終章
二機の飛行機械が飛び立った頃、少年は置き去りにされた一機の水素艇の中にいた。その機体内にはスクリーンが設けられており、複数の人物の顔が映し出されていた。少年はスクリーン越しに話しかける。
「やはりこうなったね。僕の思った通りだ。全ては順調すぎるほど早く進んでいるね」
映し出されている、白い髭と禿頭が特徴的な人物が、顔をしかめて言葉を発す。
「随分と悠長ですな。あの二人の外に、イレギュラーが二人。これは指し示された方向には存在し得ない事象であった。私たちの目的を達するのに、決して好ましい状況ではないはずだ」
男の指摘に、少年は含み笑いをしながら返答をする。
「確かにね。でもそのイレギュラーは、僕たちにとって好材料でもあるんだから、そんなに目くじらを立てなくてもいいんじゃないかな。あの二人は、確実に事象を早めるカンフル剤に成りえる。それに……」
少年は台詞を一端きり、沈黙を置いて、重要な事を強調するように仕向けた。
「それに『鍵』は別に彼女でなくてもいいんだ」
スクリーンの中で動揺が走る。そしてまた別の、今度はメガネをかけ、髪を後ろに結っただけで、化粧っ気のない若い女が少年に意見する。
「まってください。『鍵』は私たちが作り上げてこそのものでしょう? 部外の代替物を使用したのであれば、いずれ語られるであろう叙事詩に影響を与えます」
「そうだね。でも、それは別に構わないんじゃないかな。外部の力も必要だよ。まあ、示された道筋に沿って進むのが一番ではあるんだけどね。どちらにしても、僕たちの目的が叶う事が全てなんだ。イズモが誕生して、多くの偶然と可能性が費えてきた。でもここに来て事が収束を始めている。そして事象の完結を促してくれているような、イレギュラーまで生まれ始めている。僕たちが天へ昇る時は近いよ」
スクリーンの中の人々が皆押し黙る。少年の言葉の重みを噛み締め、進むべき方向を再認識していた。
少年は心から喜ばしいかのように、朗らかに言ってのける。
「彼女たちが世界を開放するよ。そして僕たちは旅立つんだ。大丈夫。宇宙の四分の三は水素なんだから。僕たちはどこへでも行ける」
ハイドロゲン~雲となり、雨となる~ 第一部 完
ハイドロゲン~されど空の高きを知る~ 第二部に続く。
これで第一部は終わりです。あとがきが続きますが、基本謝罪と今後についてだけですので、内容に関係はありません。ここまで読んでいただきありがとうございました。
*注意 第二部 ハイドロゲン~されど空の高きを知る~掲載してますので、よければ引き続きお読みくだされば幸いです。