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第二章 拾陸

 レンの突拍子もない言葉は、周囲の催しに対する雰囲気とあまりに温度差があった。三人にはそれが一種の冗談のように聞こえて、どうしても言葉通りに対する反応が出来なかった。引きつった表情のまま、カインがレンを茶化そうとする。

「いや、お前それは無いって。もう少しまともな冗談――――」

「冗談を言ってる場合じゃないんだよ! 本当なんだ……」

 間髪いれず、しかし力ない声でレンがカインを正す。いつに無く真面目なレンにカインは背筋が凍る思いだった。真実だと考えた時の恐怖が脳裏をよぎる。岩肌の平地で空中から晒されているエアーズロックに、何機もの飛行機が爆撃を仕掛けてくる光景が容易に想像できてしまった。

 カインとは別で、何を言っているのか理解が追いつかないアカネ。だがシルバは渋い顔にならざる終えなかった。プレジデントの情報を教えてくれたレンの台詞には、必ず真実が含まれている事を知っていたから。

「すでに、決定している事なんだな。その情報は」

 シルバが落ち着いた口調で確認を取り、レンは静かに頷くのみ。二人の中にある共通認識が一致する。つまりは、プレジデントからの情報だと。

 二人の反応に、今度はアカネが慌てて反応を示す。焦燥感に支配された反応だった。

「そ、んなっ! イズモの部隊がここを攻撃するですって? 私たちを捕らえる、いえ消す為だけにここにいる全てを犠牲にするっていうの? そんな話しって無いわ!」

「それほどの相手だという事だ。私たちの認識が甘すぎたようだな」

 焦燥感から絶望感へ変わりながら、暗い表情でうつむく二人を他所に、カインは悪い想像を打ち消すかのように思いを言葉に変える。

「馬鹿みたいな話だ。本当なのかよレン! どうしてお前がそんな事を知っているんだ!」

「話すよ、でも今は時間が無いじゃないか。そんな話しをしている場合じゃないんだ既に」

 確かに。カインはそう思いながら話しを続けようとする。

「なんとか……しなくちゃ。運営側に話すか、ここで騒ぎでも起こすか、とにかく何とかして最悪な事態を防がないと!」

「そんなことしても、気違いがきたと思われるのが関の山さ。誰がそんな証拠も無い話しを信じるのさ。あんたが今言った通りだよ馬鹿みたいな話だ」

 レンは冷たくカインの言葉を否定する。そんなレベルで解決できる話しではないのだ。もう、選択肢などほとんど無い。レンにも、皆にも。

 全員がその場で押し黙り、周りの喧騒は一段と大きくなってゆく。どうやら花火を打ち上げる為の点火が行われようとしているみたいだった。カインも、冷静なシルバも、花火を楽しみにしていたアカネさえすでに花火へ意識を向ける余裕を無くしていた。その中で、場違いのように、またはその場にいて当然の行為を行うように、レンだけが点火の瞬間を今か今かと心待ちにしていた。最後の賭けに打って出る為に。

 レンはもう時間が無い事を悟り、少年との約束を果たすべく、アカネとシルバに最善の提案をする。覚悟を決め、言葉を杯から押し出すように喋った。

「アカネ、シルバ、二人はなんとしてのここから離れるんだ。もうそれしかないよ。二人がここにいないということを追っ手の連中に知らしめるしかない。襲撃が無意味だと悟らせるんだ」

 レンの台詞に、アカネとシルバは顔を上げる。二人とも同じような表情でレンを見る。責任という重責を背負う、覚悟を持っている者の表情だった。

 しかし、カインは立ち上がり乗り出すような格好でレンに掴みかかろうとした。怒りに任せた行為だった。レンの台詞が信じられなかった。

「お前っ! 二人を犠牲にしようってのか! 二人を差し出して、それで殺さないでくださいって命乞いでもするのかよ。ふざけんなっ! 俺はそんなこと絶対許さな――」

「カイン! 私たちはそれでいいの! 私たちの行動だけで、ここまでの犠牲は出せないわ。関係ない人達が殺されてる中で、何とか逃げ延びようなんて、絶対に出来ない!」

 アカネは、力強くも震えるような声で、カインを制す。立ち上がり、声同様震える足で立ち上がりながら、カインの肩に手をかける。シルバも立ち上がり、一度だけ頷く。

「そうだな。私たちが的になればそれでいいのだ。無駄に犠牲者を増やす事など無い。第一、ここにいても大部隊の攻撃で一人残らず殺されてしまう。それなら一か八かでも私たちだけで逃げた方が助かる可能性はあるはずだ。幸い攻撃が行われるのを事前に知れたのだ。まだ打つ手はある」

