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第二章 漆

 レン機と連絡を取ってから、カインはしばらくの間、飛行艇の操作に集中する事となった。ビル群ではスピードが出ず、入り組んだ建築物の残骸と、規定高度との戦いであった。

 それでも右往左往と旋回を繰り返しつつ、時間をかなり掛けながら、カインは見事に第一関門のビル群を突破することに成功した。

 程よい疲労によって落ちかけた視力が回復したかのように、ビル群で阻まれていた視界が良好になった。

 視界一帯に広がるのは、かつての化石燃料枯渇時代の大戦で出来た大地の傷跡、希少金属を奪い合った愚かな時代の副産物。デス・スウェル。凶悪な破壊兵器のもたらした傷跡が大地をえぐり、ありえない形で隆起している。それはまるで幾重にも連なる巨大な津波を一枚岩で彫刻したかのような光景であった。地図上、デス・スウェルは大陸の中央付近を横断する形で広がっている。

 カインは飛行艇を若干減速させ、デス・スウェルの入り口で宙に浮く。以前ここに突入し、突破することなくレースを終えたことを思い出していた。確かに中継地点のエアーズロックへの最短距離はデス・スウェルの通過である。だが大陸の知識が少しでもあれば、ここは避けて別ルートを通るのが定石なのであった。デス・スウェルを迂回し、時間は掛かるが確実な道を皆は行くのだ。しかし、アカネの指示に従って飛行してきた先は、その避けるべき定石の場所である。

「アカネ、まさかここを?」

 カインは苦い記憶から、不安そうに確認を取った。

「そう、ここがシルバの示したルートαの入り口。ここを抜ければ、まだ遅れを取り戻せるわ」

 淡々と答えるアカネにあえて疑問を呈す。

「でも、ここは……岩のパイプが連なった迷路みたいな所だよ。以前自分は迷った挙句に、上空へ棄権したんだ」

 自信なさげなカインの声を聞いてなのか、アカネは明るい声でカインに言う。

「大丈夫! 私もシルバも、ここをどう抜けるかを知っているの。誰も使用しない最短ルート、ゆえに訓練用の専用ルートの一つでもある。だから私を信じて」

 カインと反比例したアカネの自信に満ち溢れた声を聞き、少しだけ自信が湧いたような気がした。

 しばらくして、カイン機の背後へ銀色に輝くレン機が後れて到着をした。並行する形でレンは機体を寄せてくる。カインはレンとシルバの顔が確認できる距離まで来た段階で、通信回線を開いた。

『どうやら、ここを通るみたいだけど、どうする? 少しだけ時間を置く?』

 カインは戦闘の疲労を考慮して、レンへそのような提案を出す。レンはそれに軽快に答える。

『なーにビビッてんだよっ! カインらしくない。あ、そうか、カインにしたらここは前回、情けなくも虚しく上空へ飛び去った思い出の地だっけ? 悪い悪い配慮が足りなかったよ。でも大丈夫! 先輩がしっかり先に飛んでやさしくエスコートして、あ・げ・る!』

『そうか! それなら安心……て、なるか! なんでお前がエスコートできるんだ! あの時は、お前もここでリタイアだろうが! 俺だけ情けないみたいに話をするな! 喋るな!』

 怒号が飛び交う中、冷静なシルバが話を進める。

『カインこのまま進もう。今日中にエアーズロックへなるべく近づいておきたい。日が暮れてしまえば、規定高度百メートルが牙をむく。レーダーがあっても飛行は不可能だ』

 たしかに。カインは納得をした。目の前に広がる荒れ狂った大地の中で夜間飛行など、考えただけで身の毛がよだつ思いだ。自殺行為に等しい。

 カインは決意をこめて言葉を発す。

『わかった。行こう、デス・スウェルへ』

『……かーっこいー、カインてば無理しすぎだぞっ。まるでお姫様を守る騎士みたいだ』

 砕けたレンの言葉を聴き、カインは平行して飛行するレン機へ視線を送る。

 僅かな距離の先で、レンはニヒルに微笑みをカインへ向けていた。そして挑発するように舌を出し、操縦桿を押し倒すのが見える。

 陽光を反射させて輝くレン機は、カイン機を追い越して、デス・スウェルへと突入していった。

「……戦闘と、ビル群での飛行の後で、よくあんなテンションでいられるなぁ。まあ、いいや、アカネ行くよ?」

 少し、呆けていたアカネは、確認を問われて我に返り、慌てて答える。

「そ、そうね、早く追わないと」

 カインが操縦桿を倒し、飛行艇をデス・スウェルへ向かわせる。そんな中で、アカネは先を行くレン機の行方をレーダー越しに捉えていた。

 先ほどのレンは、どうも自分に対して笑みと皮肉を言ったように思えたのだ。そのせいで一瞬呆けていた。

 だが、その余裕は、すぐに無くなる。

 デス・スウェルへ突入したのだ。

 カインは慎重に操縦桿を操作し、飛行速度を落として行く。左右へ機体を振りながら、隆起した岩肌に沿って飛行を開始した。

 カインの目視では広く見える壁間でも、先へ進むと行き止まりになっていたり、狭くなっていたりする。その情報を、頭の中で記憶している空路とレーダーで照らし合わせながら、アカネはカインに指示を出さねばならない。

