表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/128

なんでこんなことするの!?

「皆さんお疲れ様でした。チェックインが終わったので、後は帰りの待ち合わせまでは自由行動になります」

 飯田が、直人の代わりに挨拶をする。


「でも、飯田くんたちはしばらくここにいるんでしょ?」

 と、桜子が聞いた。


「森田が当分動けなさそうだしなあ」

 飯田の目線の先では、直人がソファーで休んでいた。


 奈月がソファーの前にしゃがんで、直人に優しく声を掛ける。

「大丈夫? 何か欲しいものある?」


「うう……氷って、どうなんだろ? 飲食物の持ち込みを禁止するくらいだから、もらえないかなあ?」

 うなだれている直人が、声を絞り出した。


「氷ね。聞いてみる」

 奈月は小走りで受付の方に向かう。


 直人は、虚ろな眼で奈月を見送ると、再びうつむいた。


 飯田は直人を見ながら思わず笑った。

「まあ、俺は森田が元気になってから風呂行こうかな。森田より先に風呂に入っても、中で暇だし。入れ違いとかになったら面倒だし」


「私も、とりあえずもうちょっと奈月を待ってみる」

 と、隣の桜子が答える。


 なんとなく、他のメンバーもその場を離れられず、それぞれロビーで会話を続けている。


 奈月が戻ってきて、早歩きで直人の元へ向かった。

「森田くん、氷水ならもらえたけど。水は要らない?」


「ああ、良いねえ。氷水の方が良いよ。ありがとう」

 直人は受け取った水を一口飲むと、冷えた紙コップを額に当てた。


「頭痛いの?」


「頭はそうでもない。とにかくツバが気持ち悪いから、水が美味しいよ。ゆっくりここで飲んでて良い?」


「私は良いけど、みんなは?」


「なんかよく分からない。解散してもらって」


 奈月は「分かった」と言うと、みんなに向けて

「森田くんはしばらくのんびりしたいみたいなので、皆さん気にしないで好きなことをしに行っちゃって下さい」

 と報告した。


 そのとき。

「あのー、押田さん……」

 おそるおそる、レナが奈月に声を掛けた。


「はい」

 レナが低姿勢なので、奈月も丁寧に返事をした。


「私、紙コップにカバーと取っ手を付けるやつ持ってて……これなんですけど……」

 レナは、キーホルダーのようなものを取り出すと、それをひねった。ニョキニョキと横に伸びて、みるみるコップの形になる。

「良かったら使ってみて下さい。紙コップを直接持つよりも、氷が溶けにくいかも」


「わあ、ありがとうございます。

 ほら、レナさんが取っ手あるコップ入れ貸してくれたよ」


「ありがとうございます」

 直人は嬉しそうに受けとったものの、カチャカチャと折り畳みんだり伸ばしたり、興味深そうにいじりだした。

「これ、すごいですね。どうなってるんだろ」


「ちょっと! せっかく貸してくれたのに、遊んだら失礼でしょ。

 ――ごめんなさいレナさん、子供っぽくてこの人」


「大丈夫ですよ。遊んで気を紛らわせたら、それはそれで役立ってるわけですし。少しでもバスの中でのゲームのお返しになれば、嬉しいです」


「そうですか? すみません、助かります。

 森田くん、伸び縮みする物って大好きなんですよ。

 お祭りとかで売ってる、棒に紙がくるくる巻きになってて伸びるのとか好きで。そんなの知らないですかね?」


「分かりますよ。振って伸ばして遊ぶやつですよね? 私もあれ大好きです。

 水風船は破裂するのが怖かったので、あれの方が気軽に遊べました」


「あ、伝わって良かった。

 森田くんも、水風船は絶対に私にぶつけないくせに、あれでつついてくるのは好きで。私、子供の頃にあれで森田くんに何回つつかれたか分からないですよ」


「森田さんって、結構ちょっかい出してくる感じの人だったんですか?」


「それが、極端なんですよ! ちょっと仲良くなるとすごいちょっかい出してきて、少し疎遠になると挨拶もしてくれなくて」


「奈月は怖いってイメージが、森田くんの深層心理にあるからねえ」

 桜子が、すかさずからかう。


「そうなんですか?」

