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第二章 弐

 カイン達の目的地にして、ARRのスタート地点。かつては世界の富裕層がしばしの休息と慰安を。今はならず者たちの渇望と欲望の地。ゴールドコースト。

 広がり続ける、広げることを終えてしまっている大砂漠の、入り口に広がるビル群の大廃墟では、レース参加者の飛行機械が所狭しと飛来してきていた。

 カインたちはといえば、すでにスタート地点であると同時に、機体の離発着に使用される、広大なアスファルトの平地に機体を止め、参加者に与えられている格納庫にて、レン、カイン両機の整備に取りかかっていた。

 メカニックのダンを筆頭に、隊のメンバーが手伝いをする。その整備をしている横に設けてある簡易休憩室で、カイン、レン、アカネ、シルバの四名がレースについての重要な話し合いをしていた。

「シルバが飛べないだって? じゃあどうするのさ、レースは……」

 カインは困惑の表情でシルバに問いかける。アカネは二人の様子を注視している。レンは備え付けのソファーに寝そべっているだけだった。

「正確には飛べないわけじゃない。だが操縦でかかる体への負荷が大きすぎて、おそらく万全な飛行ができないだろうという話しだ。カイン、君が大陸棚で見せたような飛行、あれが出来ないんだ、今の私には。肋骨と言う部位を痛めてしまっているというのは、致命傷だった。レンの機体に乗せてもらっていたが、精々ナビくらいしか出来ないだろう」

 かなり絶望的な話のように思えた。レースではシルバの横断経験から得られた知識が必要であり、ナビとして参加するならば問題はないかもしれない。だが、操縦技術ばかりはどうしようもない。

「それじゃあ、アカネが操縦してシルバがナビをするってこと? 大丈夫なのそれ」

 カインの不安に対して、シルバは肯定をしなかった。

「大丈夫ではないな、その組み合わせは。アカネも操縦技術は身につけてはいるが、カインとそんなには変わらない。しかも乗っていたのは水素艇だった。旧時代の飛行艇ではその実力さえ発揮できないかもしれない」

「万事休すってやつじゃないか……」

 カインは頭を抱え、設置されている椅子に重い腰を下ろす。アカネがシルバに問いかける。

「……出発前に分かっていた事? それともここまでの移動中に分かった事なの?」

 冷静さを前面に出すかのように、無表情を作るアカネではあるが、逆に怒りを周囲に感じさせる表情であった。

「カインとレンが大陸棚で競い合った時に悟った。さっきも言ったが飛べないわけではないんだ。今の状態で飛んでも、勝てる可能性はあると思ったから、ここまで来たわけで、偽りは無いよ。ただ、さっきの大陸棚での飛行を見て、どっちが飛ぶほうがより勝てる可能性が高いかを判断して、結果を述べているだけだ」

「どっちが、とは?」

 三人の話を寝ながら聞いていたレンが口を挟んだ。

「私かカインがと言う事だよ」

 シルバの回答に、頭を抱えていたカインは顔を上げる。

「俺がってなに? どう言う事?」

「カイン、君が飛ぶべきだと言っているんだよ私は。大陸棚の操縦、見事だった。少なくとも怪我をしている私より、確実に君は早かったんだ。あの実力がレースに出せれば、あとは私とアカネの知っている航路を使って確実に勝てる。レースには君が出るべきなんだ。もちろん私がナビとして全面サポートするつもりだ」

 カインは目を大きく見開き、驚愕の表情で静止する。口が目と同じように開きっぱなしになっている事にさえ気が付かずに、そのまましゃべりだす。

「な、何を言っているんだよ。俺が出たって意味ないじゃないか。去年も一昨年もゴールさえ出来ていないのに、どうやって勝つって言うんだ。優勝しないと意味ないんだよ?」

 シルバは答えない。カインはすがるような目でアカネを見た。

「ほら、アカネもなんか言ってやってよ。シルバがあっての作戦だったんだからさ!」

 アカネはただ黙って考え込む。答えたのはレンだった。

「まじめな話、お前出たいんじゃないの? 去年から出てんだしさ。素直になれば? あたしも大陸棚の続きやりたいしさ。一緒に出ようよ、な?」

「ただ出たいとかの問題じゃないんだよ。勝たなきゃ……意味無いんだ」

「意味ねぇ。ま、あたしは除け者だしー。そのこだわりは分かんないから関係ないもんねー」

 未だアカネとシルバの事情を説明されていないレンは、そっぽを向いて、ふて寝を再開した。その点、少し不憫に思いつつも、カインはいつも通りレンを気にはしない。いつも通り。