 シルバはあくまで冷静に、もっともな事を言って嘘をついた。逃げ切れる可能性が全く見出せなかった。それでもやらねばならないので、自然と言葉か口から出た。覚悟を決めたのであれば、一刻も早く突き進むしかない。

「すぐに、ここを離れよう。この、滑走路の機体を一台借りるしかない。アカネいいな?」

 シルバの声と行動で、アカネも悟る。四の五の言っていられないことを。

「うん、人が大勢死ぬくらいなら……盗みだって何だってやる」

 二人の言葉に、カインは無力感しか感じなかった。ここまで脆弱ではあっても力になってあげれていたと、カインなりに考えていた。でも際の際では、自身は何もする事ができない。

 それぞれ三人の行動を見ながら、事が予想通りに運ぶ様をレンは背筋が凍る思いで見ていた。あと一言。決められた台詞を言えば事は終わる。レンは間を置きながら、心の中で何度も台詞を反芻し、視線を一度三人から逸らし、花火の点火を確認する。そして言った。

「さっきも言ったけど飛行機なら……あるよ。あたしが用意できる」

「そう言っていたな」

「レン……」

「お前どういう――」

 それは完全な裏切り行為だった。レンにとってのギリギリの綱渡りだった。だが、綱渡りは成功した。それを祝うかのように、花火は豪快な爆発音と共に晴天の空へ打ちあがる。そして巨大な花を咲かせ、周囲の人々皆の視線を空へと向かわせる。

 爆発音が響く中で、レンの台詞に反応した三人はそれぞれレンに視線を向ける。レンはもう一度周囲を確認し、言葉を発する。まさに裏切り行為の言葉を。

「みんなよく聞いてくれよ。誰が聞いてるかわかんないし、この爆発音の中でしか言えないからさ。いいか、シルバ、アカネ、あたしが二人の飛行機を用意する。ここの周辺に止まっている飛行機――そんなもの必要ない。クソ喰らえだ。いい? 二人はあたしの飛行機でここを発つんだ。今から急いでシンセイのところに向かって、そんでフウジンに乗ってここを発てばいい。一言も喋らず、黙ってあたしに付いてきて!」

 三人は呆然とレンを見つめる。レンが何を警戒して花火の轟音に乗じて話しをしているのか、その話しの意味する所は何なのか、完全に測りかねていた。ただ、レンの表情はいつに無く真剣で、緊迫したものであり、三人に、特にカインにとってその表情は信じてみる価値のあるものであった。また、シルバは周囲を警戒するレンの行動を、プレジデントのもたらした制約があっての事と当りをつける。アカネは言葉通り、自身を逃がす為のレンの心意気として受け取る事にした。

 それぞれレンに対し肯定の意味で頷き返し、すぐにその場を離れる為に歩き出す。レンは裏切った。だがその選択は間違いだった事を知っている。ただ、正しい選択をしていても、決して喜ばない大切な者がいた事がレンを突き動かしたのだった。





 四人はそのまま花火が打ち上がる中で、なるべく目立たぬよう素早くその場を立ち去った。終始無言で出店の集まる通りを抜け、早足でシンセイのいるドックへ入っていく、中では既にレースへ向けての整備を終えた二機の飛行機と飛行艇が連なって並んでいる。

「おう、そろそろレースに向けて準備始めろよお前ら! 飛行機の方は準備万端だからなっ!」

 顔を合わせるなり、そう告げてくるシンセイに対し、一言二言だけお礼を述べて、四人はドック内に設けられている休憩室に入る。シルバとアカネはレンの言葉を待ち、カインは説明を求めた。

「レン、お前どういう事なんだよ説明してくれよ。俺ちっとも現状を理解できない。これからイズモの部隊がここを襲う。その前にお前の機体でシルバとアカネが逃げる。何なんだよこれ、意味わかんないよ」

 レンはカインの問いに、申し訳ない心情をこめて答える。いや、答えない。

「今カインが言った通りだよ。それがこれから起こる事の全てなんだ。だからこそ時間が無いんだ。後でいくらでも説明する。だから、今は少しでも早くここをシルバとアカネが発てるよう全力を尽くしてくれよ……」