 レナは桜子を見つめて目をパチクリ。


「奈月は最初、森田くんにものすごく意地悪してて」


「意地悪を?」

 レナは、キョトンとした顔のまま奈月を見た。


「奈月のお母さんにこの前、二人が仲良くなれたきっかけを話してもらったんだけどね。奈月、すごいへそまがりなの。

 聞いてくれる?」

 と、桜子。


「わあ、聞きたいです」

 小さく手を叩くレナ。


 他のメンバーも、なんだなんだと近寄った。


 奈月と直人は、なんだか嫌な予感がして顔を見合わせた。

 恥ずかしい話をされる気がする。二人はそう思った。


 桜子が語り出す。

「あのね、奈月が小学校低学年の話なんだけどね。

 昔の奈月は、森田くんが紙飛行機で遊んでたら紙飛行機追いかけて踏み潰して、積み木のブロックで遊んでたらブロック壊して。とにかく自分に構ってくれずに一人で遊んでる森田くんが気に入らなくて、毎日邪魔して泣かせて、それ見て笑ってたのね。

 奈月のお母さんが何度叱っても、森田くんに意地悪するのだけは絶対にやめなかったの。他の男の子にはそういうことしなくて、森田くんだけいじめて。どうして仲良く出来ないのか、奈月のお母さんは不思議に思いつつ、心配してたんだって。

 森田くんはやり返したりはしなかったんだけど、当然あまり奈月に(なつ)いてなくて。

 直人くんに嫌われちゃうよってお母さんが(さと)しても、奈月は嫌われないもんってふてくされて。

 ひどいでしょ?」


「なんだか、想像出来ませんね。今はこんなに仲が良いのに」

 レナは、正直な感想を述べた。


「ある日、森田くんの大事にしてるぬいぐるみを奈月が蹴ったら、森田くんが『かわいそう』って言って。森田くんは普段はされるままにされてるんだけど、そのときは珍しくぬいぐるみを守って丸くなって。それでも奈月はやめないで隙間から蹴ってたんだけど、蹴るのを()めようとした森田くんに足を掴まれたら、奈月が勝手に転んで。

 奈月が普段から暴れてたから、床はフカフカにしてて、頭は大丈夫だったんだけど、捕まれた足を捻挫(ねんざ)しちゃったわけ。

 そしたら森田くん、自分のせいで奈月が怪我したと思ったのか、わんわん泣いて。よっぽど心配だったみたいで、奈月のそばを離れなくなっちゃったの。奈月が立ち上がろうとしたら森田くんが手を繋いで、いっしょに歩いて。

 次の日も、起きたらすぐに奈月を見にきて『足は?』って聞いて、心配そうに奈月の足をそっと撫でて。その次の日も『まだ痛い?』って聞きながら撫でて。完全に治った三日目は、今度は嬉しそうに撫でたの。

 さすがに奈月も反省したのか、それ以降は森田くんに意地悪して泣かせるようなことはしなくなって。それから二人は仲良しになったんだって」


「森田さん、優しいですね」


「奈月のお母さんが言うには、奈月に思いやりや優しさを教えてくれたのは森田くんなんだって」


「本当にそうかもしれませんね」


「俺は、その話ってどうなのかなと思ってるんですよ」

 直人が、唐突に会話に参加した。

「逆じゃないかなって思うんです」


「逆、ですか?」


 直人は気だるそうに話を続ける。

「奈月が、俺を見捨てないで辛抱強く遊んでくれたっていうか。そう考えないとおかしい部分が多いんですよ。

 奈月は、俺が元気じゃないときは味方だったらしくて。擦り傷とかたんこぶとかは絶対につつかなかったって話だし、風邪で寝てるときは心配してくれたみたいで。

 ただ嫌がらせをしたいだけなら、俺が弱ってるときも意地悪するはずじゃないですか? だけど、そういうことはしなかったらしいんですよ。

 だから俺は、最初から奈月は優しかったんだと思ってて。

 俺と遊んであげたいけど、俺はいつも一人で遊ぼうとする。だから砂場を破壊して、俺を他の遊びに誘う。俺がまだすねてて嫌がっても、泣き止む頃にまた見に来て遊びに誘ってくれる。それだけ俺と遊ぼうとしてくれてた人に、優しさや思いやりがないとは思えなくて。

 二人で遊んだ方が楽しいよって教えようとしてくれてただけで、俺のことが嫌いでいじめてたことは一度もないんじゃないかなって、勝手に思ってるんですよね。そう考えると、変えてもらえたのは俺の方なのかもしれなくて」