「基本的にはレン機と同じ航路を行くから、後に続けば大丈夫。でも、レン機が操縦ミスをしたり、空路の選択を誤ったりした場合、どちらもリタイアになる恐れがあるから、カインは常にレン機を追いながら、私の指示とレン機の空路を照らし合わせて飛行して」

「りょ、了解」

 アカネは操縦に余裕が出来そうな合間を縫って、注意をカインへ呼びかける。カインも必死に耳を傾ける。しかし右へ旋回したら次は左、行き止まりかと思えば、地面すれすれの穴を通過する、などといた操縦に四苦八苦を繰り返し、正直アカネの言った注意をし続ける自信はなかった。前を行くレン機を追うので精一杯であった。それに、前を行くレン機も、カイン以上に慎重な飛行をしていた。速度を落とし、空路を確認しながら飛行をしているようで、後ろから見ていたカインからも、その大変さは伝わってきた。

 “不用意に前を取りやがって、どっちが無理してるんだか”

 そんな言葉を心の中で反芻しながらも、カインはレンがそこまで馬鹿ではないことくらい理解していた。おそらくアカネとシルバの経験差を考慮して、シルバを乗せる自らが先行したのだと、カインは当たりをつけていた。しかし、わかってはいても、

“格好いいのはお前じゃないか”

 などと考えてしまう。レンにいい所など見せたいとも思わないが、カインは昨日の無様を挽回するチャンスが欲しいとは考えていた。

 だが、思考は続かない。続けることなどできない。すぐにカインは操縦へ集中して行く。

 デス・スウェルに慣れるまで、物事を考える余裕など無かった。最後にカインが思ったこと。それは“慣れるわけがない”だった。






 大陸を割るデス・スウェルは容赦なくそこへ挑む者の体力と精神力を奪い取る。それはカイン、レン、両名も例外ではなく、レース開始から、太陽が僅かに傾きかけた時間を経て、忍び寄る蛇のように襲い掛かっていた。

 カインの視界には、明らかに速度を落とし、不安定な飛行を見せるレン機が映っている。普段であれば冗談の一つでも言ってやりたい所ではあったが、自身の状態がすでに冗談ではなかった。

 緊張し続けた腕の筋肉は痛みに悲鳴を上げ、絶えず目視を続けた目は、岩肌の照り返しにより、赤く充血していた。アカネが適度に声をかけていなければ、津波のように荒れ返した岩肌に接触し、墜落していたかもしれない。そう思えた。

 それでも、ここまで耐えれたのは、一つのゴールをアカネから掲示されていたからである。

「デス・スウェルの出来た原因はね、大戦時、水素の燃料である海水を大陸に運ぶ為に建造された、巨大な下水施設を破壊したからなの。私たちはその旧下水跡へ向かってるのよ。場所で言うとエアーズロックとゴールドコーストの調度中間くらい。そこまで行けば、こんな荒れ果てた場所を飛ばなくて済むから。それまでがんばって!」

 下水道跡。カインにはそれが、デス・スウェルの回避と、どう関係しているのかわからなかった。答えを聞いても、アカネは完全な回答をよこさず、

「行けば解るよ。今はそこの事を知るより、どうそこまで行くかを考えたほうがいい」

 と、だけ言われた。不満ではあった。

 だが、絶望的な地帯であるデス・スウェルを的確にナビ出来るアカネの存在と、道程の半分で苦痛から開放されるという情報が、ここまで耐えさせた掲示であり、十分でもあった。

 カインは機体を大陸棚の時のように、地面に対し垂直に操縦しながら、

「あと、どれくらい? アカネ……」

 心底疲れきった表情で聞いた。

 アカネも実はナビとして、絶対に間違えの許されない緊張のもと、指示を出し続けていたので、かなりの疲労が蓄積していたのだが、表には決して出さず、淡々と答える。

「もうすぐ、よ。道程で言えは八割を超えかかってる。だから、カインがんばって」

 アカネのハキハキとした元気な声を聞き、少しだけカインも元気をもらった気がしていた。

 もう少し、もう少しと心の中で唱えながら、機体を小さく旋回させてゆく。

 前方のレン機が岩陰に隠れ、岩の波に呑み込まれたかのような、錯覚に陥りながらも、気をしっかり持ち、後に続いてゆく。

 もう少し、もう少し。元気の出る呪文のようだった。足が痺れ、体は機体の熱で火照りっぱなしだった。機体を地面すれすれまで急降下させる。

 もう少し、もう……まだ?

