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かわいそう

「あ、美味しそうだね」

「意外とさ、嫌な匂いじゃないね」

「あー、このスパイスとか直くん好きそう」


 テーブルに届いたラムの串焼きを見ながら、直人たちは喉を鳴らした。


 注文した串焼きは四本。一人一本手に持ち、我先に頬張った。


「ウソ。美味しい」

 周りの意見を気にしない性格から、最初に理子が感想を述べた。

「お母さんがスーパーで間違えて買ってきちゃったときにラム食べたんだけど、ちょっと()()()()。これは美味しいよね。好き」


 次は直人。

「このスパイスは好き嫌いありそうだけど、俺は好き。スパイスなしでも美味しいし、胡椒(こしょう)とかでも合いそうだし。奈月は?」


「美味しい。胡椒良いかも、試したい。

 直くんが気に入ったら一切れあげようと思ったから、何もかけずにそのまま(かじ)ってみたんだけど、直くんの分残らないかも」


「良いよ、美味しかったなら食べちゃいなよ。奈月が肉を気に入るって珍しいね。かなり美味しいんだね」


 初美も幸せそうな顔で、右手に串を掴んだまま左手でゴクゴクと飲み物を飲んでいる。

「――くわー、こりゃ炭酸と合うわ!」


 理子がそれを見て笑った。

「初美、なんか酒飲んでるおっさんみたいだったよ今の」


「だって美味しいんだもん。明日、野口くんにお礼言わないと。普通ならラムってあまり食べないよね」


 直人は、口が塞がっているのでまず頷いてから、肉を飲み込んだ。

「――だね。美味しいけど、野口くんが言う通り値段がたしかにきついもんね。野口くん自身、自腹で肉食うときは基本鶏肉か牛丼らしいからなあ」


「やっぱり鶏肉って狙い目なんだ?」


「大量に買うと相当安いみたいだね。野口くん、小遣いに困ったら自分ちの鶏肉を使って焼肉の甘口タレとゴマとノリで焼き鳥弁当みたいなの作って食費を浮かせてるんだって。今度食べさせてくれるらしいから楽しみ」


「それすごく美味しそうなんだけど。良いなあ」


「笹原さんが頼めば食べさせてくれるでしょ。聞いてみようか?」


「良いの!? 聞いてみて」


「ほい」

 了解してスマホを取り出す直人。


 理子が半分呆れ顔になりながら

「初美、迷いなく頼んだね。そういうとこは図々しいよね」

 と笑う。


「私、焼き鳥丼とかもう大好きなんだよね。しかも焼肉屋の甘ダレ? 絶対に食べたいもん」


「野口くんから返事きた」

 直人は、スマホを見ながらそう言った。

「なんかずいぶんびっくりしてるみたいだなあ。

 ……要するに『お弁当食べるとき、笹原さん一人じゃないよね? いっしょに食べるお友達が普段お弁当じゃなくて、もし焼き鳥弁当でも良いよって言ってくれたら、みんなの分も作るよ。人数分かったら教えて』ってことだな」


「えー、野口くんって結構良い人かもしれない」

 初美は目を輝かせた。


「弁当で評価そんなに上がるの!?」

 理子のその言葉に、思わずみんな笑ってしまった。


 初美は恥ずかしそうに顔を赤くした。

「だ、だって、他の人への気配りとかしてくれたし。私一人で焼き鳥弁当を食べるよりはるかに食べやすいじゃん、嬉しいじゃん!