「森田さんの考え方も素敵ですね! 押田さんはその頃のこと、どう思ってますか?」


「私!? 私は、なんで森田くんをいじめてたのか分からなくて。だからもう、とにかく恥ずかしいです。

 覚えてるのはおままごととしてた時期からで、その頃にはちゃんといっしょに砂場遊び出来てたし。

 意地悪をしてたって言われても、なんか謝るしかなくて。

 私自身、半信半疑みたいな感覚で」


「でも、本当にあったことなんですよね?」


「動画があるのよ。奈月が見たくない動画が」

 桜子が笑った。

「奈月があまりに森田くんをいじめてたから、当時の奈月のお母さんが心配して。二人きりで遊ばせて良いものか迷って。カメラをセットしたまま、奈月と森田くんだけにして家を出てみたの。

 そしたら、お母さんが家を出たとたんに、奈月が嬉しそうな顔で森田くんの所に走って。森田くん、遊んでたジグソーパズルを奈月に崩されて、泣いちゃって。

 奈月のお母さん、それ見て頭抱えて」


「それは確かに、深刻になっちゃいますね……」


「そうでしょ? お母さんも本気で悩んで。

 次の日に『直人くん、奈月にいつもこんなことされてるの?』って、奈月のいないときにその動画を見せながら聞いてみたんだって。

 森田くん、ションボリしながら『うん……』って言って。奈月のお母さん、その表情を見て覚悟決めて。『奈月に、怒ったりして良いのよ? そういうことする人は嫌いって、言わないと』って聞いたの。だけど森田くんは首を横に振って『怒ってないし、嫌いじゃない』って言うわけ。

 どうして嫌いじゃないか聞いたら『なっちゃん優しいから、怖いけど好き』って、笑ったんだって。お母さんびっくりして、なんで奈月を優しいと思うのか、森田くんに聞いたの。

 森田くん、しばらく悩んでから『学校でも男子にいじめられるけど、本当にいじめる人は、遊んでくれない。なっちゃんはいじめた後で、遊んでくれる。頭が痛くて寝てるときとかいじめないし、ぬいぐるみの迷子いっしょに探してくれるから優しい。それに昨日も、もうひどいことしないって言ってくれた』って。

 そのとき、再生しっぱなしにしてた動画が、ちょうど奈月がグミを持って森田くんに近寄るところで。森田くんは動画を見ながら『ほら。なっちゃん、好きな色のグミ選ばせてくれたんだよ。優しいでしょ? なっちゃん、今日はいつ帰ってくるの?』って、ニコニコして。

 奈月のお母さん、それでもう少しだけ二人を見守ることにしたんだって。そしたらさっき話した、奈月がすっ転ぶ事件が起きたわけ。

 その後はみるみる森田くんと仲良くなって安心したんだけど、半年くらいしてからちょっと奈月に当時の心境を聞いてみて。そしたら『いじめたことなんてない』って奈月が言って、完全に忘れてるの。森田くんのジグソーパズルを奈月が壊す場面の動画を見せたら『なんでこんなことするの!?』って、昔の自分に怒って。もう夜なのに、森田くんに早くごめんなさいしに行くって泣き出したんだって」


「あーもう、二人ともすごくかわいいです。その動画、私も見たいです」


「それが、森田くんに見せようとしたときすら奈月が怒ったらしくて、見せてもらえなくて。

 だけど、お母さんが言うには大爆笑間違いなしの内容で。もし二人が結婚式をするようなことがあれば、式でその動画を流すって決めてるんだって」


「森田さん、結婚式には是非(ぜひ)呼んで下さい!」


「ええ!? 酔いが悪化しそうなこと言わないで下さいよ」

 直人が顔をしかめた。


「なにそれ、ちょっと失礼じゃない!?」

 奈月が直人に抗議する。


 直人は慌てて

「だって、俺らは()()()友達で」

 と、建前上の返答をした。


「あ、そうだよね」

 奈月は設定を思い出して、顔を赤くした。


 桜子が笑って

面倒(めんど)くさっ。もう二人が付き合ってることバレてるでしょ。

 この後、ずっといっしょに歩いて、隣でご飯食べて、同じ簡易ベッドで寝る予定なんでしょ? そんなの、帰るまでにバレるってば。いつもだって途中でバレてるじゃん」

 と、暴露した。


()()()()お付き合いされて!?」

 レナの目が輝く。


「まあ、そうですね……」

 仕方なく肯定する奈月。


「じゃあ絶対に結婚して下さい!」

 レナの強い要望に、奈月は苦笑いを浮かべ、残りのみんなは大笑いをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