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第二章 拾

 カインとアカネが下水施設跡に入ってからしばらく、荒れ果てた地獄の大地は太陽からの光が無くなり、闇の支配が強まる時間となっていた。深紅の水素艇からの襲撃を逃れたレンとシルバは、デス・スウェルの中でも比較的緩やか地平を有する岩山に飛行機を着陸させ、本日の飛行工程を終了させていた。

 飛行機から降りた二人は、機体に備え付けておいた太陽電池式ランタンを地面に置き、乾燥肉やパンなどで簡単な食事を取った。

 黙々と食料を口に運びながら、シルバはレンが話しをするのをただ待ち、レンはレンで話を切り出すタイミングを伺う。なぜ、深紅の水素艇が自身の機体を襲うように手はずを整えたのかを。

 レンは口に運び続けた乾燥肉の一切れを手の中で遊びつつ、覚悟を決めてシルバに話しかける事にした。

「あのさ、昔話をしてもいいかな?」

 昔話。シルバは疑問はあっても口には出さない。代わりに頷く。

「あたしはね、イズモ発祥の地の出身なんだ。名前なんかで判ってたかもしれないけどさ。でね、その発祥の地にリュウキュウって地区があるのは知ってる?」

「リュウキュウは知っているが……まさか、あの場所と君に関係が?」

 シルバはそのリュウキュウという地名に僅かに驚く。

「そ、リュウキュウはあたしの生まれた場所さ。その反応だとあそこがどんな場所か知っているみたいだね」

 リュウキュウ。シルバは知識を引き出しから取り出す合図のように一度目を瞑り、レンへ肯定の意味で頷く。

 イズモカンパニー創設メンバーの一人、雲を管理する為の大型水素機関を開発したカンジ=イシガミ。彼が、その水素機関の知識の全てと引き換えに、イズモから譲り受けた特区。それがリュウキュウだ。シルバはその地についての知識を知らぬはずがなかった。

 イシガミは、イズモ創設に関わった人間で、唯一イズモとの関係を絶った人物でもあり、一族はその姿勢を現在に至るまで貫いている。そして、外部でイズモの中枢を知っているであろう人々が住む唯一の場所なのだ。シルバとアカネがイズモ本部を離反し向かった場所。そこがリュウキュウであった。

 そうとは知らないレンは淡々と話しを続けた。

「まあ、知ってるんだろうけど、簡単に言えばリュウキュウは昔イズモと深い関係にあった独立特区さ。そんな場所だからさ、イズモとは関係を絶ったって言っても、結構イズモの内情とかには詳しくなるんだ。今あたしがいるキャラバンもリュウキュウへは商売で行くしね」

 たしかにリュウキュウ出身ならイズモに詳しいだろうとシルバは思う。リュウキュウではイズモの影響を受けず、真実を知りながら育つのであろうから。だが、

「その昔話、今日の襲撃と関係がある。と?」

 シルバはあくまで淡々と、話し始めたレンに問う。

 人工的な暖色の光に照らし出されたレンの表情にいつもの笑みはない。

「まあ、ね。ここだけの話しさ、シルバたちがケルマディックに墜落したとかいう飛行体に乗っていた人物であろうってのは、あの職業斡旋所で会った時には分かってたんだ」

「何? どういうことだ」

 レンは迷うように沈黙し、そして一度頷き答える。

「あの施設は本来キャラバンを統括する施設でもあってね、二階は職業斡旋をしているけど、三階はケルマディックやイズモと商談なんかをする場でもあるんだ。あたしはシルバたちが二階にいた時、三階に呼び出されていたのさ。そしてシルバやアカネについてとある人物から話を聞いたんだよね。奴はあんたたちを探しに来た追っ手だ」

 シルバにとって、レンの台詞は疑問だらけであった。自身やアカネを知る人物が、キャラバンの中枢にいて、およそ今回の逃避行とは無関係と思われるレンと接触をしていたと。レンはそういっているのだ。つまり、レンはイズモと関係をしているという結論になる。レンは敵、なのか。思わず追っ手という言葉にヴァーゼンの顔を浮かべる。だがシルバは今までのレンとの行動から、そう判断ができなかった。