 そんなこと気付く人なんだって思って」


「俺も今日初めて野口くんと長く喋ったけど、わりと相手を見てる人なのかなって思った。俺が球技苦手って分かったら優しく教えてくれて。イメージ変わったよ。

 このラムの話も覚えてる可能性結構高いから、明日感想言ってあげたら喜ぶと思う」


「それなんだけどさあ。この先、私どうすれば良いかなあ。

 後先考えずにお弁当頼んじゃったけど、これから気まずくなるよね?」


「野口くんや八木くんには悪いけど、俺だったらすぐには付き合わないかなあ。当分は友達のままがオススメ」


「森田くん、八木たちに結構厳しいよね」


「まあ、女子に何かあったら取り返しつかないからね。極端な話、野口くんが笹原さんを押し倒したら俺には責任取れないし、そこが一番大事な心配。

 俺は二人に好きな気持ちを伝える役だけ。その先の応援は頼まれてないし、頼まれてもやらない。

 太鼓判を押せるほど、八木くんや野口くんのことを知ってるわけじゃないし」


「私もわりと警戒してたんだけど、八木と話してたらすごい純粋な人に感じちゃって。なんで映画館なんて誘っちゃったんだろ。

 八木と二人きりなんて危ないよね?」


「俺にはなんともいえない。密室に行かなければ大丈夫そうだけど、性欲ばっかりは他人からはうかがい知れないからねえ。

 少しでも信じきれない気持ちがあったら、友達を連れていった方が良いかもね」


「それって八木はがっかりするよね?」


「まあするだろうけど、八木くんにしてみればデート出来るだけで幸せだと思うけど」


「そうじゃなくて、信頼されてないのかってならない?」


「なるかもしれないけどさ。極端な話、八木くんの気持ちはどうでも良いじゃん。

 八木くんにキスされるのが嫌なら、誰か連れていった方が安全なのは間違いない。

 言ってみれば、自分の安全を第一に考えるか、八木くんの笑顔を第一に考えるかの二択だよ」


「うー……でも私、八木ってどうしようもないクズではないと思いたいんだけど。付き合う前にキスしちゃいけないことくらい、分からないかなあ?

 奈月はどうだった? 付き合う前って二人きりになるの怖かった?」


「私は二人きりになりたくて仕方なかったから、もう幸せで。笑い過ぎてブラ外れちゃったじゃんとか言って、からかって。何か言う度に――」


「そうだ! 私あいつにブラ外されたんだ! だからキレたんだ」

 理子が、奈月の言葉を(さえぎ)ってそう言った。


「何々!?」

「どういうこと!?」

 爆弾発言を聞いて、奈月と初美は思わず身を乗り出す。


「八木のせいでブラ外れたのか、たまたま外れたのか分からないんだけど、とにかく八木とぶつかったときに外れて。恥ずかしくてキレて、八木にまだ謝られてたのに教室出てトイレに逃げたんだった。だから八木、怒られてびっくりして覚えてたんだ」


「なにそれひどくない? 理子の逆ギレじゃん」

 と、初美。厳しい言い方をしているが、顔は笑っている。


「逆ではなくない? 八木が大人しく座ってたらブラ外れなかったわけで、私が外されたのは確かなんだから」


 下着の話をされ、直人はやや顔を赤くしながら、

「でもそれ、八木くんに言ってあげたら喜びそうだね。ちょっと違うことでムシャクシャしてたこと思い出した、気にしないでとか言ってさ」

 と言った。


「なんか言うの恥ずかしいんだけど。ブラのこと思い出しちゃって顔赤くなりそう」


「高橋さんが恥ずかしがりながら謝ったら、八木くんメロメロに出来そうだけど」


「それ気まずいわ……。じゃあ謝らないで良いかな」

 と、理子は苦笑いをした。


「なんでよ。八木くんがかわいそう。顔真っ赤にして上目遣いで謝って、お詫びに八木くんとカラオケ行ってあげれば良いじゃん」

 初美は納得がいかずに文句を言う。


「なんでそこまでしなきゃならないのよ」


「八木くん喜ぶのに……」


「大体、初美は関係ないでしょ。初美は野口くんのことを考えてれば良いの」


「えー、あんま考えたくない。それより今は焼き鳥弁当のこと決めないと。私と理子と亜紀と奈月とだと、多過ぎるよね。何人前までなら迷惑かからないかなあ?」


「やっぱり私、野口くんの方が絶対にかわいそうだと思う……」


「八木くんはいきなり理子に怒られたんだから、絶対に八木くんの方がかわいそう」


「いや怒ったのはたしかにそうだけどさ、半年以上覚えてなくても良いじゃん」


「八木くんは半年間ずっと理子に怯えながら過ごして、ついにそのドキドキを好意だと勘違いしてしまったわけよ。あーかわいそう。詐欺でしょ」


「勝手に決めつけないでよ! あいつが私に一目惚れしたのかもしれないじゃん」


「ないない」


「なんでよ!?」


 理子と初美の言い合いを聞きながら、直人と奈月は顔を見合わせて笑った。

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