「それは、うん俺に出来る事なら何だってするよ。でも……でも、二人がここを飛び立って、それを相手が知れば――」

「いいのよカイン。さっきも言った通り責任を負うわ。私たちがここを出て、ここにいる人達を犠牲にするような惨劇を回避できればそれでいい」

「そうだな、私たちが招いた事だ。責任を持って私たちが大部隊を引き受けよう」

 二人の言葉に、カインは苦い表情になる。どう考えても絶望的な選択にしか思えなかった。絶対数の違う相手を前に、逃げ延びれるとは思えなかったのだ。昨日の襲撃に現れたような、見たことも無い動きで飛行する水素艇が何機も飛んでくるに違いない。それは絶望以外の何にでもなかった。

「今から、皆に事態を伝えても、やっぱり駄目なのかな」

「無駄だろうな。イズモがここを攻撃目標にしている以上、一人残らず徹底的に攻撃をするだろう。事情を知って殺されるか、知らぬうちに殺されるかの違いだ」

 シルバは選択肢が無い事を理解し答えた。

 皆が悲壮な表情で無言になる。時間はほとんど無い。本来ならば、先ほどの花火会場であった滑走路から二人は飛び立っていなければならないのだ。レンの行動に違和感を感じて、先手を打たれるかもしれない。

 レンはそれを自覚し、急ぐ。

「さあ、行こう。レースの再開に向けて移動している振りをして、そのまま飛び立つんだ。登録上、あたしの飛行機はシルバとアカネが乗っている事になっているし、イズモは慌てて部隊の進路を変えるはずさ。その僅かな時間に、二人は何としても……逃げ切ってくれよ」

 無理を言っている。分かっていてレンは二人を鼓舞する。二人も厳しい状況を理解しながら頷き返す。カインは一人押し黙り、自身の無力さを噛み締める。強く唇を噛んだせいで口の中に血の味が広がったが、締め付けられるような心の痛みに比べれば、それはちっとも痛くなどなかった。

 それぞれの思いを抱えながら、四人は部屋を出た。シンセイに準備の開始を告げるために。

「よっし! これから滑走路に出るから準備をしてくれよ! あたしの飛行機が先な。カインのは後にしていいから。ってか出さなくてさえいいから。もう壊しちゃえよ実際」

 レンがいつもの調子で笑いながらシンセイに声をかける。カインは言葉を挟む余裕が無かった。それには気が付かず、シンセイは豪快な笑みを携えて答える。

「おう! いい心がけだ。ギリギリまで怠けてる奴に後半戦は戦えねえからな。先にスタート地点まで行って、気合を充填しとけっ! おいお前ら、出航の準備だっ!」

「了解!」

「オッケー」

「まかしとけ!」

 レンの明るい声に反応して、後半戦に期待を込めたキャラバンのメンバーたちがシンセイの指示の下動き出す。機体に巻かれたシートや固定具が素早く外されていき、ドックのシャッターが開け放たれる。台車に乗ったレンの飛行機が太陽の下に晒され、鈍い銀色に輝き出す。はじめにシルバが乗り、後からレンがはしごを上る。その後ろから、カインの機体も運び出される。同じようにカインとアカネが機体に乗り込み、誰が見ても後半戦へ向かうかのような様子で、機体をスタート地点へと運んだ。

 カインは機体のスイッチをオンにしてゆく。エネルギーを注がれた機器がそれぞれの音を立てて起動して、目覚める生き物のように動き出す。エンジンの出力を少しだけ上昇させ、機体をゆっくり滑走させる。台車から滑り降り開放された機体は、カインが操縦桿を引くのを待つかのように唸りを上げる。機体の少し離れた所で、事情を知らないキャラバンの面々が手をふっているのが見える。前方では先に動き出したレンの機体がまだ、誰も集まってはいないであろうスタート地点へ向かい始めていた。

 後方に座ったアカネが、力ない声でカインに語りかけてきた。

「ごめんね、カイン。本当にごめん。私たちの勝手な行動で巻き込んで、レースまで台無しにしちゃって、どんなに謝っても謝りきれないよ」

 カインはその声と言葉を噛み締めながら反論する。

「そんなことはないよ。アカネとシルバと行動を共にして良かったし、本当に……楽しかった」

 言って、言葉が過去形になっていることに気が付いた。楽しいではなく、楽しかった。終わってしまった時間を表すかのような自分の言葉に、カインは悲しくなった。また情けなった。その思いを口にする。

