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第二章 拾肆

 駆け出したレンは、連なって歩くカインとアカネの間に割って入るかのように、両の腕を二人の肩に絡める。勢いをつけて飛びつく形になったので、二人は前のめりになりそうになる。周りを歩く人の事などお構い無しの行為だったため、周囲から軽く視線を浴びた。

「おっ二人っさん! と、お兄さん。あたしちょー重要な用事があったの思い出したんだわぁ。少しばかり別行動をとるけど許してちょうっ!」

 いつもの軽い口調で皆に対して話すレン。カインは訝しげにレンを見る。いつものレンらしいおどけた様な表情である。カインはその表情に思う所があった。

「なんだよ用って。また悪だくみか?」

 にっと笑うレン。

「違う違う。これからの後半戦を考えてさ、絶対にあたしが勝つ為にライバルの機体を蹴落としとこうと思ってね。そろそろライバルとなりそうな黒い機体の整備が終わるころだし。ひひっ」

「誰に絶対勝つ気だ!」

「冗談だよ、冗談。ここで仕入れたいモノがあるんだよ。あたしも一応キャラバンの人間だからね。いいネタを見つけたんだ。手土産の一つでもあれば、皆だって喜ぶだろ?」

 本当かよと思いながら、カインは渋々了承する。

「わかった。でも早く戻れよ? スタートに遅刻とか洒落にならないから」

 そして隣でカインと共に、肩をがっちり固められているアカネは残念そうに言う。

「そう、ですか。皆でもっとここを見て回りたかったのに」

 了承を得たレンは二人の肩から手を離し、三歩ほど後ろ歩きで三人から離れる。そして演劇の舞台役者のように、大げさな仕草で会釈をする。

「それでは皆様、残りの時間をゆっくりお楽しみくださいませ。もう〝時間はあまり無い〟ゆえ、あたしは失礼させていただきます」

 レンは顔を上げ、強調した言葉と共に、視線をカインでも、アカネでもなく、シルバへ送る。無言で様子を見ていたシルバの表情は変わらない。変えない。

 踵を返したレンは、一人雑踏の中へ消えてゆく。灼熱の太陽が生み出す陽炎が景色を不透明にしてしまうかのように。

 カインは少し考える仕草をしながらも、特に疑問をいだく事は無かった。頭を切り替えてから、次に考えた事は鼻腔を刺激する存在の確認だった。

「まあいいか。あいつが居ないなら、それはそれで平和なもんだ。それより、折角だから出店の物でも食べてみようよ。さっきから良い香りが漂ってる」

 レースから離れるかもしれないという話しが出ていたので、なるべく皆で一緒に居たかったアカネは心底残念に思いながらも、カインの話を聞いて香りの元に興味を引かれていった。

「確かに、いい香り……」

「ね、食べに行ってみよう!」

 笑顔で誘い、アカネは頷き返す。カインは出店の前に現れている人の列に視線を送りながら、シルバにも声をかける。

「さあ、シルバも行こう」

「ああ……そうだな」

 動き出す二人の後を追う形で、シルバも歩き出す。そして考える。レンの言葉に含まれた意味。

〝時間はあまり無い〟

 レンの言う時間、シルバは後半戦が始まる前の、今の事を指しているのだと考えていた。自身に向け、レンは後半戦の参加はすべきではないと言いたかったのではないか。行動を共にする時間はあまり無いと伝えてきたのではないかと思った。まるで自身の考えを、後半戦に参加しないほうが良いという判断を見透かして発言したかのように。

 この考えが事実だったとして、では何故レンがそう考えるに至ったのだろうかと、シルバは思考を巡らさずにはいられなかった。イズモに行動が把握されている事を伝えてきたレンのことだ、何かを掴んだに違いない。

 シルバは、楽しそうに出店の列に並ぼうとする二人を見ながら、漠然とした情報を下にではあるが、明確に、このエアーズロックからの離脱をする決断を内心で下した。






 三人と別れ、出店の列でカイン達の順番が回ってくるのと同じころ、レンは人波を掻き分けながら、先ほど少年が去っていった方向を素早く進み続けていた。露天商人からかけられる声を無視し、自尊心の高そうな男や、虚栄心の塊のような女とぶつかりながらである。