 押し黙るカインを横に、アカネが再度問いかける。

「勝てると判断したんだね。カインが操縦して、シルバがナビをすれば。そうでしょう?」

「そうだ。もちろん簡単ではないし、楽観もしていない。だが、可能性は十分にあると判断したから、今こうして話している」

 きっぱりとした口調でシルバは言い切った。言い切られても困る、とカインは思う。言われたことは素直に嬉しいが、自信が無かった。おそらくアカネは納得してはいないであろうと、カインは表情を伺った。意外なことに怒っているような感じは無く、うつむき加減で諦めに似た笑みさえ浮かべているのだった。

 アカネ顔を上げてシルバに向き合う。笑っていない。

「わかった。シルバがそこまで断言するなら、私はカインが操縦すればいいと思う」

 カインは一緒に反論してくれるのであろうと思っていた仲間の謀反に、慌てて立ち上がる。

「そんな! 無茶だって、いくらなんでもさ。あの飛行だってアカネがアドバイスしてくれたからなんだし、ほとんどアカネの力さ! 俺が操縦しても勝てっこないよ!」

 シルバとアカネの顔を交互に見ながら声を張り上げるカインに対し、アカネは若干嬉しそうに微笑を返した。

「ありがとう。でも、あれだけのアドバイスで飛んだのは、間違いなくカインだった。そこは自信を持っていいと思います。だから、怪我を負ったシルバより、カインはきっと巧く飛べると……私は思えました」

「…………」

 反論しなければならない。去年リタイアしたという現実と、現状の技術力を考えれば、絶対反論せねばならなかった。

 だが、心の隅にほんの少しだけ飛びたいという気持ちと、飛べるという喜び、自信、そんなものが存在し、無意識ではあったが、反論は出来なかった。しなかった。

 動くことの出来ないカインを代弁するかのように、レンがソファーから飛び起きた。

「決―まり、決まりっ! レース参加できるじゃんか。カインやったね! 二人の命運はすべてカインの手に託されたのであった。負けられない、負けることは許されない。今後の世界の運命は、まさに一人の少年に託されたのであった。つづく」

「…………わざとだな」

 意識的に緊張を促進させようとするレンの台詞に、カインは大きく一度だけ、ため息を吐く。でもおかげで考える余裕は出てきていた。参加するではなく、出来る。少しだけ喜びが勝る感覚を覚えた。

 シルバがカインに近づき、握手を求める。

「レースでは共に尽力を。私たちならば勝つことが出来るはずだ」

 嬉しい、でもそれ以上に、やはり不安だった。頭の中が真っ白になるほどの緊張をこれから味わうのだろうことは明白であった。それでもカインは差し出された手に、自身の手を伸ばす。

 だが、掴もうとしたシルバの手を、覆うように掴むもう一人の手があった。その手を視線で辿ったら、アカネが不満そうな顔でシルバを睨んでいた。

「カインが操縦することについては、私も認める。カインならやれると思うから。でもね、大陸棚の件で考えに至ったなら、ナビは私がやる。私がカインと飛ぶ」

「えっ! 冗談じゃなく?」

「……なんでお前が驚くんだよ。それより、本気なの?」

 慌てて反応したのはカインではなく、レン。アカネは頷く。

 シルバはあくまで冷静にアカネの心中を探る。

「アカネのナビゲーション能力を疑うつもりは無い。だが、レースには技術が必要だ。カインに技術的アドバイスをするという観点においては、私がナビをすべきだと思うが?」

 アカネは毅然とした態度と、考えに自信を持っているという視線を一瞬カインに送り、シルバの問いに答える。少しだけ小さい耳が赤くなっているのを、レンは見逃さない。

「なんて言えば良いかな。ここまで来る間、カインとペアで飛んでね、違和感無くやれたと思うの。大陸棚の時も、私はアイデアが浮かんで、カインが実践してくれて、なんか相乗効果があったというか……自信はないけど……」