「俺は、本当に情けないよ。アカネがこれから大変な事態を打開しに行くってのに、何の手助けも出来ない。俺にもっと力があればよかったんだ。そうしたら……」

 また一緒に……。カインは最後の言葉だけ言えなかった。言える訳もなかった。単なる足手まといにしかならないであろう同行は、ただ、これからの二人の行動をより困難にするだけだから。

 それでも、アカネには十分カインの気持ちは伝わった。アカネはこの僅かな期間をカインたちと共に出来た事が何より嬉しかった。だからこそ、自身が心の奥底に押し込んでいた思い、一緒に……。その答えを無言でありながら思ってくれたカインに感謝した。

 アカネは最悪を迎える前の状況下の中で微笑み、

「カイン、また一緒にレースに出ようね。そして今度こそ二人で優勝しよう」

 今ではない、少し先の平和な時間の中での出来事として、せめてもの願いをアカネは口にする。

「……必ず!」

 カインは願望にも似た感情を持って答える。まるで就寝前に見たい夢を願うような儚さを抱えて。

 対して前方を行くシルバとレンは、別れてしまう前の最終確認を行っていた。

 事情を知るシルバにだけ、レンは全てを話す。

「あんたらのボスは、さっき話した襲撃の段取りを行ったあと、用意させた水素艇へあたしに案内させて二人を逃がすつもりだったんだ」

「なるほど。確実に私たちを生かして捕らえるつもりか……しかし、いいのか? 君が裏切った事を知れば、彼らは君をどうするかは分からない」

「まあね。でもあたしはキャラバンの人間さ。世界中を移動してるんだ。早々捕まりはしないよ」

「そうである事を心から願う。本当に申し訳ない」

「いいさ」

 レンは自身の行ったことに後悔は無かった。シルバに言った通り、世界中を移動していれば捕まる心配は少ない。ただ、それはあくまでシルバを納得させる為の考えで、本当は別の理由があって出来る行動だった。イズモに捕らえられる事はあっても、命は取られない理由。誰にも言っていない秘密をレンは持っていた。そしてその秘密は死んでも言わないと決めている。

 代わりに、少しだけ希望を含めた先の話しをレンはした。

「これからリュウキュウへ向かうんだろ? だったら飛行機はそこに返しておいてくれよな。あたし取りに行くからさ」

 レンの言った簡単な事すら絶望的に感じる事態だったが、シルバにしては珍しく明るい声で返事をする。

「ああ、必ず返す! その後の進路が決まったら言伝を残そう。また会えるのを楽しみにしているよ」

 必ず。そしておそらく四人で。二人は同じように言葉にはしない共通認識を、また一つ増やした。





 機体が飛び立つ事が可能な滑走路。あと一時間もすればゴールに向けて飛び立つ飛行機械が所狭しと壮観に並ぶ場所。カインたちは到着と同時に機体を停止させて滑走路に降りる。辺りはまだ誰もいない。遠くの方で花火が上がり、晴天の空に大きな花を咲かしている。四人はそれぞれが対峙するような形で立ち並び、最後になるであろう言葉を交わしていた。

 はじめにシルバか深く頭を下げる。

「すまなかった。ここまで君たちを巻き込んだのは、私の責任だ。今はこの恩を返せそうも無いが、いつか必ず返す。約束させて欲しい」

 シルバの責任ではない、そう言おうとするカインの前に、レンがいつものように少し茶化す感じでシルバに絡む。

「まったくだ! 本当、必ず返してくれよな恩をさ。出来れば近いうちがいいね。そうだな、二人の問題が片付いたら、キャラバンでしばらくただ働きでもしてもらおうかな」

 シルバは年相応に微笑む。

「ああ、その時は最高の飛行スピードを君のキャラバンでお見せしよう」

 カインはレンに突っ込もうとしたが止めた。レンの言った冗談は、それはそれで素敵な事に思えたから。

 そして今度はアカネが心情を言葉にして伝えていく。優しさと力強さ携える大きな瞳に涙を浮かべて。

「私は、二人に会えて本当に良かった。こんな風に喋って、一緒に行動して、楽しんで……。また、会えるようにがんばるから。真実を知りたくて飛び出して、それだけが目的でここまで来たけど、これからは違う。また、この数日間みたいな日を一緒に出来るように、私はがんばろうと思う。本当にありがとう」