 しばらく進むと辺りの雰囲気が少し変わり、出店や人はまばらになり代わりに高性能な大型旅客機が多数止めてある、広々とした滑走スペースへ出ていた。観光客向けの機体を止めてある場所だった。どの機体も富を持っている者のみが入手し、また施す事が可能な装備が搭載されている。岩肌しか見えない景色に溶け込まないそれらは、まるで別の世界から現れた未知の生き物のように、違和感を撒き散らしている。

 何となくではあるが、レンは少年がどこへ消えたのか察しがついていた。喧騒を離れ、このような飛行機群の中に向かうと言う事は、このどこかに、少年が乗ってきた機体が存在しており、おそらくはそこに少年がいるのだ。

 やや歩調を遅め、注意深く辺りを見回していく。個人名の記載された機体を候補から外し、大人数を搭乗させることのできる機体も少年の物ではないと判断する。しばらく歩き回ったレンは、一機の機体の前で足を止める。

 これだ。そう、思った機体が目の前にあった。複座ではあるが、数人しか乗れないようなサイズ。空気を切り裂くように尖ったコクピットを先に、楕円形に広がるおおよそ飛行には適さないのではと思えるデザイン。少年が大人数で移動するとは考えられない。そしてイズモのトップを乗せるのであれば、有事の事を考慮し、圧倒的な飛行性能を有する水素金属を使った機体であるはずなのだ。水素金属の機体であれば、形など問題ではない。空気抵抗が少なければいい。目の前の機体はまさにその条件にピッタリだった。

 レンは確信を持って機体に近づいていく。人気の無い滑走路では無音が辺りを支配し、眼前の機体を鈍重に演出して見せる。沈黙を破る為に、レンは思いっきり機体に蹴りを入れてやろうと、右足を振りかぶった。だがその足が機体を蹴りつけることは無く、その前に、レンの予測を正解だと言わんばかりに、自動で機体のハッチが開いていった。中から階段が自動で降りてくる。

 レンは迷うことなく下りてくる階段に飛び乗り、駆け足で機体の内部へ入っていった。

 内部に入ると、青白い人工の光が、無骨な灰色の金属壁に反射して機体内を眩しく照らし出していた。外の太陽光とはまた違った光の刺激に、一瞬レンは眩みを覚え頭を左右に振る。また、外気とはどれほどの差があるのかと思ってしまうほど、ひんやりとした空気が部屋には充満していた。

その機体の内部の中心に、少年は立っていた。まるでショーウィンドウにディスプレイされている人形のように。

 蝋で固められたような白い肌に笑みを浮かべながら、少年は言葉を発す。

「やあ、よくこの機体までこれましたね。後で遣いの者に内密で連れてきていただこうと思っていたのに、おかげで手間が省けましたよ」

 レンは少年に負けじと表情を消し、対応する。

「白々しいやつだ。目の前に現れておいて。どうせ予定通りの展開なんだろ?」

「いえいえ、予定通りではありませんよ。少なくとも貴方がここに現れるのは少し早すぎです」

「……言え、何をしにここまできた。何が目的だ? アカネとシルバを捕らえる事なんて簡単だろ。わざと泳がすような事をしてどういうつもりだ。それでいて襲撃なんかしやがって」

 レンは感情を抑えながらも、一歩、一歩と少年に近づいてゆく。

「うん。少し予定が遅れたからね。本当は、あの二人はケルマディックを脱してすぐリュウキュウ地区、君の故郷に向かうはずだったんです。君の大切な者の飛行艇を借りるか、奪うか、同行願うかしてね。なのにARRに参加する事になってしまいました。飛行機が目的なのだろうけど、その方法は時間が掛かりすぎます。だから教えてあげたんですよ。私達は貴方達の行動を把握しているとね。二人はきっとすぐにでも方向転換をしてくれると確信しています」

 饒舌で少年は隠すことなく事情を喋り続けた。まるで価値の無い情報だと言わんばかりに。それでもレンは臆さない。明確な答えを聞き出すために、思考の軸をぶらす事は致命的である。

