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第二章 玖

 決まった。レンは油断ではなく確信した。シルバとしても予想を超える戦績であった。ギリギリの逃避行から、レースの離脱が精一杯であると思っていたのだ。

 凄まじい速度で飛行しながら振り返り、笑みを浮かべるレン。


 だが、その笑みが凍りつく。


 深紅の水素艇は、岩に激突する寸前で目に見えるほどの、強力な電磁波を放っていた。機体を卵の殻のように覆った電磁波は、岩肌を削り取り、磁石が反発するかのように、機体を岩から引き放つ。そのまま、レン機の加速にも劣らない速度で、緊急旋回をしてきたのだ。

「惜しい、惜しい、惜しいねぇ! 目が覚めたぜ鶏の絶叫でなぁー。でも、さすがのシルバもぉー、試作機であるこの水素艇の機能まではしらないぃぃ!」

 ヴァーゼンは勝ち誇った侮蔑的笑みを浮かべ、速度を落としていくレン機を投影したレーダーに話しかける。


 レンは、決まったはずの一撃が空砲に終わった事に動転しつつ、無駄とも思いながら再度、空気の圧縮を開始する作業に取り掛かる。

「シルバ! どうなってる? どうする! 相手とのあの距離じゃ圧縮空気は僅かしか作れない。離脱か、無駄な足掻きをするのか? あたしは足掻くよ!」

 シルバは目視で見た光景を僅かな時間で分析する。おそらくは強力な超伝導を発生させたという事、また、発生をさせるには、高純度の水素金属が必要だという事。そして、敵機は超伝導の反発力で加速しているという事。傾向、対策。

 シルバは緊急の策をレンへ向けて伝える。

「いいか、奴はあの加速のままこちらに襲撃を仕掛けるだろう。ギリギリまで引きつけるんだ。そして、僅かな加速でもいい、デス・スウェルへ再突入をするしかない!」

 無茶な無駄。そして無謀。

 レンはそう思い、しかし納得する。

 この飛行に残された最善の策は、いかに派手な墜落をしたかのように、相手に見せるかだ。もう追う必要が無いという事を認識させねばならない。

「了解! しかし男だねー。あたしを巻き込んでおいて、どうなってもカインたちを助けるってのに覚悟を感じるよ。あたしも見習う」

 この舞台、死ぬ気で死を演じる。

 機体は徐々に減速し、深紅の機体に捉えられていく。

 圧縮空気は僅かしか貯まらない。

 

 

 



「カイン急いで! 完全にレン機は捉えられてる。間に割って入らないと撃墜は必至よっ!」

 カインたちは、デス・スウェルを攻略出来るギリギリの速度で飛行していた。入り組んだ岩壁を旋回、僅かに降下、そして上昇。レン機の飛行する方向を目指し、さらに加速させてゆく。カインは緊張と、はやる気持ちで力みながらも、操縦桿を握る。前だけを直視し、不規則な岩々を交わす。上昇していく中で切り替わる視界。視界に広がっていく橙色の空。デス・スウェルを抜ける。橙色の空で力を失いかけた太陽の光を精一杯補助しているかのように、陽光の反射で輝く飛行機が見える。

 カインは自身を鼓舞するかのように、敵を威嚇するかのように、たた叫ぶ。

「いっけええええ!」

 漆黒の機体は一気に加速してゆく。



 ヴァーゼンは徐々に詰まる標的との距離に狂喜しながら、機銃の照準を合わせる。

「それじゃあこの舞台も終焉だぁー。幕引きは華麗な爆発で祝いの華を咲かせるもんだよなあー」

 そして、ゆっくりと引き金に手をかける。


 レンにとっては一対一の負けの決まった勝負。

 

 ヴァーゼンにとっては勝利の約束された遊戯。


 カインにとっては失敗だけは許されない円舞。

  

 三者三様の交錯が巻き起こる。

 後方を飛行するヴァーゼン機では完全に前方の機体をとらえたと、電子音が銃弾の発射を促す。

レ ンは覚悟を決め、せめて機体は損傷しても、自身とシルバに弾が当たらないよう、機体を反転させてゆく。そしてただ、目を瞑る。

 その瞬間だった。カインの操縦する機体が射程に捕らえられたレン機の間に割って入ったのだ。絶妙のタイミングだった。

 突然下方のデス・スウェルから飛び出してきた漆黒の機体の登場で、ヴァーゼンは予想外の事象に攻撃を遅らせてしまう。レンは絶望的だった刹那の時を得て、瞬時に僅かな圧縮空気の噴射を実行する。

