第零章
「やあ、久しぶりだね。最後に君に会ったのはもっと小さい頃だったよね」
「……なに、しに来た」
そこはドーム状に建造された一室、壁面には円形の建築に合わせた歪曲したガラス窓が設けられており、絶え間なく光が注ぎ込まれている。無機質なデザインの灰色の石で作成された床の上には、複雑な模様で編みこまれた絨毯が、部屋の円形に合わせて、美しい円縁取って敷かれている。上には訪問者を迎える黒皮製のソファーと、その後ろには事務処理を行うための金属製デスクが設置されていた。二人の立ち位置、呼んだ者は金属製のデスクの上に腰をかける形で、子供のように座っている。呼ばれた者は、憮然とした表情でソファーには座らず、その前で腕組みをしていた。
「うん。少し問題が起きてね。この地区はそんなに詳しくないんだ僕は。だから知人である君に助けを請いたくて、来てもらったんですよ。なに、話を聞いて欲しいだけです」
呼ばれた者は不満を一切隠さない。
「……関わらない約束はどうした? あんたなんか知らないね。問題ってのもどうでもいい。勝手に動き回ればいいさ、ここを。巻き込むんじゃない」
二人の間に沈黙が流れる。光が窓の反射でゆらゆらと影を揺らす。デスクに座った人間の方が先に表情を崩す、微笑みながらその沈黙を破った。
「こちらから関わるつもりは無いですよ。親切心なんですこれは。昨日少し事故が起きてね。とある人間……まあ君になら話してもいいか。『鍵』を乗せた飛行艇が墜落してね。ここのすぐ近くに」
「それが、どうした?」
くだらない事で呼ばれた。その者には不快以外のなんにでもなかった。
デスクに座る者は、含みを帯びた声で笑い。答える。
「ふふっ。実はね、君の大切なモノがそれに関わってしまって――」
「手を出すなっ!」
怒りに任せて叫び、目の前にあるソファーを蹴りつける。それを見ても、デスクに座る者は微笑み続けた。
「手なんて出さないですよ。だから親切心なんです。僕はね教えてあげただけ。未来は君の考える方向を示していない。君の自由にすればいいです」
呼ばれた者は怒りに震え、今にも殴りかかりたいという感情を何とか抑える。
「いいだろう。あんたがそういう方法で、縛るって言うなら、おとなしく従ってやるよ。ただな、絶対にあんたが思ったように巻き込ませたりしない。責任は自分が請け負う」
それだけ言って、早足でその者は部屋を去っていく。打って変わったかのように、ドーム状の部屋には静寂が訪れる。
微笑みながらその光景を見ていた者がデスクから降り、窓へ向かう。視界に入るものはどこまでも澄んだ空のみだった。
「君はそうやって未来を形成する歯車になるのかな? それとも――」