 またレンが何かを言いそうな雰囲気だったので、カインは慌てて言葉を纏める前に喋った。

「約束だからね! レースにもまた参加するし、こいつの言ったように、キャラバンで世界中を旅するのもそう。あと、へへ……アカネの住んでいる町とか、そういう所にも行きたいな」

 それは夢みたいな話しだった。四人で旅して世界を回り、今度はアカネたちに町を案内してもらう。今の状況では限りなく夢としか言えない話し。それでもアカネはカインの言葉に対し、今までに無いくらいの暖かい表情で、気持ちで言葉を返した。

「うん! 約束するよ。あたしの住んでいる家も、あと学校とか、全部見せる。近いうちに必ず!」

 その場所がイズモの中心地である。などと誰も無粋な事は言わない。今はただ、絶望的な状況を前に、希望を持って別れる事が望まれた。

 花火の音がいっそう大きくなり、それが催しの終焉を伝えていた。間もなくレースは再開に動き出す。そして同じようにイズモの大部隊がやってくる。時間は完全に無くなった。

 四人は、一人も欠けることなく笑みで最後の挨拶を交わした。

「では、また」

「必ず会おうねカイン、レン!」

「辛気臭いねえ、どうせすぐに会うんだから」

「二人とも、がんばって! 俺次会う時までにもっと操縦巧くなってるから!」

 四人はもう一度、それぞれの思いを胸に見つめあい。そして別れる。シルバとアカネは背を向け、灼熱の太陽の下輝くフウジンへと乗り込んでゆく。その光景をカインとレンは静かに見守る。着々と離陸の準備を進めるアカネはコクピットに乗り込んですぐに機器を確認し、動作の確認をする。シルバは特殊な機構であるフウジンを確かめるように機器を操作し、エンジンの出力を上げてゆく。

 ふと思い出したかのように、シルバは腰ベルトに括り付けていたケースを手に取り、それをカインに向かって投げた。飛んできたケースを慌てて受け止めるカイン。ずしりと重いそれは、何かと思えば出会った時に渡された、高純度の水素金属を入れたケースだった。

 エンジンの出力が上がっているため、叫ぶようなシルバの声でようやく、カインの耳に言葉が届く。

「カイン! それを君にあげよう。君の機体、ライジンの内部ユニットにそれを使えば、製造当初の機能が復活するはずだ! 何かあったとき、それを解決の糸口として使ってくれ!」

 それだけ言うとシルバは親指を突き立てて、操縦桿を握る。カインは渡された水素金属を強く握り締めて笑い、二人に聞こえるように大きく叫んだ。

「ありがとう! 二人とも生きて! 必ず生きてくれよ! 絶対だああああ!」

 その声を合図に、フウジンは一気に滑走路を走り出す。カインとレンはその一瞬の中で、悲しそうに手を振るアカネの顔を見た。

 そして飛び立ってゆく。地上から解き放たれた機体は見る見る上昇し、小さくなり、晴天の空へ消える。

 たた眺めている二人。無事を祈る事が今出来る全てであると理解し、ただ遠くを見つめた。

 ふとレンはカインの方を見る。足元の、乾燥しきった整備された岩肌に、一つ、また一つとシミが出来ていく。カインの瞳からは涙が流れ、それが頬を伝い地面に落ちていた。

「俺、言えなかった! ついて行くって、二人の手助けをしたいって言えなかったっ! 情けない、情けないよ……俺にもう少し力があればっ!」

 カインは涙を拭おうとはせず、ただ飛び去った方向を見続けていた。レンはその横顔を見て、押しつぶされそうな気持ちになった。カインが泣いている。こんな時、自分は何をしてあげられるのだろうと考え、自分を本当の馬鹿だと思った。そんな事は一つしかなかった。

「お前調子にのるなよ? あたしらがあの二人にこれ以上何が出来たってんだよ。十分すぎるくらいやったろうがっ! レースに参加して、死に物狂いで襲撃を回避して、ここまで送ったじゃないか。上出来だろうあたしたちのレベルを考えたら。他に何が出来る? 一緒に付いていって、世界の真実とやらを見るか? あの二人はとてつもなく大きなもの背負ってんだ。あたしらなんかじゃこれ以上助けにはならないよ」