 アカネのもうすぐから、どれくらい経ったのかさえ、カインにはわからない。一分のようにも感じるし、一時間のようにも感じる。

 もうすぐの、すぐっていつだ。

 そう思ったとき、レン機が前方に現れた壁に沿って上昇していく。諦めにも近い感情が芽生えていたカインは、もはや無心でその跡を追跡した。

 上りきったレン機がカインの視界から消える。辟易しながらその様を見ていたカインは、手元の通信ランプが点滅している事に気が付く。

 億劫そうに通信をオンにしたカインの耳に届いた言葉は、レンの安堵と喚起の入り混じった声だった。

『ふーわぁ! 抜ーけたぁー。カイン早く来なよ! 最高の景色が待てるよん!』

 “抜けた”その一言でカインの瞳に光が戻り、操縦桿を握る腕に力が入る。

 カインは機体を加速させ、一気に壁を上昇した。

 開けた視界の先、そこには遥か先までデス・スウェルが広がっていた。荒れ狂った大地、津波の連波のような情景。

 それでも、レンの抜けたという意味が解る。

 今までのデス・スウェルは、二百メートルほどの隆起が飛行を困難にし、危険をばら撒いていた。だが、目の前の隆起の連鎖は、精々八十メートルほど。

 つまり、レースの規定高度に達していないのだ。それは高度八十メートルから、百メートル以内の通常飛行が可能ということを意味していた。

「アカネ……これって――」

 カインは小刻みに震える唇に築かないほど、動転してアカネに尋ねていていた。欲している回答が来るかの不安。来るに違いないという確信。言ってくれという願い。

 アカネは言う。

「おめでとう! まだレースの半分も終わっていないけど、これでデス・スウェルは抜けたと行っていいわ!」

 カインは黙る。

 振り返る。

 そこには祝福を込めた笑みを浮かべるアカネの顔がある。

 長い沈黙だった。そして湧き上がる感情が、ゆっくり腹から喉へ、喉から口外へ漏れ出す。

「いっやったああああ!」

『○$%☆うあ~え~うぃお~!』

 同時に通信機から大音量で割れた音が、カイン機のコクピット内で響き渡っていた。

 その音量が僅かに小さくなり、音源から離れ、シルバの声が伝わる。

『カインよくやった。ナビありとは言え、デス・スウェルの飛行をここまで出来る人間は決して多くないんだ。しかもレンや君のような年では、まず居なかったと断言できる。まだ、レースは終わりではないが、安易に喜んではいけないが、誇っていい事だ、これは。これでレースに勝てる可能性が出た。気を緩めずに、一気に中間地点のエアーズロックを目指そう!』

 シルバの飾りっけのない激励。それがカインには何よりも嬉しかった。託された重圧を少しでも達成出来た充実感と安堵感に、思わず泣きそうになる。アカネが後ろに居なければ実際泣いていたかもしれない。それくらい感情の高ぶりがあった。

 通信機は再び大音量を発する対象へ切り替わる。

『よっしゃ! こっからは勝負だカイン! どっちが先にエアーズロックにたどり着くか賭けようぜ!』

 疲れが吹っ飛んだカインは、いつもの様にレンに乗る。

『上等じゃんか。大陸棚の続き、見せてやるよ。そっちは何を賭ける』

レンは獲物を刈り取るかのように、すぐ答える。

『あたしの大切なものをかけるよ……命より大切なもの。それに見合う物をあんたも賭けなっ!』

 カインは少し考える。命、いやいやありえない。そもそもレンの大切な物とは何なのか、それが解らない。だから答える。

『よおーし! ならお前が勝ったらどんな願いも聞いてやるっ!』

 カインは言ってから後悔しつつも、後には引けない。

 レンもカインの性格をよく知っている。

『約束だぞカイン! 男に二言はないからなっ! あたしは女だけど二言はないよ。だから負けたらキッチリあたしのコレクションの中から“カイン、幼き頃の嬉しは恥ずかし写真集、前編”を進呈しましょう』

 カインの頭に血が上る。

『今すぐ渡せー! その賭けの釣り合いはどこにある! ってかなんで前編しか賭けないんだ! 後編あるの? あるのか? 渡せー!』

『後編は……あたしの口から言わせんなよ……ぽっ』

 カインは口を開きっぱなしで呆然とし、アカネはカインの肩に手を当て、まあまあと、なだめる。

 それでもカインが口を開こうとした。その瞬間、まったく予想だにしない轟音がカインの耳に響き渡る。

 先ほどまで前方にいたレン機が消えていた。

 変わりに噴煙が辺りに舞い上がっている。

「レン? なんだ? どうなってんだ!」

 カインは頭の中が真っ白になった。

 脳裏に単語がよぎる。

 “墜落”

「どこだ! レン! どこだ!」

 カインはただ叫んで噴煙の下を必死に探す。カインの手が操縦桿を押し倒そうとする。

 それをアカネの声が遮った。

「カイン! 大丈夫、レン機は噴煙の前方を飛行してるわ! レーダーで捉えてる。それより上! 未確認の飛行体が急接近してる! 最警戒で飛行して! さっきの噴煙は機関銃による攻撃よ!」

 攻撃。想定外の単語。

 機関銃。聞くはずのない名詞。

 カインはそれら単語を頭で認識できないまま、状況がわからない中で、上空へ目を向ける。

 薄っすらと焼け始めた空に、夕日よりも真っ赤な機体が、こちらへ急降下をしていた。

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