 呆然としたヴァーゼンは、すぐに最後となるはずの銃撃を繰り出した。

 だが、その僅かな時間は決定的だった事象を覆す。

 弾は寸前の所で加速したレン機から外れる。ヴァーゼンが怒りに発狂するのと同時に。

「ばあああああ!  誰だ! 誰だ! 誰だ! 観客の分際で何ショーの舞台に登ってやがんだ? 覚悟はあるんだろうなあ、このショーは悠久に愛想尽かされた喜劇だってのによぉーっ!」

 三機は交錯の後、それぞれに分かれて行く。

 レン機は僅かな加速ではあったがデス・スウェルへ再突入する。ヴァーゼン機は敵機を銀色に輝く機体から、漆黒の彩る機体へと照準を変えた。

 そして、舞台へ躍り出たカインは、すぐにアカネの指示にあった通りの行動を取った。通信機の電波帯を共有のダイアルに合わせる。マイクに向かって声を発す。

『こちら〝鍵〟の運び手。すぐに攻撃を中止せよ。繰り返す、すぐに攻撃を中止せよ!』

 カインにとって、その言葉の意味する所、鍵とは何なのかが解らなかった。ただ、それを告げることが言われた作戦の一つであったし、またアカネに言われた作戦を成功させる、文字通りの意味の鍵であった。

 ヴァーゼンは怒りをすぐに冷まし、もう一度漆黒の機体へ照準を変える。怒りをぶつける対象としてでなく、落とすべき標的として。

 向けられた対象は違ったが、カインの声は共有の電波帯であった為に、レンとシルバにも届いていた。

「あーの馬鹿ーっ! 何飛び出してんだ。こっちの覚悟も知らないでええ! な、泣かす気か!」

 レンは無鉄砲なカインに対する怒りと、湧き上がってくる喜びに、感情を抑えられなくなっていた。逆に、後部座席に座るシルバは頭を抱える。守るべきはずの存在が、自ら的だと告げた事に、頭を抱えざる終えなかった。

「アカネ、何を考えている?」

 レン機は高度を下げながら、デス・スウェルを単機で進む。







 交錯の後、すぐさま攻撃は再開された。カインは操縦席の頭上を掠め飛んでゆく弾丸を目の当たりにし、恐怖とも戦いながら飛行した。

 後部座席から、冷静さをギリギリ失っていないであろう声量で、アカネが指示を出す。

「カイン、出来うる限り旋回をしながら、南南西の方角に飛行して、さっき説明した目的地まで逃げ切れれば、私たちの勝ちだから!」

 カインは振り向かず頷く、自身に言い聞かせる意味合いもあった。カインには、アカネの作戦の全貌は見えていなかった。説明を受けはしたが、先ほど発した言葉の意味も解らず、その目的地とやらも良くわからなかった。言われた事は一つ。

〝指示した先に、機体が入る程度の大穴があるの。そこまでヴァーゼンを引き付けながら飛行して、そして穴に飛び込んで〟

 飛行艇で穴に飛びこむ。まったく意味不明であった。だが、アカネの指示した通りに通信をしたら、敵機はこちらに標的を変えてきたのだ。今は、アカネの言葉を信じるしかなかった。

 いや、信じる以前に、考えを疑う余裕などなかった。

 カインが最短のルートで旋回をして速度を上げても、水素艇である深紅の機体は急角度で方向を変更し、追跡をしてきていた。そのあまりに常識はずれの飛行方法に、カインはただただ驚愕した。

「す、すごい、まるで抵抗が無いみたいに飛んでくる! これじゃあすぐに追いつかれて撃墜されるぞ!」

 カインは出力を、急旋回で出せる限界値まで引き上げて応戦した。僅かな意識の隅に、限界高度の事を考えて。

「もう穴が見えるから。だからあと少しがんばってカイン!」

 アカネは苦しそうに、しかしカインを鼓舞する。

 機体が激しく振動し、固定されているはずの機器や部品が、悲鳴を上げるかのようにガタガタと音をたて始める。

 最大出力と急旋回で、搭乗者に掛かる圧力は凄まじい物があった。カインはテスト飛行で何度かこの圧力を経験していたが、普段水素艇でなれていたアカネには、即に旧世代の機体による飛行は慣れていない。だから意識が飛びそうになるのを必死で堪えていた。