 厳しい、でも現実としてある事実をレンは次々とカインにぶつけた。カインは心底レンの言うとおりだと思った。でもそれを肯定し、受け入れるほど大人でもなった。

「わかってるよそんな事っ! だからこうして見送ったんじゃないか。俺の実力なんてたかが知れてるし、世界の真実なんか触れようも無い大きすぎる話さ。でも、納得できないんだ。頭にくるし、悲しいし、涙も止まらなくて、もうどうしていいか解んないんだよ!」

 二人はにらみ合う。しばらくそうしていた。だが、ふとレンが空に視線を向けた為、カインもつられて空を見る。代わり映えない。生まれる前から同じ晴天が広がっているだけだった。

 お互い空を見上げながら、穏やかな口調でレンが語る。

「カインさ。この先どうしようか。レースに参加し続けるか、あるいはケルマディックに帰るか。カインが望むならさ……シンセイに言ってキャラバンのメンバーに入れてもらってもいいよ。それとも……あの二人を追うか?」

 最後のレンの言葉に、カインは思わずレンを凝視してしまう。今までに見たことも無い、やさしい表情でレンはカインを見つめていた。

「あたし思うにさ、いつものカインだったらすぐに諦めてたと思うんだ。仕事も、実際嫌気さしてたろ?時間の問題だったよ絶対。今だってそうさ。実力がないって諦めたろ。それがカインなんだ。だから、もう諦めちゃえよ。楽になっちゃえよ。無理して二人から離れようとなんかすんなよ。諦めて、カラス号に乗って飛んじゃえ! 頑固なお前が気持ち押し込めて、二人との旅諦めれるわけ無いじゃん。それとも諦めずに、実力が無い事受け入れて、今までの生活に戻れるのか? そんなかっこいい男になったら、あたし本当にお前の事大好きになっちゃうからな! 約束通り結婚してもらうぞ」

 カインはレンのあまりにも馬鹿げた言葉の数々に呆然とした。そして、口の端が釣り上がるのがわかった。心に何か暖かかくなっていき、力強いものが灯ったように感じた。

「誰が結婚なんかするかっ! てか約束してたみたいに言うんじゃねえよ! 行くよ! あの二人を追うよ! 元の生活にお前と逆戻りなんてストレスばかりでやってられるか。世界を敵に飛び回った方が百倍もましだ!」

 それだけ言って、カインは涙を腕で拭った。すぐに駆け出し、ライジンのコクピットへ上って行く。

 レンはその後姿を悲しそうな表情で、気持ちで、見続けた。やはり、少年の示した方向が正しかったのだと思う。襲撃を受けて、緊急的に二人を用意された水素艇に乗せていれば、カインは二人についていこうなどと思わなかっただろう。襲撃を受けたショックで、足がすくんでいたに違いない。でも、もし自身がカインを守るためだけに、残酷な判断を下していたら、きっとカインは許さなかっただろう。もう今までのように、話は出来なかっただろう。だから自ら誤った方向に進んだ。もう後戻りは出来ない。世界を動かす歯車の一つに組み込まれてしまった事を自覚する。そして、この先何があってもカインを守り続ける事を改めて誓った。

 カインはシルバからもらった水素金属をコクピット内のハッチを開け、燃料と直結するエンジン部に取り付ける。かちりとはまったそれは、まるで今までもそこに存在していたかのように、違和感なく、飛行艇の機関の一部となった。すぐにハッチを閉め、シートに座る。機器のスイッチを入れていき、機体は生命を吹き込まれたかのように動き出す。カインは準備を終えると、大声で叫んだ。

「何してんだレン! 早く乗れよ! お前の機体返してもらいに行くぞ!」

 レンは、心の中で渦巻く思いを全て仕舞い込み、満面の笑みを携えて走り出す。

「おうっ! 利子もばっちし付けて返してもらわないとな!」

 すぐに機体に乗り込み、アカネが座っていた後部座席へ腰を下ろす。すぐに飛行のための準備を完了させた。カインが操縦桿を引いていき、機体は徐々に加速する。二人の体に圧力が掛かり始め、離陸の瞬間を迎えると、一種独特の浮遊感が襲う。景色は水流よりも早く流れ、機体は晴天の空へ上昇して行く。

 この雲ひとつ無い空の延長線上に、いったい何が待ち受けているのか、それはカインにも、多くを知るレンにも分からない。ただ、飛行艇はどこまでも上昇していけるような、どこへでも連れて行ってくれるような、そんな気持ちを二人に与えていた。

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