 そこだけ少し自信なさげに、アカネはカインに視線を送ってきた。

「う、うん、さっきも言ったけど、それは間違いなくアカネのアドバイスが利いてたよ。ほかにも色々と勉強になったというか、分かりやすかったというか、うん」

 アカネははにかむ。

「だからね、私とカインって、なんて言えばいいんだろう……相性、そう相性がいいと思ったんだ。これって結構重要だと思う。シルバの言うとおり技術的なアドバイスはレースに必要だし、きっとシルバの方がすごい技術を教えることが出来るよ。でも、私の方がカインに伝えれる気がしたの。教えるのは時間が掛かるけど、伝わるのは早いよ。どんな技術も伝わらなければ意味が無いし、レース中には教える時間も無いでしょう? 少なくともここまでの道中、私とカインは問題なく飛べた。だったら私とカインが飛ぶべき、そう思ったの」

 正直、カインはかなり恥ずかしい気持ちになっていた。何が恥ずかしいかも分からず、嬉しいのか、そこまで信頼されるほどの器ではないと否定したいのか、それさえも分からず。だから恥ずかしかった。

 シルバは一瞬ではあるが、しっかり熟考して口を開く。

「主張はわかった。確かに、と思わせるだけの理由は十分だ。教えると伝わる。一方通行と双方向だな。どっちが明白かは考えるまでも無い。レースでは判断力が重要だからな。臨機応変に出来るスタイルがあるなら、その方がいい……ただ」

 一瞬の沈黙。

「少し驚いた。人見知りの君が、自らペアを組むことを主張するとはどういう心境の変化があったんだ?」

 今度は長い沈黙。耳だけが赤かったのが、顔全体に広がっていた。うつむき加減で、小さな声で、アカネは答えた。

「大陸棚で競ったあと、約束、したから……。カインと……レースでは絶対勝とうって」

 アカネはカインの方を見なかった。人見知りな精一杯だった。

「そうか」

 シルバはやさしく微笑み、厳しく律する。

「ならば全力で取り組めアカネ。私たちの翼、自身の手で手に入れるんだ」

 すべてを見通すような、圧倒的な光を瞳に携え、

「もちろん!」

 アカネは力強く答えた。

「俺に……出来るのかな」

 カインは皆に聞こえない小さな声でつぶやく。

 そんな三者三様の中、レンは両手を頭の後ろで組み、笑みを浮かべて喋る。目は一切笑っていない。

「絶対勝とう……ね。なーんか燃えてきちゃったな。常に半分の力で物事を解決する脱力系主人公のレンちゃんだけど、ちょっと本気出してみたくなった」

 レンはシルバに対面する形で立ち、右手を差し出す。

「では、お姫様専属の騎士よ、共に馳せ参じましょうぞ。万が一もありますゆえ、保険と言う意味合いもこめて、私どもも共同戦線を張ることといたしましょう」

 シルバは苦笑いしながらも、レンに合わせる。確かに保険は有ったほうがよい。もしカインとアカネが勝てなかった場合、可能性は二つにしておいた方が最善と判断した。

「そうだな、よろしく頼む。寡黙で優しい魔法使いさん」

 シルバもレンに手を差し伸べ、お互いに握手をした。

 カインとしても、レンとシルバがレースに参加してくれるのは、気持ち的に有難かった。レンの冗談ではあったが、絶対勝たねばという気持ちが、少しだけ軽減される。そういう意味でレンには感謝したかたが、では話が終わり、それぞれの機体の整備に参加しようとなった時、すれ違った際、

「カイン、あたし負けないからさ」

 妙に真面目な顔で宣戦布告を受け、逆に不安になるカインだった。はたしてカインに対しての宣戦布告だったかは定かではない。

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