 それでも、弱音を吐くわけにはいかない。ナビとして、操縦者に不安や気遣いを与えてはならないのだ。カインに聞こえないよう、祈るように呟く。

「早く、早く……」

 敵機がさらに接近してゆく。

 視界に広がるデス・スウェルの岩波が凄まじい速度で流れてゆく。

 銃弾は、岩肌を削り、弾く。


 そして、ついにはカインの操縦する機体に弾が当たった。


 操縦桿が強く振動する。コクピット内に不気味な金属同士の衝突音が響き渡る。その音はカインとアカネの心臓を握りつぶすような音であった。幸い音は音だけで終わり、飛行は出来ていた。だが、銃弾は切れることなく発射され続けている。もはや撃墜は時間の問題だった。

 深紅の機体が離れていた距離をつめ、完全な射程圏内へと侵入してくる。カインは次の攻撃でやられるという、絶望的な確信があった。それほど距離がつめられていた。

 百メートル。

 五十メートル。

 通信が入る。

『終わりだ……』

 カインはその感情の入っていない声に、心底恐怖した。人を殺そうとする人間の声は、知らない男の声であっても、恐ろしいほど冷たかった。

 全身が硬直するのがわかる。

 死ぬ。カインは覚悟が出来ぬままに認識した。意識が飛ぶ、瞬間、

「カイン! 下へ!」

 アカネが大声で叫ぶ。消え入りそうな意識の中、現実へ引戻そうとするかのような声に、カインは反射的に操縦桿を押し倒す事で応ええた。

 ギリギリのタイミングで機体は急降下し、残った機影に弾丸の雨が突き抜けてゆく。

『がああああああああっ! テメふざ――』

 カインは視界を外に向けながら、慌てて通信器をオフにする。

 入り組んだ岩波状の大地に、明らかに人工的な穴がカインには見えていたのだ。

「ア、アカネ! 穴ってあれ? あんな所に進入して大丈夫なの? 幅は……」

「私を信じて、今はあそこに入るしか逃げ道は無いの!」

 カインは返事をしなかった。敵機が急降下して追ってきていたと言うのもあったが、アカネを疑おうとは、そもそも思わなかったのだ。

 眼前には機体が一機侵入するのにギリギリの大穴が広がっている。人工的にデス・スウェルを整地し、そこにトンネルの要領で掘られたのであろうと思わせる作りであった。赤茶色の岩ばかりの中に、大穴の周りだけアスファルトの灰色が浮き出ており、周辺には低層と思われる四角い施設がいくつか見えた。

 距離はほとんどなかった。迷う必要もなく。迷う時間も無い。

「入れぇーっ!」

 叫びながらカインは一直線にぽっかりと空いた穴へ飛行艇を操縦する。同時に、またしても弾丸が飛び込んでくる。機体を掠めた銃弾が、大穴の周辺を削りとったのを目視しながら、カインは大穴に飛び込むのに成功する。

 すぐに気圧の変化で耳鳴りがする。だが、それどころでは無かった。夕方とはいえ,光の中を飛行していたのが、突然闇の支配する空間へ飛び込んだのだ。カインの目は何も見えていなかった。

 すぐに出力を限界まで下げる。進入時の目視では、機体と穴の幅にそこまでの余裕は無かったのだ。速度を急激に落としながら、カインは慌ててアカネに話しかける。

「こ、これはまずいって、墜落する! 何も見えないじゃないか! どうすれば! ど、どうすればいいんだ!」

「落ち着いてカイン! レーダーはしっかり機能しているから! 目視に頼らずレーダーの数値と映像に目を向けて!」

 カインは慌ててレーダーに目を落とす。すると確かに明確な構造がレーダーに映し出されており、穴の構造と距離、高度までを正確に映し出していた。それを見て少しだけ心を落ち着かせる。

 瞬間、穴の中に轟音が響き渡った。ギョッとしたカインだったが。その音がどういう意味合いを含んでいるのかが解らず、また暗闇の中から響く音だけに、ことさら恐ろしかった。

