は一瞬視線を斜め上に向け、考えている仕草から解答を出す。

「ああー原因かどうかは分からないけど、昨日の晩ちょいとした事件があったらしくてね、皆その話で盛り上がってるのさ。なんせ辺りは岩山ばかりの殺風景と来たもんだからね、噂話が大好きなんだよここの連中は」

 顔を横に二度ほど振り、やれやれと言葉を発しながら笑みをこぼす女とは別に、カインは噂の方が気になっていた。

「その事件ってのはどういう話なのか教えてくれよ」

 今度は女は得意そうな顔でカインを見る。カインは知っているのだ。キャラバンの人間は皆、知りえない情報を自慢げに話すのが大好きなことを。

「あたしも詳しくは知らないんだ。けれど聞いた話だと昨日の晩“森”に謎の飛行体が落ちたのを見た奴がいるらしいんだ」

「森だって?」

 カインの異常な驚きに対して、売店の女はそれほど反応を見せない。驚くのは無理もない話しなのである。

「みたいだねえ。幸い森に被害は無いって話しだけど、見た人間がいるわけじゃないから実際はどうだか。まあ森の管理はイズモがしているし、問題は無いんだろうよ。あれば今頃避難勧告で仕事どころじゃありゃしないでしょう」

 お互いに沈黙する。カインとしては実に気になる話しだった。森に影響が出る。これは現代社会において最もおそろいし事故と言っても良いものだった。数世紀前とは環境が変わり、海も森も人口も大幅な減少に見舞われている昨今においては、近隣の森は重要な生命維持装置の役割を担っているのである。その管理をイズモカンパニーが執り行っている。この話題に敏感になるのは当然なのだ。

 だが、カインの興味は他にあった。

 謎の飛行体が墜落したかもしれないという情報である。

 おそらくは貨物船か何かであるとは思うが、飛行艇であることに間違いはなさそうだとカインは思った。同時に危険な興味をそそられる。

 どんな飛行艇が落ちたのか見に行きたい、と。

 本来であれば森に近づくことは出来ない。それはイズモの管理下にある為であり、イズモが絡むということは進入が極めて困難であることを意味している。実際森は陸地の孤島とも言える、かなり深い断崖絶壁の海溝に囲まれているので、徒歩による進入は絶対不可能になっていた。

 しかし、カインには進入しようと思えば出来なくはないという確信に似た思いがあった。あったからこそ、話を聞いた瞬間からすぐにでも自宅に帰りたいという欲求に駆られ始めていた。

「ありがとう! じゃあまた明日も買いに来るよ。出来れば温かい食べ物がいいねっ!」

 それだけ挨拶をするとカインは足早にその場を立ち去った。後ろでわかったよと返事をしてくれているようにも聞こえたが、あえて確認はしなかった。一歩一歩進むにつれて足が速くなることに気がつく。心臓の鼓動も比例して早まっていくのが分かる。まるで今着ているツナギそのものが脈打っているかのようであった。

 心は決まっていた。軽い冒険心と悪戯心ではあったが決まっていた。

 森へ行って飛行艇を確認しよう、と。






 鉱山で働く人間は皆洞穴を居住空間として改築し、生活を営んでいた。理由としては移動の事情や外界の環境が水分を帯びていないという、厳しい状態の為でもある。洞穴であれば気温も外界より遥に低く、また水分も若干ではあるが地中の方が豊富であることが一番の理由とも言える。現在の世界では人間が外に住まうのは決して楽なことではないのだ。

 だが、カインの住居は外界にあった。それもケルマディック海溝の頭頂部にある小さな家屋である。外観はとても珍しく、整った楕円形の二階建てであり、色は乳白色で材質は金属とも粘土ともいえない物質でできていた。表からはそれなりに大きくも見えるカインの住まいは、一階部分を全てとある物を管理する為の格納庫として使用しているので、実質二階部分だけが生活空間となっていた。屋根部にあるさび付いた風力発電用の風車が勢いよく回転しているのが一番目立っていた。

 カインは知らないが、カインが住まいとして建物を使用しはじめる前、それも遥に昔の頃、その建物は深海探査艇と呼ばれる乗り物であり、大洋の神秘を調べるべく、深く光の届かない世界を行き来していたのだ。現在は光を遮るものの無い世界において、住まう人を守るという全く違う役割を担っている。