「答えになってないぞ。昨日の襲撃で十分あの二人には伝わっているはずだ。レースに参加する意味が無くなってしまった事をな。あたしもあんたの事を教えたし、その事だってどうせ予測済みだろうが。ここに来る必要なんて全くないはずだろあんた」

 少年はペン先で分厚い洋紙をつつくかのような含み笑いを漏らす。

「別に大した意味はありません。貴方達の計画には、副賞の飛行機が必要なんでしょう? だから、僕が持ってきてあげたんですよ。これを」

 おもむろに少年は自身の足元を指差す。レンも思わずその先を見てしまう。床ですなどという空気ではない。

「この飛行機を?」

「そうですよ。副賞より全然いい代物です。きっとお気に召してくれます」

 意図が全く読めない。レンはそう感じざる終えなかった。そもそもアカネ達を捕らえるつもりなど、ないのだろうか。でなければ、なぜ飛行機を渡そうとするのか。そしてもし捕らえる気が無いのであれば、どうしてケルマディックの上空で水素艇を墜落させるように攻撃を仕掛けたのか。矛盾ばかりの行動にしか思えなかった。

 混乱するレンを気にもせず、少年は話す。ただ、その内容で状況が一変した。

「ただし、また少しだけ予定が狂いました。さっきも言った通り、貴方はここにくるのが早すぎました。本当はね、ことが終える際にでも来てもらうつもりだったんです」

「こと?」

「ええ、この飛行機を円滑に使って頂く為の演出です。だって素直に渡したって使わないでしょう?」

 確かにと納得しながらも、まるで、誕生日のプレゼントを渡すかのような軽い話しに感じてしまう自身を律する。

「何をする気だ」

「する気だったが正解ですけどね。まあ、呼ぶ手間が省けたのと、機体を独力で当てたご褒美だと思って教えます。まもなく、エアーズロックをイズモの空軍が攻撃します。反乱分子が紛れているとしてね。嘘ではないですし。まあどっちでもいいですが、とにかく攻撃します。それに乗じて、この機体をあの二人には強奪してもらうつもりでした」

 簡単に、積み上げた砂山を子供が崩すと判断するかのように、攻撃の事実を少年は口にした。レンは心の中で激しい恐怖に襲われる。目の前の少年は、少年に見えるだけの者は、壊せる物の次元が違う。青ざめた表情のレンを気にすることなく、少年はじめから変わることの無い笑みのままで言葉を口にしていく。

「なので、このまま貴方がだまっていても結構ですし、全てを放り出して逃げてもかまいません。ただ、出来る事ならば協力をお願いします。攻撃が開始されたら、二人をここまで誘導してください。貴方とはこれからも仲良くしたいですからね、攻撃に巻き込まれて欲しくないんですよ。この機体と場所は攻撃対象に含まれていませんから、安全は保障しますよ」

 両手を広げて、安全をアピールする少年。レンには、協力せねば安全の保証は無いという脅しにしか聞こえなかった。

 皆に対する完全な裏切り行為の強要。今まで少年の存在をだまっていたのとはわけが違う。シルバとアカネを、逃れようの無い一方通行のレールに乗せるのと同じだった。レンは葛藤で思いっきり叫びたいという衝動を必死に抑えつける。悔しさとこれからずっと苛まれる後悔で、今にも大きな瞳から涙が零れ落ちそうだった。

 もうレンは答えなかった。少年の顔を見ることも無く、振り返ることも無く、飛行機のハッチへと向かう。扉が開き、自動で閉まる。冷え切った空気から、蒸せるような空気が肺の中に取り込まれてゆく。焦燥感に包まれた表情で空を眺めたレンは、雲ひとつ無い晴天の空に、これから雲のような大量の飛行部隊が襲来し、雨のように爆薬を落としていく光景が、全く想像できなかった。

 それでも、レンは走り出した。

 〝時間はあまり無い〟

 自身が先ほど言った台詞を心の中で何度も反芻する。両腕を必死に振りながら、走りぬける。

 レンは走りながら、これから行うことを、起こることを顧みて、決断を下した。


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