 しかし、同時に後部座席のアカネが歓喜の声を上げる。

「よしっ! 私たちの勝ちだよカイン、すぐに着陸して!」

 カインはアカネの歓喜の意味がわからなかった。だが、暗闇の中を最低速度でも飛行しているよりは着陸した方が全然ましだという気がしたので、すぐに着陸の作業を行なった。

 機体をさらに減速させてゆき、レーダーのデータに操縦桿が連動するよう、機器を設定してゆく。普段は手動を使うカインだったが、この状態で手動の着陸を試みようなどとは全く思わなかった。

 機体はバウンドするように地面に接触し、減速してゆく。カインとアカネは飛行の圧力から徐々に開放され、圧力が掛からなくなった事で、機体が巧く着陸した事を理解した。

 カインは操縦桿から手を離し、脱力してシートに深く座り込んだ。

「助かった……」

 アカネは振り返り、目視にて進入した入り口を確認し、ようやく安堵と歓喜を入り混じらせながら声を発す。

「巧くいったよ、カイン。あいつが乱れ打ちした弾がここの入り口を塞いだわ。もうあいつは追って来れない」

 カインは辟易しながらも体を起こし、コクピットの僅かな光源に照ら出されたアカネの顔を見た。

「入り口を塞いだって、どういうこと?」

「相手の機体のサイズだとね、ここへは進入して来れないのよ。だからあいつは私たちを閉じ込める事をね、選ばざる終えなかったの。カイン、共同の通信網を入れてみて。声は出さないように」

 言われた通り、カインは通信機のスイッチを指で弾く。

 密閉された空間であったので、ノイズは多かったが、僅かに受信した音声がコクピット内に流れた。

『――な奴らめ。精々、ガーガー、を這いずれ。すぐに、ガーガー、だろうよ。ガーガーガーガガガザザザザザザザ――――』

 それだけが聞こえて、通信は途絶えた。

「この空域を、離脱したって事かな……」

 不安でいっぱいの声だと理解しながら、カインはそれでもアカネに問いかける。

「ええ、間違いなく。やった、カイン凄い! 水素艇の追跡を撒いたのよ! あいつ、こっちの機体に目標を変えたから、シルバたちも大丈夫だろうし完璧ね」

 どこが完璧なのだろう。カインはそう思わずにはいられなかった。未だ目がなれず辺りは完全な闇で、飛行艇がギリギリ収まる穴に閉じ込められてしまったのだ。八方塞とはこの事だと思った。

 アカネはそんなカインの顔をみて微笑んだ。よっぽど情け無い顔をしているのだろうとカインは思ったが、実際不安で仕方が無かったのだ。

「ふふっ。大丈夫。事態は完璧に私たちにとっていい方向に傾いてるから。そうだ、カインが不安がってるから、その原因の一つを私が取り除いてあげる」

 カインは暗闇の中で悪戯っぽく笑うアカネを訝しげに見つめる。

 アカネは言ったきり反応をしない。代わりに完全なる無音までカインの周りにまとわり付いてくる。これでアカネの顔が見えていなかったら、発狂している所だった。

 そんな心情を察してかしないでか、アカネが口を開いた。

「もうすぐ。五、四、三、二、一。来いっ!」

 暗闇の中でのカウントダウン。効果はすぐに現れた。カインは思わず目を瞑る。

 アカネのカウントダウンが終わると同時に、完全だった闇の空間全体が光に包まれたのだ。驚愕と困惑を入り混ぜながら、カインは辺りを見回す。大穴の天井部には巨大な照明機器が設けてあるようで、そこからの光が空間を照らし出している様であった。進入するまでは不明だった大穴の全容は、目的不明の巨大なトンネルだった。カインは細目で目を慣らしながら、トンネルの先を見据えてみたが、先など全く見えてこず、いかにこの建造物が巨大かが伺えた。

 カインは軽い放心状態になりながら、機体のウィンドウシールドを開けるスイッチを押した。楕円の強化ガラスがガスポンプの抜ける音を発しながら上に開く。カインは依然震える足でコクピットに立つ。

 そんなカインへ、アカネが優しい声と笑顔で語りかけた。

「ここはね、飛行中に話した、大海戦時代の巨大下水施設跡なの。そして、イズモ地下移動用大陸トンネル、通称βルート。到達おめでとう。このトンネルはエアーズロック付近まで続いているわ!」

 カインは相変わらず震える足を気にしながらも、アカネの言葉に反応をして、思わず笑みになる。そして思った。

 閉じ込められたわけじゃない。レースは、まだ続いている、と。


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