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序章

 希望の光が、遮るものを無くした天空の闇を流れ墜ちる。

「被弾したのか! ダメだ操作できない!」

 二人乗りの飛行艇は人の操作から解放されたかのように不安定な上下動を繰り返す。

 被弾した爆発音は一時的に操縦者の聴力を奪い、意識を散漫にさせる。

 乗っていたのは二人だった。一人は若いパイロットの男で、もう一人は少女である。

「そんな! 飛行は出来るの?」

 少女は不安定に振動する機体に不安を感じながらも、気丈に現状を把握しようと男に聞いた。男は被弾の影響で少し意識が朦朧していることを認識しつつも、少女にこれ以上不安を抱かせぬよう、極めて平坦な声で答える。

「大丈夫だ。被弾したこの機体は水素金属で造船されている。構造上、温室超伝導で浮遊しているんだ。水素エンジンの推進力もある。一発の被弾があったからと言って、すぐに墜落するわけではない。水素金属の超伝導浮遊効果でしばらくは凧のように浮遊していられるはずだ」

 しかし、意識を保ち、被弾部に視線を向けると事の重大さが理解できてしまった。

 水素金属の飛行艇。つまりは全てが水で構成された機体。それが固体から徐々に気体である『雲』へと変わっていた。

「……どうやら状況は芳しくないな。私は現状で操縦が出来るか模索する。君はすぐに周囲の確認を」

「了解!」

 二人は互いに状況が最悪なことを認識し行動を起こす。操縦桿を握る男は何とか落下を防ぐ為に機器の操作可能部分を模索し、少女は目視とレーダーを交互に使い分け、周辺の状況を確認していく。星明りの中では複数の敵機が後方から隊列をなして飛行していた。二人の乗る機体の外装からは水滴がウインドシールドへ飛沫していく。顔を青くした少女は通信機のマイクをオンにした。

 後部座席から操縦者へ通信が入る。

「だめっ! 雲化現象が起きてる。被弾したのは媒体弾よ。水素金属が溶けてこのままじゃ空中で水になっちゃう! 浮力がなくなっているわ!」

 瞬間、二次攻撃が襲いかかる。機体から放出される『雲』は満天の星空の反射でダイヤモンドダストのように光り輝いていた。それが敵機に存在を知らしめている。

 操縦者の男は結果的に動かない機体の機械的操作を放棄し、風流を利用する形で自由落下の速度を落とすことに手動操作を集中させた。その間も絶えず弾丸は機体の横をかすめていく。機体は徐々に平行になり、なんとか左右に機体を振る動作だけは出来た。

 だが、落下していること、機体の位置が把握されていること、これらの点において絶望的状況に変わりはない。

「……このまま抵抗をし続けてもいずれ落とされる。どうするかは君が決めろ。私は決定に従う」

 操縦者は覚悟が出来ていた。後部座席にいる少女の耳には、スピーカーにより電気変換された音声から操縦者の恐怖は伝わってこない。少女は考える。潔い死を選ぶのは簡単だ。だが、自分は死ぬわけにはいかない。死ぬことは許されない。どんなに無様でも、絶望的な状況であっても可能性に賭けなければならない。

「いいわ、今は翼なんて要らない! この『雲』ひとつ無い世界に少しでも『雲』を放出してやりましょう!」

 必死に機体を振って媒体弾をかわしていた男はスピーカーから流れ出てきた答えに一瞬後ろを振り返った。

 ガラス越しの僅か一メートルにも満たない先で、その上を弾丸が飛び去っていく中で、少女は微笑んでいる。一瞬たりとも諦めてはいない。死など考えてもいない表情がそこにあった。

「放出か。なるほどそれはいい」

 男は同じく微笑んだ。そして機体を精一杯横に振る。操作は簡単だった。敵は絶ずこちらの位置を把握して射撃を繰り返している。ならば最も面積の広い部分を敵に見せてやればいい。

 一発、二発、三発と機体の側面に媒体弾が被弾する。その瞬間、水素金属は圧縮された金属から爆発的な量の『雲』へと化学変化を起こす。水素金属が失われ、浮力の変わりに重力が機体にかかり始める。『雲』は機体を完全に覆い隠す。今だと言わんばかりのタイミングで男は燃料タンクのバルブを解放する。放出された水素燃料は灼熱のスチームとなってさらに『雲』を増幅させた。

「よし! しっかりつかまってろよ。命がいくつあっても足りないんだ!」

 男はそれだけ同乗者に伝え、操縦桿を精一杯前に押し込む。機体は平行状態から垂直になっていく。同時に男はあらゆる機構を停止させる。音もない、光もない。闇に溶ける金属の塊となって、巨大な雨粒となって、最速の落下を始めていた。






 その自発的な墜落を許した後方を飛ぶ機体群は、発生した雲によって視界を奪われていた。複数いる機体の中で、暗闇の夜空とは場違いな深紅色の機体に乗る男が、コクピットの中で、同じく場違いな奇声を異常に歪んだ笑顔であげていた。

「っはぁあああ! やってくれるね落下たぁー。出来の良いゴミ屑にしては上等な覚悟だ。翼を失った鳥は家畜になるのがお似合いさー。せいぜい地べたに隠れてニワトリみたく醜く泣き叫びな」

 機体が列を成して飛び去っていく。遠くの空が徐々に青の色彩を広げてゆく。星が消え、太陽が世界を支配し始めていた。


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