 そんな過酷な状況と加護の下にある自宅にたどり着いたカインは、硬化セラミックの壁面に場違いな形で設けられているレンガ製の階段で、直接二階の居住空間へ向かう。扉は水圧に耐えれるように設計されていたので、分厚い金属とバルブによって錠がされていた。それを慣れた手つきで回し、扉を開け中に入る。内部は至って質素であり、窓際にベッドがあり、ペン立てと旧時代の白地図だけが広げられている小さな机と、飛行艇についての書籍を多く収めた本棚が目立っているくらいである。入ってすぐカインは台所に設けられている旧式の冷蔵庫へ先ほど手に入れた食料を納める。コレで腐ることは防止できる。

 ついで鬱陶しいだけのツナギを腕部分から大雑把に脱ぎ、腰のベルトを外す。サイズの合っていないツナギは誰に触られること無く床へすとん、と落ちてしまう。ツナギをブーツのつま先で引っ掛けて、蹴り上げるように近くにあったカゴへめがけて放る。ツナギはカゴに入らず淵に引っかかっただけだが気にはしない。

 中に着込んでいた濃紺のタンクトップと黒のトランクスにブーツという他人には見せられないであろう格好でカインは一階の格納庫へ通じる階段を下りた。すぐにでも森へ行く準備に取り掛かりたかったのだ。

 カインは一階に降りると光を取り入れる為、締め切られたカーテンを縛り、大きな窓を開けた。光はすぐに部屋を照らし、深緑色のシートに覆われた大きな縦長の物体を露にする。空気の流れが生まれ、辺りにはオイルの香りが一緒に漂いだす。足元に散らばった無数の工具を一つひとつ拾いながら、それを工具棚へしまい込んでいく。

 それから部屋の大部分を占拠している物体に近づきゆっくりと、でも丁寧に深緑色のシートを外してゆく。仕草は常に愛でるように。

 カインの夢の結晶がそこにはあった。飛行艇である。薄っすらと残る記憶の中に出てくる飛行艇と同型の形状は、飛行艇としては小型の方であった。材質は強化カーボンを使用し、真新しい木炭のように黒く鈍い光沢に包まれている。緩やかな曲線を描く機体の中心にはコクピットが設けられ、沈黙している機器が通電のときを心待ちにしているかのように存在している。両翼は折りたたまれ、羽を休めている渡り鳥を彷彿とさせた。

 早速カインは作業に掛かる。機体の下部に潜り込み、ハッチを開放する。内部にはエンジン部や駆動に必要な電機部が構造的に存在している。その接続部を丁寧に外してゆく。

 軽量化が必要だった。カインの森潜入に対するアイデアは、上空からの進入というものだった。ただし、二十四時間体勢でイズモの熱感知レーダーが作動している為に、通常の方法で飛んでもすぐにレーダーに引っかかるだけなのだ。そこで考えたのが飛行艇をグライダーとして乗り、進入するというものだった。

 カインが森に対する防衛システムの知識として知っていることは二点。一つは熱感知レーダーの存在。もう一つは人間による巡回である。つまり、熱感知レーダーでは人の体温までは感知しない事をカインは知っていた。

 あとは森より高台から滑空すればよいのだ。幸いカインの持っている機体は強化カーボン製であり、かの有名な"過ちの歴史“に起きた大戦時、開発さされた機体としては最軽量を誇る機種であったのだ。そして船底部には貴重な水素金属が使用されていた。よって機体自体に僅かだが室内超伝導の浮力が存在している。

 カインは丁寧に外した部品を一つずつ台車に載せ、格納庫の隅へ運んでゆく。外界に住まう者の定めかの様に、額から滴り落ちる汗を片腕で拭う。それを繰り返し、太陽が地平線へ沈む頃になってようやく作業を終えた。重い機器を外された機体は水素金属の浮力によって通常時よりわずかに宙に浮いた状態で停止している。

 ふと窓の外に目を向ける。眼前に飛び込んできたオレンジに輝く大地と、濃紺に包まれて広がっていく宇宙の入り口を眺めて、カインは綺麗だと思った。やはり人間は穴に住むものではないと。

 だが、過去に美しい水平線へ太陽が沈んでいく光景を、大洋に浮かぶ船上の同じ窓から眺めていた人が大勢いた事を、カインは知るよしもない。

 


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