「追っ手。君に……接触したという人物は誰だ。なぜ今回の私たちの行動で、君がその人物に呼び出される」

 少し間を置きながら、慎重にレンは喋った。

「あたしはさ、小さい頃にリュウキュウに居たって言ったでしょ? だからリュウキュウの内情もよく知っててさ、結構秘密も知ってるんだ。実はあの地区がイズモと独立を完全にはしていないだとか。そんな事も知ってる。んで、それがどうしたって話しだけどさ、独立してないんだから、一部交流もあって、イズモの人間と接触する機会もあるんだよ。今回、ケルマディックに来ていた奴がさ、あたしの知っている奴だったんだ。だからあたしが呼び出されていたのさ。それがあの職業斡旋所にいた理由。そして、そこに来てた奴の事だけど。シルバもアカネもたぶん知っている奴だよ」

 自身のことを知っている人物。シルバにはヴァーゼン以外思い浮かべる事が出来なかった。

「ヴァーゼンか?」

 否定を示すようにレンは顔を横に振り、少しだけいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべ、

「ヴァーゼンってのはさっきの機体の操縦者っしょ? 外れー。あの時、三階にいたのは……イズモのプレジデントさ」

 接触していた人物の素性を明かす。

「プレジデントだと? 馬鹿な、なぜ彼がケルマディックにいる! 彼は本部から出る事は無いはずだ。第一私たちをプレジデントが追いかけてくるなど、有り得るはずが無い」

 珍しくシルバは狼狽した。まさかの人物を告げられ、考えをめぐらせる事さえ出来なかった。プレジデント、シルバが出会う事のない存在。実在の顔さえ見た事もない人物であったのだ。

「本部から出ないねぇ。でもあのジジイはリュウキュウによく来てたぞ? だからあたしも知ってるんだし」

 プレジデントは頻繁に外部と接触をしている。シルバはそんな情報を知るはずも無い。立場が違うのだ。だが、レンの言った言葉の中に、全く別種の違和感のようなものが存在している事に、シルバは気が付いた。知識との離反。現実との齟齬。

「ジジイ? 誰のことを言っているんだ。イズモのプレジデントは代々世襲だ。たしか今のプレジデントはまだ十二歳くらいのはずだ。だからそもそも権力もなく、それこそ追っ手などありえ――」

「ははっ! 権力が無い? シルバさ、見た目とか常識なんかに左右されない方がいいよ。リュウキュウ出身のあたしからしたら、いまのイズモや世界の異常さが良く分かる。シルバもアカネも、その一端を垣間見たから、今ここにいるんじゃない? 予想だけど」

「そ、うだ、が……」

 レンは冗談の一切無い笑みを見せた後、真面目な表情でさらに語る。

「ならさ、今ある現実なんて何も信じちゃ駄目だ。この世界の仕組みも、イズモもだって当然だし、それに関わる全ての人達も含めて、全部嘘さ。目に見えるものは嘘だらけだよ。リュウキュウに行くといい。あたしの口から色々聞くより、理解が早まるよ。現実がどうなっているのかね。まあ、あたしが教えてもいいけど、実はあたしはそんなにイズモについても、詳しく知っているわけじゃないんだ。興味なかったし、そういうの」

 シルバは思わず押し黙り、現状の認識を改めようとする。そして、リュウキュウへ行くことの必要性を再確認した。

「わかった。詳しい話はリュウキュウへ行って聞く。元よりそのつもりだったんだ」

 それがいいと思う。レンは言って頷く。

「最後に、一つゾッとする話しをしてあげる。あたしが小さい頃、あのジジイ、プレジデントはリュウキュウによく来てた。見た目通りの高齢でさ、今にも死んじまいそうな感じだった。だからあたしにとってはイズモのプレジデントはジジイさ。でもね、ケルマディックに来てたあいつは、確かにシルバが言うとおり、十二歳くらいの少年だったよ。世襲で新しい世代に企業を受け継いだと言えばそれまでだけどさ。じゃあ、なんであの子供のなりをした奴が、小さい頃のあたしと会った事を話すんだろうね」

「…………」

 老人と少年の差異。シルバはレンがした話しについて、これ以上考えてはいけないような気がした。それは危機感でもあり警戒心でもあった。海を奪ったイズモの異常性は、トップに君臨する人間の異常性にも繋がっている。自身やアカネの求めている答えは、想像を絶する終着点にあるのかもしれない。そう、思った。

 お互い沈黙する中で、レンは場の空気が変わるよう、大きな声で一度ため息をついた。

 同時に表情を崩し話しを続ける。

「胡散臭い話はもうおしまい。あとは自分で答えを探しなよ。話しがそれたけど、聞きたいことはレースでの事でしょ? 何で飛行機の搭乗者登録にシルバとアカネの名前を使ったか、知りたい?」

「ああ、何故だ? 本来なら、私とアカネはカインの飛行艇に乗るはずだった。カインの機体に私たちの名前を使うのなら、君が敵だったと判断が付くが、逆は理解できないな。私たちの正体を知っていたと言ったが、君の行った行為は囮そのものだ。私とアカネを追っ手の攻撃から守るかのようにな。だが、その理由は無いだろう」

 シルバはレンを敵だとはもう思っていなかった。不可思議な点はまだ幾つもあったが、それでもレンの明かした話は、敵だった場合話してはいけない情報だったからである。それに、今までの行動を共にして、すでに敵とは思えなくなっていた。だからこそ、変な疑いは晴らしておきたくて聞いたのだ。

 まっすぐな目で真実を見抜こうとするそんなシルバに対し、レンは視線を空へ向ける。星々の輝きによって照らし出されている濃紺の夜空を背景に、レンは少し恥ずかしさを滲ませるような小声で呟く。

「カインの飛行艇、カラス号はさ、あいつの親の形見でもあるんだ。カインからそんな話し聞いてる?」

 頷くシルバ。

「ああ、両親の残していった機体だそうだな。言ってよいのか分からないが、あまり両親の事をよく思ってはいないみたいだった」

 シルバの話を聞いて、レンの瞳の中に僅かな悲しみの光が流れる。

「そう、かぁ。うん仕方ないかな。あいつ親のやった事で苦労してたからな」

 ――ごめん、カイン。

 レンは心の中でカインに謝る。寝る前にするのと同じように。

「でも、親の形見に変わりはないでしょ? だから、壊されたくなかったんだよねあの飛行艇。ジジイから、墜落した水素艇の搭乗者に追っ手を差し向けるって聞いて、最初はどうでもよかったんだ。あたしには関係ないって。でも、まさかカインが巻き込まれてるなんて思わなかったからさ。焦ったあたしはすぐにカインの所に行こうとしたよ。そしたらすぐにシルバたちに鉢合わせときた。だから真っ先にカインの注意をそらそうとしたんだ。レースどうすんだーって。そうしたらあいつ馬鹿だから空気も読まず、レースに勝つとか言い出すし、終いには形見の飛行艇まで提供して。んで、見てられなかったわけ」

 シルバは話を聞いて、正直呆れてしまっていた。

「では、カインの飛行艇を守るためだけに、自身の機体に私たちの名前をつけて飛ぶ気だったと? それがどんなに危険か分かってやったのか?」

 レンは珍しく顔を赤らめふて腐れた表情をする。

「だって、他に方法ないじゃんか。それに実際はあたし、さっさとリタイアするつもりだったんだよ。んで、飛行機置いてさっさと逃げれば、あとはシルバとアカネが乗った機体は自由になると思ったんだ。なのに今度はカインが飛行艇を操縦する事になるし、あいつ嬉しそうだったからついあたしも止めれなくてさ。もしかしたら、あのジジイの事だから、実際の搭乗者まで把握してるかもしれないとか考えちゃって。これはリタイアなんて出来ない。完全に囮をやるしかないーってなったのさ」

 ソッポを向いたレンに対し、苦笑いをしながらも、シルバは頭を下げた。

「そう、か。済まなかった。カインを巻き込んで、必然的に君まで巻き込んでいたんだな」

 レンはそんなシルバを見据えながら、

「いいってことさー。騒動大好きレンちゃんにはちょうどいいイベントだったよん」

 いつもの無邪気な笑みで答える。そして、顔を上げたシルバに対し、

「たださ……これから先の事で、カインを……いや、やっぱいい。まあ、レースもこれからだし、気を吐いていこうよ」

 こう答えた。

 シルバはレンの伝えたかった事。その事を考えながら、レンに返答をする。

「ああ、まだ追っ手もあるだろう。あの二人に危害が加えられないよう、最警戒で進もう」

 二人をそれからしばらく沈黙し、明日へ備えて寝る事にした。そろぞれの思惑を胸に抱きながら。


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